Ceci n’est pas une pipe

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 ルネ・マグリットの「イメージの裏切り」は1928-29年に制作され、油彩、キャンパス、63.5㎝×93.98㎝で、ロサンジェルス・カウンティ美術館に所蔵されている。パイプのイメージを裏切るような文が下に書かれており、それがCeci n’est pas une pipe(これはパイプではない)。だから、タイトルは平凡過ぎるほど平凡で、パイプを描いたイメージはパイプそのものではないという意味で、下に書かれた文はイメージの裏切りを表現していることになる。だが、これでは詰まらない、どこにもあるタイトル名になってしまう。このタイトルを「これはパイプではない」に変える方がずっと面白い。誰もがそう考えるのではないか。だから、哲学者ミシェル・フーコーも、自らの著書を『これはパイプではない』と名づけ、その主題にしたのではないか。
 人は「これはパイプではない」という文字列を見て、「これ」がパイプのことを指すと考える。しかし、その「これ(Ceci)」がパイプとして描かれた像であるのか、文字列そのものであるかも特定されているわけではない。指示代名詞が何を指すかは文脈がわからなければ、誰にもわからない。もちろん、パイプとして描かれた像もパイプそのものではなく、その意味では「Ceci n’est pas une pipe(これはパイプではない)」は実に曖昧な文なのである。このような言葉がもたらすイメージと、その裏切りをモチーフにした作品は、マグリット作品でしばしば見られるが、本作はその最も有名な代表作。
 マグリット自身は、「またあのパイプですか?もういいかげん、飽き飽きしました。でもまあ、いいでしょう。ところであなたは、このパイプに煙草を詰めることができますか。いえいえ、できないはずですよ。これはただの絵ですからね。もしここに「これはパイプである」と書いたとすれば、私は嘘をついたことになってしまいます。」と述べるが、「これはパイプでない」と書いても嘘になってしまう。マグリット自身は、ソシュール言語学を学んでおり、そのシニフィアンシニフィエ概念から「言葉とイメージ」の問題を考えるようになり、このような作品が生まれることに繋がった。
 フランスの哲学者ミシェル・フーコーが1973年に刊行した著書が『これはパイプではない』。ルネ・マグリットのシリーズ作品が主題的に論じられ、それをもとに15世紀以降の西洋絵画を支配してきた二つの原理の存在が述べられている。第一原理は「言語記号と造形的要素を分離する原理」、第二原理は「類似と肯定(=断言)との等価性を定立する原理」である。マグリットはそうした西洋絵画の二つの原理を逆手にとって、「同質性という前提を確保することなしに、言語記号と造形的要素を結びあわせている」。フーコーマグリットの作品分析スタートし、西洋の「表象」システムの分析へと移行している。このような手法はベラスケスの「ラス・メニーナス」を仔細に分析した主著『言葉と物』(1966)に似ている。
 こうなると少々アカデミックな話になり過ぎで、マグリットの提起している肝心の面白い問題が薄れてしまう。そこで、次のような幾つかの場合を考えて、奇妙さの印象を読者にそれぞれ確かめてもらいたい。

(1)「Ceci n’est pas une pipe」が絵の下に書かれておらず、右のマグリットのサインもない条件で、この絵のタイトルを「Ceci n’est pas une pipe」とするなら、現在の場合と比べ、いずれがより奇妙で、印象的か。
(2)「Ceci est une pipe(これはパイプである).」がパイプの絵の下に書かれている場合、どんな印象になるか(多分、冗長で退屈するだけだろう。)
(3)「Ceci n'est pas la image de une pipe(これはパイプの絵ではない).」がパイプの絵の下に書かれていたら、どのような印象を与えるだろうか。

 このような場合をさらに色々想像すると、A氏の肖像画の下に「これはA氏ではない」と書かれていて、タイトルが「A氏のイメージの裏切り」となっていたなら、マグリットを含め、人はどんな印象をもつだろうか。タイトルを「これはA氏ではなく、A氏の肖像である」と平凡に変更しても、極めて陳腐でしかない。結局、タイトルは「A氏の肖像」に落ち着くのではないか。

