知覚習慣

 冬は花が少なく、白梅とその横にあるエリカが目立つ。エリカは細い枝に小さな花がびっしりと咲く。ウメとは趣が異なるが、花は可憐で個性豊か。容姿だけでなく、開花期、花色、花形などが変化に富み、壷状やベル形のものから細長い筒状のものまで多彩である。ウメとエリカを見比べると、やはり慣れ親しんだウメの方に注意が向く。食習慣のような生活習慣の一つとして知覚習慣を捉えれば、長年の癖で反射的にエリカよりウメに向いてしまうのか。幼児ならきっとどちらにも同じ関心をもつのだろう。

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<固有名詞の確定記述や因果説について議論する前に>(2)

 生物種の名前について前回二つの例を挙げたが、それと同じように今回は惑星と元素の命名について考えてみよう。

<惑星の名前>
 私たちは物質が(後で考える)原子でできていることを知っている。では、昔の人は物質は何からできていると考えていたのか。古代中国では色々な物質は木、火、土、金、水の5種類の元素からなっていると考えられていた。ギリシャ哲学でも同じような考えがあったことがすぐに思い当たるが、この中国の考えは「五行説」と呼ばれている。
 五行説によれば、私たちの一週間は五元素と太陽を表す「日」と「月」の7つの曜日からなるが、惑星にも同じように当てはまる。太陽のすぐ近くを回る水星の公転周期は約88日で、地球の365日より随分速く回わっているため、水が流れるようにということから水の星、つまり水星と名づけた。金星は、太陽、月以外では一番明るく輝いている。それゆえ、「明けの明星」、「宵の明星」という別名もあるくらいで、金のように輝いている星、つまり金星。火星の表面には酸化鉄が多くあり、酸化鉄はさびで、赤い色をしている。「赤い」のは、「火」。火のような星、つまり火星という訳である。土星の表面には白や黄色の縞があり、それが土のような色に近く、土の星、つまり土星である。木星五行説で残った木をあて、木星とした。これで命名は終わりとなる。かつては惑星がこの五つだと考えられていたからである。五行説ではこのような説明になるが、これはかつての中国や日本での話で、古代ギリシャでも五行説に似た説明があった。
 ヨーロッパのの星座が一通りの完成をみた古代ギリシャで、星座の間を動く明るい惑星に対し神々の名前がつけられた。惑星と神々の名を挙げておこう。
 水星(Mercury Hermes)、金星(Venus Aphrodite)、地球(Earth Gaia)(ヘシオドスの『神統記』によると、まず「カオス」が生まれ、次に「大地(ガイア)」が生まれた。その後「地下(タルタロス)」が生まれ、そして「愛(エロス)」が生まれた。さらにカオスからは「幽明(エレボス)」と「夜(ニュクス)」が、ニュクスからは「澄明(アイテル)」と「(昼日)ヘメレ」が生まれ、ガイアは「天(ウラノス)」、「海(ポントス)」を生んだ。そして、ガイアはウラノスと交わり、数多くの子供を産んだ。)、火星(Mars Ares)、木星(Jupiter Zeus)(全知全能の神ゼウス、またの名はジュピター。クロノスとレアの子供として生まれ、オリンポス神族の長となる。ゼウスは「明るく輝く空」を意味し、雷を武器とした。ゼウスは姉であるヘラと結婚するが、女に対し手が早く、嫉妬心の高いヘラの目を盗んでは浮気をし、子供を増やしていった。なお、木星の衛星はそのほとんどがゼウスと関係の深い女性の名がつけられている。)、土星(Saturn Kronos)。

 その後ヨーロッパで天体望遠鏡が発明され、天体望遠鏡で空を観測することによって、天王星海王星冥王星が発見される。それが日本に名前と共に伝わった。天王星は英語ではウラヌス。それはギリシャ神話の天空の神様。青緑色に見えるので、この天の神様の名前がつけられた。天の王様の星ということで、天王星海王星は英語でネプチューンネプチューンローマ神話の神様で、海の神様。海王星も美しい青色をしていて、それで海の神様から名前をもらった。今では惑星ではなくなったが、冥王星は英語ではプルート。冥界の神様で、死後の世界の王様の星、つまり冥王星と命名された。

