月光仮面からプラトンまで

月光仮面は私が子供の頃のテレビ番組のヒーロー。学校の行き帰りにはよく主題歌を口ずさんだものだが、その一番の歌詞は次のようなものである。 どこの誰かは 知らないけれど 誰もがみんな 知っている月光仮面の おじさんは正義の味方よ 善い人よ疾風のよう…

月光仮面の主題歌

月光仮面は私が子供の頃のテレビ番組のヒーロー。学校の行き帰りにはよく主題歌を口ずさんだものだが、その一番の歌詞は次のようなものである。 どこの誰かは 知らないけれど 誰もがみんな 知っている月光仮面の おじさんは正義の味方よ 善い人よ疾風のよう…

はしご車

有明の臨時駐車場に集合した東京都の消防車、それもはしご車の勢ぞろい。 一体何のためなのか。正月の出初式のための練習なのかも知れない。 それにしても赤い車体が見えなければ建築用のクレーンと間違われること必至。

変化の歴史(4)

[原子論] 原子論はレウキッポスとその弟子デモクリトスによって考えられた。デモクリトスは紀元前460年生まれなので、ソクラテスより10歳若い。彼の主張によれば、原子は不可分で、その部分の間に差はなく、原子の中は充満している。実在するものが複数で…

「葉」牡丹あるいは「花」キャベツ

葉牡丹は葉のような牡丹なのか、花キャベツは花のようなキャベツなのか。こんな問いを前にして、常識のもつ微笑ましい嘘、常識のもつ無垢な嘘、いずれが常識の本性を表現しているのか、などと哲学は大袈裟にことを構えたがるのだが、今時分よく見る葉牡丹は…

変化の歴史(3)

[ゼノンのパラドクス] ゼノンはパルメニデスの不変の哲学を擁護するために変化に関わる多くのパラドクスを考えている。いずれも運動変化が存在するとすれば、矛盾が生まれる、それゆえ、運動は存在しないというパラドクスである。まず、ランナーがゴールま…

小言、繰り言、独り言(3)

相撲の話に関心が高いようなので、少々寄り道。 神事と見世物興行とスポーツ、これら三者を兼ね備えるのが今の大相撲。でも、これら三者を調和させることは横綱になるほどに難しいことです。 五穀豊穣を祈って神に奉納する神事の相撲が始まり、今でも大相撲…

子供の頃の裏庭には二本のおおきな欅の木があった。夏には大きな枝を広げ、涼しい木陰を作ってくれた。それが秋には黄葉し、落葉する。落ち葉の始末が大変でも、だから欅の木を切ろうなどとは誰も思わなかった。子供なら5人程手をつながないと木を抱くことは…

冬の鳥二態

寒い中で、鳥たちは木にとまり、水にうき、それぞれの冬のすごし方

変化の歴史(2)

[変化の自然主義的説明] 哲学史ではターレスの名前がいつも最初に出てくるが、アリストテレスは彼が「水がすべてのものの起源(アルケー)である」(『形而上学』、983b18)と述べたと書いている。彼の理論は一般的で、観察に基づき、超自然的なものに頼っ…

小言、繰り言、独り言(2)

土俵の中の品格、土俵の外の人間性 エリザベス・テイラーの演技は品格などという生易しいものではなく、破格で、舌を巻く絶品。そして、彼女の映画や舞台以外の人生は自由奔放で、品行方正とは程遠かった。「巨人、大鵬、卵焼き」の時代を知る私には柏戸と対…

変化の歴史(1)

ギリシャ哲学から経験科学へ ギリシャ哲学は一見すると科学哲学とは何の関係もないどころか、科学哲学の研究にはそれが思弁だけからなるゆえに何の貢献もしないとさえ考えられてきた。というのも、経験を重視する科学に対し、ギリシャ哲学は経験への配慮が希…

小言、繰り言、独り言(1)

右京さんの正義 『相棒』は未だに人気のテレビドラマ。杉下右京さんは集団、共同体、国家といった組織の安泰より正義を優先する孤高の一匹狼。高倉健さんが人情ではなく義理のために戦うように、右京さんは警察組織の存続維持などより、あくまで正義を優先し…

秋の名残、冬の兆し

晩秋から初冬の風景を生み出す一つは植物。人は着物で季節に対応するが、植物の季節への対応は自らの理に叶った様々な工夫であり、それが私たちに季節を気づかせる。その工夫を美しい、美味しいと感じさせるのもまた植物の工夫の一つで、その罠に見事に引っ…