冬のチューリップ

 チューリップ球根は自然の冬の寒さを過ごすことによる春に開花する。これからがチューリップの季節なのだが、チューリップは一輪ではなく、集団になっている方が好まれる。バラは一輪でもバラだが、チューリップは複数あった方がいい。あちこちの公園や広場にはチューリップ用のスペースが設けられ、開花を待つだけになっている。既に咲き出しているのが画像。
 野原に咲く花はそれぞれ分をわきまえているかように佇んでいるのに対し、園芸の花はやたら自己主張が目立つ。そんな自己主張の中で何とも素直な主張をするのがチューリップ。「私は綺麗な花です。存分に見て楽しんでください」と言わんばかりの風情で、人が作り出した作品としては素直で、天真爛漫としか言いようがない。チューリップの色は多彩で、しかもその色が混じり合う。だから、かつては高価で取引され、チューリップ・バブルを生み出したのである。

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命名の作法と自由

 自分の好きなように対象や出来事に命名するのが理想でも、対象や出来事を真に表現するにふさわしい名前が求められてきた。私たちは自分の子供に名前をつける時、その子が産まれた経緯や家系を中心には考えなくなっている。だが、それで自由に命名しているかというと決してそうではなく、様々なルールに拘束されている。ダリの「記憶の固執」に固執しながら議論してきたが、絵画作品と作品名の対応関係は古典音楽の作品と作品の関係とは随分と異なることを取り上げてみよう。
 クラシック音楽の曲名は、「交響曲第5番ハ短調作品67」などと呼ばれ、暗号みたいで覚えにくく、ますますクラシックを敬遠するような曲名、タイトルになっている。それでも、ベートーヴェンの「交響曲第5番ハ短調作品67」の副題が「運命」だとわかれば、妙に親近感が湧いてくる。また、全部の楽曲に、「革命」(ショパン)とか、「新世界より」(ドヴォルザーク)とか、印象深い「副題」があれば、随分と印象が違う。さらに、略称して「第九」で通じてしまうなら、より親近感が出てくる。「副題」には、作曲家が自ら表現上の意図をもってつけた「題名(タイトル)」や「標題(プログラム)」の他に、後に第三者が勝手につけた「通称(ニックネーム)」が定着したものもある。さらに、先の「第九」のような略称や、「未完成」(シューベルト交響曲第7番ロ短調D759)のような作品の状態を表現したものなど、様々ある。
 副題によってすべての楽曲を知ることができない以上、本来の曲名をはっきりさせる必要がある。クラシック音楽の曲名は、「曲のジャンル」+「番号」+「調性」+「作品番号」(もしくは学術的整理番号)+(あれば)「副題」、から構成されている。例えば、「ベートーベン(作曲家の名前)交響曲(ジャンル)第9番(番号)ニ短調(調性)作品125(作品番号)合唱付き(副題)」、通称「第九」となる。詳しく見れば、次の通り。

(1)まず、正確に曲を識別するため、先頭に「作曲者の名前」を付ける。
(2)次は「曲のジャンル」で、記述の通りである。
(3)「番号」は、例えばベートーヴェンが作曲した交響曲のラインナップを示す番号。
(4)「調性」は、どの調(音階)の曲かを示し、その調によって、作品の雰囲気が変わるため、作曲家にとって重要である。
(5)「作品番号」は、楽譜の出版に際して付された番号で、いわゆる出版社のカタログ番号に該当する。「op.125」と示す場合や、楽曲がセットで出版される場合には、「作品56の6」のように、枝番がつけられる場合もある。
(6)作品番号が無いか、欠落している作曲家には、作品番号の代わりに、学術研究により付された「整理番号」が与えられている場合がある。モーツァルトのケッヘル番号(K.16など)や、バッハのBWV(バッハ作品主題目録番号)などが有名。
(7)そして最後に、既述の「副題」があれば、それをつけて、曲名が完成。