<元素の名前>
 「万物は、その根源をなす不可欠な究極的要素からなる」(広辞苑)という考えは古代からの原子論的な自然観であり、その究極的要素の探究が科学を生み出した。そして、この「究極的要素」が元素で、「それ以上分けることができない物質(アトム)」として定義されたのは18世紀に入ってのこと。19世紀になると「物質を構成する最小の粒子」を原子とする考えが広まり、元素の物質的正体は原子で、元素は「原子の化学的性質を表す概念」、あるいは「同じ陽子数を持つ原子の総称」となる。現在では、原子よりさらに小さい素粒子が「物質を構成する最小の粒子」である。
 1869年、ロシアのメンデレーエフが提唱した「元素周期表」は鉛(Pb 原子番号 82)まで、1871年に発表した第二周期表には既に天然で最も重いウラン(U 原子番号92)があったが、まだまだ空欄が残っていた。その空欄全てを埋めるには1930年代の加速器の登場が必要だった。そして、加速器の登場によってウランより重い元素(超ウラン元素)が人工的に作り出されていった。1940年に米国のエドウィン・マクミランらによってネプツニウム(Np 原子番号 93)が作られると、次々と超ウラン元素が作り出されることになる。1958年にアメリカでノーベリウム(No 原子番号102)が作られ、その後はロシア、ドイツ、そして日本がこの競争に参入、最近ではロシアと米国の共同研究グループが発見した114番、116番元素に、それぞれフレロビウム(Fl)、リバモリウム(Lv)という名前がついた。
 1908年、小川正孝は原子量が約100の43番元素を精製・分離したと主張し、「ニッポニウム」として発表した。しかし、他の誰も結果を再現できず、その信頼性は揺らいでいく。それから29年後の1937年、エミリオ・セグレが米国の加速器を使って43番元素を作り出した。ニッポニウムは幻となり、43番元素は1947年にテクネチウム(Tc)と命名された。このテクネチウムは小川の方法では見つかるはずがなかったことから、小川は間違っていたと考えられた。小川の死後、研究資料を詳しく調べると、レニウム(Re 原子番号75、1925年に独のワルター・ノダックらが発見)であることが判明した。何と小川が1908年に発見したのはこのレニウムだった。
 さて、元素の名前はどのように決まるのか。まずは研究グループが新元素発見を主張する論文を発表。その後、「国際純正・応用化学連合IUPAC:International Union of Pure and Applied Chemistry)」と「国際純粋・応用物理学連合(IUPAP:International Union of Pure and Applied Physics)」が推薦する有識者で構成された合同作業部会「JWP:Joint Working Party」 がその論文の実験結果の信頼性を調べる。JWPはその調査内容を記した報告書(論文)をIUPACに提出、報告書に問題がないと判断されると、IUPACが新元素を発見した研究グループを認定するとともに、新元素の命名権を同グループに与える。これが命名までの手順である。
 2015年末、理化学研究所チームが合成した113番元素がIUAPCの認可を受け、命名権が同グループに与えられた。113番元素はミリ秒レベルの寿命しか持たず、これまでたった3原子しか合成されていない。化学的性質などがわかるには,まだ時間が必要である。
 既述の小川の新元素発見のことを想い出そう。ロンドン大学に留学していた小川は、スリランカ産の鉱物トリアナイトから、それまで知られていなかった新元素を分離する。彼はこの新元素の原子量を約100と推定,周期表の空き場所である43番に当てはまる元素と考えた。1908年,小川は師であるW. Ramsayの勧めに従い、この元素を「ニッポニウム」(元素記号Np)と名づけて報告した。
 だが、この発見は他の研究者による確認ができず、小川の弟子たちでも単離に成功したものはなかった。こうして新元素ニッポニウムは,周期表に正当な居場所を得ることなく、幻と消えてしまったのだ。このように、一度提案されながら、消えてしまった「幻の元素」の名前は、新しく発見された元素には使えないという規定がある。このため、新たに作り出された113番元素に最もふさわしいと思われる「ニッポニウム」の名は,残念ながら使用できないのである。
 科学の世界における命名の基本は自由である。しかし、元素名に関しては,いくつかの規定があるため、勝手に名前をつけることはできない。まず、金属元素と推定される元素については、語尾を「-ium」とすることになっている。また、語幹についても国名などの地名、科学者の名、その元素の性質、神話にちなむ名前などから選ばれるのが慣例。アメリシウムフランシウムゲルマニウムなど国名にちなむ元素が多いから、113番元素も「日本」にちなむ命名が有力視された。だが、前述のように「ニッポニウム」は使用不可。
 113番元素の名称は「ジャポニウム」が最有力とみられていたが、2016年6月には研究所のチームがIUPACに提出した名称案は「ニホニウム」(元素記号:Nh)で、11月に正式決定された。