 音楽と違って、絵画・彫刻では「無題」は珍しくなく、その理由は概ねつぎのようなもの。1.作家が意図的に作品に題をつけなかった、2.作家が「無題」という題をつけた、3.作家は何らかの題をつけたが、題が何であるのかがわからない、4.作家が作品を完成させる前に何らかの理由で制作を中止するなどしたので題がない。一方、音楽の世界では、「無題」の歌謡曲やポップスはない。演劇や文学もそうで、美術作品だけが、何か命名に関して別世界にあるようである。タイトルも含めての作品である筈なのに、その作品を「無題」で終わらせるアーティストの意図は何なのか。
 美術で作品に「無題」とつけるようになったのは、1910年代のダダイズムあたりから。ダリもミロも、その他の画家も『無題』という作品を多く制作している。ダダイスムには、伝統的なアートの慣習破壊とともに、既成のものへの抵抗があり、タイトルを拒んだのもその一つと思われる。確かに、自動書記やコラージュ作品に具体的なタイトルはつけにくい。モンドリアン抽象絵画作品「コンポジション2赤、青、黄」には不十分な説明がついている。大昔の洞窟や古墳の壁画のタイトルは意図的ではないが、意図的に「無題」というタイトルを最初につけた人は誰で、どんな意図があったのか。美術より詩やパフォーマンスの方が先行していたのかも知れない。当時はどこにも「無題」が流行していた。第一次世界大戦が勃発し、ロシア革命が起こり、ペストが大流行し、タンゴやルンバがアメリカから入ってきた1910年代という時代の中で、「無題」というタイトルは独特の意味をもっていた。これまでの芸術内容とは違ういった主張が「無題」や「作品」なのである。
 シュールレアリスムでは夢や無意識を扱う傾向が強まり、具体的な何かを表象しない作品につけるタイトルとして、「無題」も受け継がれていく。戦後「無題」はますます増える。作品が「何か」を表すのではなく、絵画という形式そのものを、更にはアートの「物体」としての存在を際立たせるようになり、「無題」もポピュラーになった。
 絵画や彫刻に何故タイトルが必要だと思われるのか。それは絵画や彫刻が「それだけではコミュニケーションプロトコルとして伝達可能性が低い」からという常識や価値観があるからではないか。中世のキリスト教美術の場合、表現されたものがそのまま聖書の内容を伝達していた。ルネサンス以降も肖像、風景、歴史、静物、寓意など、絵画や彫刻の意味内容は明確だった。つまり「コミュニケーションプロトコル」としての「伝達可能性」は高かった。そこに描かれている人や物や出来事の背景を読み解く最低限の知識は必要だったが、リアルな具象表現によって何が描かれているかは誰にもわかった。
 美術作品に作家自らタイトルをつけるのが一般化したのは19世紀後半で近代代会における狭義の「アート」が成立してから後のことである。それより前は、作家以外のパトロン、注文主、後世の人などがタイトルを決めていた。つまり、元来どんな美術作品も「無題」だったのである。タイトルは単に制作されたものを指示し、説明する名前でしかなかった。作品はそのタイトルを具現化したものだった。19世紀後半となれば、印象派の時代。印象派という名称の元となったモネの「印象・日の出」(1873)は、対象の忠実な再現ではない、作家個人の「印象」がそのまま描かれた、当時にしたらスケッチのような絵だった。単に「日の出」とか「ルアーブルの眺め」なら普通だが、「印象・日の出」は従来の基準からすると、絵画のタイトルらしくない。
 聖書や神話、寓意などのビジュアルな表現としての側面が薄れても、モネを初め19世紀後半のゴッホの絵画やロダンの彫刻は、まだタイトルからの再現性を保っていた。人々が絵画や彫刻はコミュニケーションプロトコルとして伝達可能性の低い表現だと感じるようになるのは、フォーヴィズムキュビスム、そしてダダが登場した20世紀からである。音楽は本来抽象性の高い表現だが、絵画や彫刻は「対象の再現」という一大使命をもっていた。だが、それを写真に譲るという大転換があったのである。
 確かに言葉の持つ力は強い。制作した絵にタイトルをつけた方がわかりやすい。だが、自分が伝えたいことをタイトルによって伝えたくない場合、画家はタイトルから離れようとする。美術館に行くと、絵を見る前にまずタイトルを読んでいる人がよくいる。絵を一瞥してすぐタイトルを確かめ、納得したような顔をして、また絵を眺める。見たことのないものを目の前にして、具体的な言葉の説明がないと、人は何にでも命名する生きものだから、不安になる。そこにもってきてパッと見ただけではよくわからない作品に、「無題」とか「作品3-K」とかつけられていると、途方に暮れる。見ることから始まると言われても、無心に見ればいいと言われても、それがなかなかできないのが人なのである。
 ムンク「叫び」も、そのタイトルが「夕焼け」と書かれていれば、納得してしまうだろう。私たちは作品をそれぞれ「自由」に鑑賞しているように見えて、言葉に依存している。美術は言葉を超えたところにある表現だと言われるが、作品を見て人は何らかの言語的操作を無意識のうちに実行するしかないのである。だから、「これは…のようだ」という印象を方向づけるために、タイトルが威力を発揮する。タイトルの意味は、「わかりやすさや検索性」だけではない。作品鑑賞を邪魔しない程度のラベリングと捉えている作家がいる一方で、タイトルの効果を考え抜く作家も当然いる。こうしたタイトルのつけ方が上手いのは、何といってもデュシャンの「泉」(1917)。「泉」はアングルの作品名だったが、デュシャンは男性用便器に変名でサインし、「泉」と名づけて出品した。ダダイストの面目躍如である。もう一つ思い浮かぶのは、マグリットの「イメージの裏切り」(1929)で、白い背景にパイプが描かれた作品。どう見てもそれはパイプにしか見えないのに、その下の余白に書かれているのは「Ceci n'est pas une pipe.(これはパイプではない)」。「無題」よりはこんな知的悪戯の方が、ずっと刺激的である。
 「泉」も「これはパイプではない」も、作品はタイトルを裏切っている。「伝えたいことがタイトルという手段で伝えられているとは言い難い。そこにあるのは、言葉と物、言葉と視線のずれとその込み入った関係。それを気づかせることによって、美術に対する私達の再認識を迫っている。デュシャンマグリットは「タイトルと作品」という従来型の枠組みの中で、言葉と物の関係の見直しを迫ったのである。
 「見ること」には、言葉による概念化が避け難く紛れ込んでいる。タイトルがついていてもいなくても、私達は作品からさまざまな情報を勝手に読み取っている。その視線は知識や文化の影響を被っている。だから、経験にも観念にも知識にも影響されない「自由な」命名などあり得ないのである。

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モンドリアンコンポジション2 赤、青、黄」1930

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モネ「印象・日の出」1837

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デュシャン「泉」1917

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マグリット「イメージの裏切り」1929

 

セイヨウアブラナ

 セイヨウアブラナは、アブラナ科アブラナ属の植物。食用油の原料として、世界中で広く栽培されている。英語では、白菜等の仲間である近縁種Braasica rapaに由来する語rapeと表記されてきたが、近年はキャノーラ品種を意味する語canolaがセイヨウアブラナ全体を指す語として用いられている。日本在来種のアブラナとは別種で、染色体の数がアブラナの10対に対し、19対ある。
 私たちが「菜の花」と呼ぶのはアブラナが美しい花をつけたときの状態。アブラナは、日本では古くから野菜として、また油を採取するために栽培されてきた作物で、その成長過程に応じて名前が変わる。
・若い葉を食用とするとき→アオナ
・花をつけているとき→ナノハナ
花のあとに種子ができたとき→ナタネ
 アブラナは食用、鑑賞用、灯油の原料として、昔から日本人の生活に密着していた。現在栽培されているものはセイヨウアブラナで、かつて栽培されていた在来種とは種類が異なる。画像は既に咲いているセイヨウアブラナ

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エリカ

 エリカ属はツツジ科の属の一つで、700種類以上の種があり、その大部分は南アフリカ原産で、残りの70種程度がアフリカ以外の原産である。アフリカ、ヨーロッパに600種以上が分布する常緑性の樹木。英語ではヒース、ドイツ語ではハイデと呼ばれる。園芸では性質などの違いで南アフリカ原産種とヨーロッパ原産種に分けられている。
 葉は短い針型や線形で、枝にびっしりと付く姿は、枝に葉が生えているといった感じで、花はタマゴ型や壺状の小さな粒々のもの、紡錘形などがある。
 画像のジャノメエリカは日本でも庭木として定着している種。開花期は晩秋~春。満開時は枝が花にびっしり覆われる。

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ダリの「記憶の固執」、「記憶の固執の崩壊」:非写実的なものの命名