 今回の例は、とても昔の惑星の命名の話と、つい最近の新元素の命名の話だった。

樹木の移植

 移植ではなく、植樹なのか、はたまた植林なのか、言葉遣いはよくわからないが、夢の島公園のアーチェリー会場の新設で、樹が伐採され、その補充のために何本か大きな樹が移植された。この公園にはユーカリの大木が目立つが、その他にも大きな樹木が多い。かつてはごみ処理場、海水浴場などに使われ、今は公園、そしてオリンピック、パラリンピックの会場の一つ。

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<固有名詞の確定記述や因果説について議論する前に>

 固有名詞は確定記述(固有名詞が何を指示するかを決定できる文の集合)によって表現されるような意味をもつのか、それとも端的に対象を指示するだけなのか。このような問題が20世紀の後半に盛んに議論されたことがあった。同じころ、生物種は実在的なのか否かが問題になっていた。それらの問題は言語哲学と生物学の哲学という異なる分野の問題で、あえて一緒に扱われることはほとんどなかった。そろそろそれらの議論の後始末が必要なのだが、そのために具体的な事例を参考に再度考え直してみたくなった。まずはその下準備として、生物種の名前についての二つの具体例を挙げてみたい。

イヌワシ
 「イヌワシ」という名前は、安土桃山時代から様々な文献に登場する。天狗のモデルがイヌワシで、和名では「狗鷲」と書かれる。「いぬ」はより下を意味し、より大きい大鷲(オオワシ)の下という意味でイヌワシと呼ばれた。逆に「いぬ」は大きいものを表す言葉であり、大きい鷲という意味でその名前がついた。さらに、鳴き声がイヌのようだからつけられた。このように諸説乱立で、その由来は曖昧で不明。もっともらしいのは、イヌワシオオワシオジロワシの呼び分けが同時に行われるようになったため「オオワシ」と見分けて「より劣るワシ=イヌワシ」とする説か。これだけでも私たちが住む生活世界が素直でオープンな世界などでは決してなく、思惑が飛び交い、一筋縄ではいかない混乱した世界であることがわかる。
 オオワシは古来、その尾羽が矢羽の素材として珍重されてきた。どんな鳥よりも大きく、根本まで真っ白なオオワシの尾羽は非常に貴重で、神事にさえ用いられていた。オジロワシも長く白い尾羽を持つが、個体によっては根本付近に茶色が混ざることがあるようで、イヌワシに至っては全身がオオワシよりも一回り小さく、尾羽の色も黒っぽいため、矢羽としての価値は劣る。今の私たちにはまるで時代錯誤の話で、名前など実につまらない理由によってつけられたのだという証拠でしかない。
 オオワシの名前は「大きなワシ」、オジロワシは(オオワシより価値は劣るが)「尾羽が白いワシ」。これに対し、イヌワシは「オオワシとは似て異なる、価値の劣るワシ」というのが最もスタンダードな説と述べた。江戸時代に入ると他にも様々な異名が登場する。「クロワシ」が最も広まった名前だが、これはイヌワシの全身が黒っぽく大きな翼を持つことから「天狗伝説」のモチーフとなったと考えられている。他にも「クマワシ」、「ネコワシ」、「チグリワシ」、「ワキジロ」など、地域によって様々な名前が見られ、これらの多様な名前の中から、明治・大正・昭和を経て「イヌワシ」が標準和名として定められた。だが、標準和名とはいっても公的機関の認証があるわけではなく、単にスタンダードな図鑑や事典などに使用される名前というだけ。だから、今でもイヌワシを「クロワシ」や「チグリワシ」と呼ぶ地域もあり、これらの異名もイヌワシの「準標準和名」とされている。このような経緯が名前に権威を与え、それが正しい名前というような幻想を人々に植えつけることになる。
 結局、イヌワシ命名の因果的な経緯は曖昧模糊としていて、何となくオオワシに次ぐワシということはわかっても、「イヌワシ」がどのワシを指すかははっきりしている。「イヌワシ」が何を指すかはわかっているが、命名の理由や由来は不明ということである。