 「記憶の固執」はダリの作品の中でも最も広く知られている作品の一つ。ぐにゃりとチーズのようにとろけた時計はダリ作品のアイコンにもなっている。だが、この作品は24.1×33㎝というA4の紙ほどの大きさしかない。その小さなキャンバスに、細密にリアルに描かれた不思議な世界で、舞台となっているのはダリ作品に何度も登場する故郷の砂浜。魚なのか胎児なのか判別不能な物体が中央に横たわり、そこに柔らかな時計がのっている。時計の細部や画面左端の懐中時計の蟻などは非常に写実的で、細密に描かれている。ダリはこの柔らかい時計を、妻のガラがカマンベールチーズを食べているのを見て思いついた。
 昨日は「記憶の固執」、「記憶の固執の崩壊」というタイトルに疑義を呈した。だが、描かれているものが抽象的で、心的イメージのようなものである場合、それは世界の「何か」について写実的に描写することではなくなる。対象を忠実に描くことは重要でさえなくなる。それゆえ、抽象絵画と呼ばれるのである。つまり、抽象画は志向的でないのである。世界の「何か」についての絵画でなくなるなら、絵画のタイトルは描かれているものを表現する必要はなくなってくる。極端に言えば、作品名はその作品を他の作品から識別できればそれで十分ということになる。私たちの名前は命名時には志向的でない。誰も赤ん坊がどうなるのか予測できない。ある程度以降の年齢になると、その人の経歴に応じて、その名前が何を指すかが決まってくる。それと似たようなことがダリの絵にも成り立つのである。カンディンスキーモンドリアンの絵の名前は描かれている内容を指示するためにつけられたというより、名札のように他と区別するための命名で、名辞の因果説が主張する通りのものである。それと似たところがダリの「記憶の固執」や「記憶の固執の崩壊」にもある。だが、完全な抽象画ではなく、自らのイメージの寓意的な描写が入っているので、タイトルにはそれが反映されていると考えるのが無難だろう。そこで、ダリの作品制作の特徴を垣間見てみよう。

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モンドリアンコンポジション2 赤、青、黄」1930

 ダリは、あるイメージを別のあるイメージに重ね合わせて表現するダブルイメージ手法「偏執狂的批判的方法」の発明者であるとシュルレアリスム運動の中では評価されてきた。代表作品の「記憶の固執」では、時計とカマンベールチーズを重ね合わせて表現している。ダリが発明した偏執狂的批判的方法とは、簡単にはあるイメージが別のイメージにダブって見えるということである。そこで、時計とカマンベールチーズの組み合わせを表現する最も単純な言葉は「時計とカマンベールチーズ」。だが、これをタイトルにしたのでは平凡過ぎて、インパクトなし。そこで、さらに時計とカマンベールチーズの背後を探索すると、「記憶の固執」の要点が二点見えてくる。それらは、「柔らかいものと硬いもの」、「不安と欲望」の二つの表現であり 、後者はダリ自身の性的な不安と欲望の表現である。

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ダリ「記憶の固執」1931

 「記憶の固執」の中で描かれている「溶けている時計」は、ダリによれば、キッチンでガラが食べていたカマンベールチーズが溶けていく状態を見て、着想を得たという。その理由は、ダリの哲学や生い立ちを調べることで、ある程度は推測ができる。ダリの芸術哲学の中心には、ダリ自身が何度も主張しているが、「柔らかいもの」と「硬いもの」という両極への執着がある。そうした「硬いもの」と「柔らかいもの」という両極に対する執着が一つの画面に圧縮されたのが「記憶の固執」である。ダリはなぜ、「硬いもの」と「柔らかいもの」に執着していたのか。ダリは子供の頃からずっと女性に対する性的恐怖心をもっていた。このようなトラウマによって、ダリはEDだったらしく、彼の「硬いもの」と「柔らかい」ものへの執着は、ED問題が根底にあると言われている。さらに、「記憶の固執」で気になるのが中央にある白い謎の生物である。この謎の白い生物は、同じ年、1929年に描かれた「大自慰者」であり、大自慰者とはダリ自身の自画像である。この自画像はダリの作品のいたるところに登場する。

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ダリ「大自慰者」1929

 「溶けていく」という変化は、ダリにとって「衰える」、「崩壊する」、「柔らかくなる」などネガティブな状態を象徴している。一方、ダリにとって「硬いもの」、「硬くなっていく」という変化は好意的なものでポジティブな状態を象徴している。実際、ダリが好きな食べ物は固定した形のもので、硬いものだった。具体的にはロブスターや貝などの硬い性質をもった甲殻類が好きだった。反対に嫌いなものはホウレンソウなど柔らかいものや無定形なものだった。柔らかいものと硬いものの狭間で感情が激しく揺れ動き、一番自分にぴったりの食べ物と感じたのが、陽光を浴びて溶けていくカマンベール・チーズだった。 左下にあるオレンジ色の時計に蟻がたかっている。ダリには蟻は「腐敗」の象徴。子供の頃、蟻に食べられた昆虫を見て、中身がなくなっていたことにショックを受けたという。また、同時に蟻は大きな性的欲望を表すモチーフでもある。

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ダリ「記憶の固執の崩壊」1954

 その後、ダリは「記憶の固執」のリメイク作品「記憶の固執の崩壊」を制作する。オリジナル版との違いは、まず背景の海岸が前作よりも前に寄せており、浸水した状態になっている。主題となる「崩壊」を浸水で表現し、故郷カダケスの風景は浸水状態、つまり崩壊状態にある。中央の白い物体はオリジナルよりも透明なゼラチン状となり、その上方に魚が描かれている。ダリによれば「魚は私の人生を象徴する」と語っている。 オリジナル版にあった左側の平面ブロックはフロートレンガ状の小さな形状に分割された表現に変わる。この細かく分割されたブロックは、当時、ダリが関心をもっていた原子核で、ミクロな量子力学の世界を表現している。さらに、ブロックの背後にある多くの角は原子爆弾を象徴するもので、秩序ある地球の持続を人類が破壊する可能性があることを強調している。柔らかい時計がかけられているオリーブの木も、四つの時計の縁やダイヤルも、いずれもバラバラに分解され、死が迫っている。
 再度、ダリの絵画にとってその絵画のタイトルはどのような役割や意義をもっているのか、まとめておこう。絵画は「何か」を描いている。その何かが外部世界の対象や出来事であれば、絵画は志向的ということになり、この意味では古典的な絵画はみな志向的である。特に、肖像画は志向的であり、そうでなければならない。それに対して、印象派の絵画や抽象絵画は志向的でない絵画である。それゆえ、ダリの絵画も半ば志向的ではなく、とても理念的で直観的という相反するような性質を併せ持っている。作品名は固有名だと割り切れば、人の名前と同じで、名前と人格とが無関係だということになり、従って、作品名と何についての絵画かは無関係ということになる。まず「記憶の固執」、「記憶の固執の崩壊」とダリによって非志向的に命名され、その後人々に鑑賞され話題にされながら、その名前がどのような意義をもつかが次第に定着していった。私のタイトルの翻訳への疑義も二つの名前に付けくわえられて、その意味を僅かでも変えていくなら、大いに結構なことだが、無視されること間違いなしだろう。

梅、雪、そして桜

 寒梅が咲き始めている。寒風の中の梅の花が嫌いな人はいないだろうが、雪と梅の花も見事な取り合わせではないだろうか。
 大島蓼太(りょうた)(1718~1787)は江戸中期の信濃俳人で、別号が雪中庵。江戸俳壇の実力者で、芭蕉への復帰を唱えた。
 「ともし火を見れば風あり夜の雪」は彼の傑作。雪が降り続き、一面に雪景色に変わった。夜更けて障子を開け、庭でも眺めたのだろうか。部屋の隅では、明け方まで灯をともす有明行灯がほの明るく、その灯が時折、ゆらりゆらり揺れ、その揺らめきに、かすかな風の気配を感じ取れる。
 梅と雪の句となれば、「寒梅や雪ひるがへる花の上」。雪国の信濃妙高ならばこそ、雪がひるがえる梅の花が見られるのではないか。
 大島蓼太は知らなくても、次の一句は知る人が多い筈である。梅の次は桜だが、「世の中は三日見ぬ間に桜かな」。「見ぬ間に」が「見ぬ間の」と言い慣わされ、「三日見ぬ間の桜」といった今日にも通ずる名言を生んだのである。