ニセアカシア(学名はRobinia pseudoacacia
 「偽」も「似非」もいい意味ではない。その「ニセ」が接頭語のようについたのがニセアカシア。北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木である。日本には1873年に渡来した。用途は街路樹、公園樹、砂防・土止めに植栽、材は器具用等に用いられる。一般的に使われるニセアカシアは、種小名のpseudoacacia(「pseudo=よく似た、擬似の、acacia=アカシア」)の直訳そのもので、何ともいただけない。「アカシア」というと日本語のように思われがちだが、実は学名のRobinia pseudoacaciaに由来している。Robiniaという属名は、17世紀初頭に米国からこの木を輸入して栽培したフランスの庭師兼植物学者ジャン・ロバン (Jean Robin)の名前にちなんで命名された。彼は1597年にパリ大学の医学部から植物園の設立を依頼され、フランスにアメリカ原産のニセアカシアやアジア原産のムクゲ(Hibiscus syriacus)を栽培した。ロバンの植えたこれらの樹木はパリ植物園で最も古い植物として現在も残っている。
 和名で針槐(ハリエンジュ)と呼ばれるニセアカシア。針槐が日本に渡って来たのは明治時代で、その当時アカシアと呼ばれたことから混同が起きた。ちなみにアカシアのハチミツとして販売されているものは、針槐の花の蜜であり、本来のアカシアの蜜ではない。例えば、札幌のアカシア並木、西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」など、実はニセアカシアのこと。
 では、アカシアはどんな木なのか。ここにも混同があり、アカシアは黄色のフサフサした花を咲かせる木で、ミモザと呼ばれている。ミモザは別の種類なのだが、世間ではアカシアをミモザと呼んでいる。
 アカシアは日本へ導入された当初の呼び名で、ハリエンジュは明治19年に松村任三博士が命名した。ギゴウカンは「疑合歓」の意味でネムノキに類似しているため名づけられた。「ゴムノキ」はゴムのとれるアカシアだと間違って宣伝されたためだった。ニセアカシアは命名に関しては災難続きだったことがわかる。

 「イヌモドキ」は犬に似た生き物だが、犬ではないのでイヌモドキなのか、「擬き」が偽物(イヌ)なのだから、擬きではなく本物なのか、こんな珍問答を想像したくなるほどに、この謂い回し自体何とも怪しげな表現としか言いようがない。種を明かせば、「イヌ」も「モドキ」もほぼ同じ意味。いずれも本物の代用品という意味で「イヌ」や「モドキ」が使われてきた。だから、「イヌモドキ」は偽物のダブルで本物だと言いたくなるのである。
 世間を見ればイヌモドキどころではなく、キツネとタヌキの騙し合いだらけで、だから世界は面白いのだが、まずは少々退屈でも、生物の命名をもう少し引っ掻いてみよう。
 イヌナズナは,道端や農地周辺などに多い越年草。暖かい地方よりも北国でより多く見かける。ナズナに似ているが,花が黄色いことのほか短角果の形もちがう。人里で目にするナズナに似て黄色の花はすべてイヌナズナと思っていい。
 広辞苑によれば、「イヌ」はある語に冠して、似て非なるもの、劣るものの意を表す語。別の辞書には、役立つ植物の何かに形態上は似ているが多くは人間生活に直接有用ではないものであることを表す。イヌナズナの他に、イヌムギ、イヌタデ、イヌナズナ、イヌツゲなどがある。イヌタデは、昔ままごとで使った「アカマンマ」のことで、残念ながら食べられない。「タデ」は、その芽を刺身の付け合わせにする。ナズナは、春の七草。ところが、形は似ているイヌナズナは、食べられない。ツゲは、櫛や将棋の駒に使われるが、イヌツゲは、材質がよくなく使われない。
 「イヌ」を使う由来は実際の犬とは無関係のものが多く、有用な植物に似ていても「否(いな)、違う」とか「役に立たない」という意味でつけられたものが多い。本物の植物に対してのニセモノといった不本意な命名をされた例も多く、人間用でなく犬用ということから、「麦」に対して「イヌムギ」、「稗」に対して「イヌビエ」、そして同様に「イヌホオズキ」、「イヌタデ」、「イヌハッカ」といった具合。
 ところが、「オオイヌノフグリ」の「イヌ」は、本来の犬のふぐりの形に似ていることからついた名称。漢字で「狗尾草」と書く「エノコログサ」は、イヌの尾の形に似ていることからついた名称だが、別名ではイヌではなく「ネコジャラシ」と呼ばれている。同様の例としては、和名「イヌハッカ」と呼ばれている同じ植物が、英名では猫が好む香りのあるハッカという意味で「キャットニップ」(同じイヌハッカ属に「キャットミント」もある)という名前で親しまれている。
 こうなると、動植物の命名の歴史は何ともいい加減で不真面目、駄洒落さえOKという歴史であることになる。

サクラ咲く

 近くの公園では河津桜が既に咲き誇っている。河津桜は寒緋桜と大島桜の自然交配種、サクラの代表格ソメイヨシノエドヒガン桜と大島桜の交配種。河津桜のほうがピンク色が濃く、早いのは1月に咲き始め、そこからが長く、見ごろになるのは2月の下旬から3月上旬。一方のソメイヨシノは3月中旬に咲き始め、二週間程で散ってしまう。

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風の音:流体力学

 辰巳の森では大抵の風の音は車の騒音にかき消されてしまいます。「風の音」となれば、花鳥風月、雪月風花に欠かせない一つで、風流な詩歌の素材です。自然がもたらす快楽を享受し、それを表現した詩歌は、自然を賞味し、消費する点で、自然を分析し、生産する科学とは好対照なものです。風の音を味わうのではなく、それを科学的に説明しようとすると、和歌や俳句ではなく流体力学の助けが必要になります。

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 音の原因は、物体に風が当たると発生する「空気の渦」(空気の振動)です。では、どんな渦ができるのでしょうか。風が物体に当たったときに、風下にできる渦の数は、「風が強い」と多く、「風が弱い」と少なくなります。音の高低を表す周波数は、この渦の個数で決まります。「風が強い」と、渦の数が多いので周波数は高く(音が高く)、「風が弱い」と、渦の数が少ないので周波数は低く(音が低く)なります。ですから、縄跳びで、縄の回転が速いと音は高く鋭くなり、遅いと音は低く鈍くなります。ところで、広場に立っていても風の音は聞こえますが、これは自分自身に風が当たり、「空気の渦」が発生しているからです。音の原因、音の高低と周波数の関係がわかれば、思い通りの音をつくり出すことができます。

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 風流とは程遠い風の仕組みとは違って、風の音を味わう文学では何が私たちを惹きつけるのでしょうか。与謝蕪村の句に「秋来ぬと 合点(がてん)させたる嚔(くさめ)かな」があります。くしゃみをして、秋が来たことを納得した、という句です。この句は実は藤原敏行の立秋の歌のもじりです。

秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる
古今和歌集藤原敏行朝臣、秋が来たと目にははっきり見えないが、風の音を聞いて(秋が来たと)気がつきました。)
(秋の気配は見えないが、風の音でわかると敏行は詠んだのですが、どんな風の音かとなればわからず、そこを蕪村はわかりやすく「くしゃみ」の音にした訳です。)

 文学が科学に勝って人々に愛されるのは快楽の度合いが違うからと思われています。娯楽の享受は食事の享受に似て楽しいもので、科学の苦しい追求と比較されるのですが、これは実は大間違い。娯楽を生み出し、提供することは苦痛ですし、文学作品の創作も艱難辛苦の連続であるのに対し、科学の成果を享受することは楽しいことです。文学は享受することが強調され、創作の苦痛はなかなか共有されません。科学は新しい事実の発見や新理論の構築の苦労が強調され、科学の成果を享受することは語られる割には目立ちません。ところが、私たちは科学の成果を存分に享受し、それがなければ生活さえ立ち行かないまでになっています。私たちの日常生活は科学の成果だらけで、科学に頼り切り鈍感になっているだけなのです。

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 自然エネルギーとしての風を思い出せば、風の利用とは風の享受だということがわかります。(画像は風や音の享受の代表例です。)

音のある森の風景

 風景にも音があり、小川のせせらぎや波の怒涛、瀑布や暴風雨など静かな音からうるさい音まで多種多様である。だが、雪景色や(ジャングル以外の)森林に大きな音は馴染まない。いずれも静かな方がいい。そのためか、森林風景のステレオタイプに音は入っていない。
 だが、辰巳の森はすぐ横を首都高湾岸線と湾岸道路(国道357線)が並行して走っているため、地鳴りのような音が止むことがない。一台の車の音ではなく、多くの車の集合音で、何とも形容しがたい騒音が絶え間なく続くのである。地鳴りをもじり、車鳴りとでも言いたくなる。だから、辰巳の人工の森は始終うるさい森なのである。私の子供の頃の森が静寂そのものだったのとは大違いである。うるさいことに森の樹々は文句を言わないようなのだが、きっとうるさいと感じていると無性に感情移入したくなるのである。
 この感情移入の余韻が、植物はどれだけ騒音に耐えられるのかといった問いを呼び起こし、それが一途に気になり出すのである。すると、「植物は音を感じ、自分が食べられている音も聞き分けている」という研究結果の発表が目に入ってくる。この謂い回しは眉唾の表現だと思いつつ、字面通りなら小心の菜食主義者にはショッキングなことだと同情したくなる。野菜も食べられないとなれば、食べるものがなくなってしまう。だが、これは無用の心配で、人は自分の食べ物の感覚になど配慮しない。人は残酷にもその味にだけもっぱら感覚を集中するのである。

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(辰巳の森海浜公園)

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(首都高湾岸線と湾岸道路)

 冗談ではなく、植物は生態系の音にどう反応するのだろうか。植物が生態系の音にどう反応するかの実験を行ったのは、米ミズーリ州立大学の研究チーム。これまで、音楽などの音響エネルギーに対する植物の反応は研究されてきたが、生態系への音に対しては初めての実験となる。研究チームは、シロイヌナズナの葉上に青虫を乗せ、特殊なレーザーマイクロフォンで青虫が葉をかじる時の振動音を録音した。そしてシロイヌナズナの鉢を2つ用意し、片方には録音した振動音を2~3時間流し、もう一方には無音を流して検証した。次に、両方の葉に青虫を乗せてみたところ、青虫の振動音を聞かされたシロイヌナズナは、そうでないものより除虫効果がある「からし油」を多く分泌していた。さらに、風や他の昆虫による振動音を聞かせてみたが、からし油の量は増えなかった。これはシロイヌナズナが、自分が食べられている音も含め、近くの音を感じて聞き分けていることを意味する。また、この実験で青虫のムシャムシャと葉をかじる振動音を聞くと、シロイヌナズナの細胞代謝に変化が起こり、除虫効果がある物質を分泌し防衛反応を示すことも判明した。野菜は虫に食べられている時だけでなく、収穫されている時も何か感じているかも知れない。
 音や匂いに感じる植物があるなら、視覚をもつ植物があってもおかしくない。植物が鈍感どころか無感だという思い込みは一体どこから出てきたのだろうか。動物に感覚が必要なのはわかるが、その同じ考えから植物に感覚はいらないことの納得できる説明はどこにもない。感覚する植物があれば、私たちの植物観はすっかり変わり、動物と植物の区別などすっかりなくなることだろう。

*(二つの大切なこと)
 モデル生物(モデルせいぶつ)の代表例はショウジョウバエ大腸菌。モデル生物は生物学、特に分子生物学で生命現象の研究で使われる生物種である。シロイヌナズナはそのモデル生物の一つで、2000年に植物としては初めて全ゲノム解読が完了した。ゲノムサイズは1.3億塩基対、遺伝子数は約2万6000個と顕花植物では最小の部類に入り、染色体は5対。ゲノムサイズが小さく、一世代が約2ヶ月と短く、室内で容易に栽培でき、多数の種子がとれ、形質転換が容易であり、等々、シロイヌナズナはモデル生物としての利点を多くもっている。
 最後に、植物名の「イヌ…」は例の「…擬き」という意味。ナズナ(ぺんぺん草)と呼ばれる白い花の植物が私たちの生活世界に存在し、そのナズナとよく似た黄色い花の別の植物が見つかり、イヌナズナと命名された(正にナズナモドキである)。そして、そのイヌナズナに似ているが、花が白い植物がシロイヌナズナと命名された。だから、シロイヌナズナナズナの近縁種ではなく、単に見かけと命名が因果的につがっているだけなのである。

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シロイヌナズナ

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ナズナ(ぺんぺん草))