行為と倫理(13)

進化論と倫理学の関係 生物学と倫理の間にはどのような関係があるのか。倫理に対して進化論は何を主張できるのか。スペンサー(Herbert Spencer)は生物進化、社会進化、そして道徳の進化は宇宙的な進化という一つの過程の一部と考える。だが、ムーアは進化…

行為と倫理(12)

倫理における規約 科学的な観察、実験とそれをもとにした説明は科学の重要部分を占めている。科学における観察、実験と説明は20世紀に入り多くの特徴がわかってきた。実験や観察はその再現性や測定の精度について、また、理論は予測や説明の能力について、科…

深川怪談余談

今は実際の落語もWebで手軽に聞くことができる。『牡丹燈篭』は出色なのだが、深川佐賀町が出てくるのが『江島屋騒動』。これも有名な怪談噺で、「rakugo.ohmineya.com/江島屋騒動(江島屋怪談...」では志ん生と歌丸の声を聴くことができる。そこにはシナリ…

深川怪談(4)

『怪談牡丹燈篭』 『怪談阿三の森』について書いたが、そのシナリオをより洗練させ、完成させたのが『怪談牡丹燈篭』。『阿三の森』は円朝作ではないと言われるが、その完成形である『牡丹燈篭』は紛れもなく円朝の作品。 円朝はお露と新三郎の悲話に加え、…

深川怪談(3)

「義と不義」あるいは『忠臣蔵』と『四谷怪談』 黒船稲荷神社のご祭神は、五穀豊穣の神様である宇迦魂命(うかのみたまのみこと)です。創建は平安時代と古く、浅草の黒船町に創建されました。黒船町は現在の台東区寿辺り。江戸時代中期の享保17年に浅草に火…

行為と倫理(11)

事実と当為、自然主義的誤謬 次に、自然主義的誤謬 (naturalistic fallacy) と呼ばれる誤謬について、自然主義的立場から再考してみよう。これはムーアが『倫理学原理』で述べた誤謬である。彼は倫理的性質、自然的性質と性質を二つにわけた上で、行為につい…

行為と倫理(10)

事実と当為、遺伝的誤謬 さて、前回に続けて、倫理的主観主義の二番目の推論を考えることにしよう。[遺伝的誤謬] 私たちがもつ信念は単に歴史的な進化の産物に過ぎないゆえに倫理的信念は真ではあり得ないと主張される場合がある。つまり、私たちの倫理的…

満月

今年最大の満月は3日だった。2日の昼間の月も4日の今朝の月も見事で、月に魅入られた。

長生きすること

誕生日に多くの友人からお祝いのメッセージをいただいた。大いに感謝すべきなのだが「古希(稀)」の意味を思い返すと複雑な気持ちになる。唐の詩人杜甫は「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」と詠んだ。今の日本ではさしずめ「人生七十古来常なり…

行為と倫理(9)

事実と当為、自然主義的誤謬 (naturalistic fallacy) 事実についての命題は「―である」という形をしているが、当為的な命題は「―べきである」という形をしており、私たちは生活の場でこれら二つの形を使い分けている。道徳的な命題は確かに「―べきである」と…

晴海埠頭

晴れた冬空のもと、晴海の埠頭には高層ビルと帆船日本丸が見え、オリンピック、パラリンピックの選手村の建設が進んでいる。

深川怪談(2)

善悪、白黒、美醜、…こそ人や社会を知る基本中の基本 まだ学生の頃、教育学を専攻する友人に分厚い翻訳書を見せられ、人の体型の白黒写真にびっくり、それが目に焼き付き、博物学的な臭いを感じたのを憶えている。それは医学者クレッチマーの研究書で、体格…

清澄公園の紅葉

清澄白河という地名は、海だったこの辺り一帯を開拓した清住(後に清澄)弥兵衛と、松平定信の号にちなんだ白河という名前を組み合わせたもの。 松平定信が眠る霊巖寺を記事にしたが、その近くにあるのが清澄庭園。清澄庭園は「回遊式林泉庭園」で、岩崎彌太…

行為と倫理(8)

20世紀の倫理思想を振り返って(2)(1) David Ross, The Right and the Good(1930) ロスの本はムーアの『倫理学原理』の功利主義に対する反対として書かれた。ロスは正しい行為を正しく実行するのは効用の原理ではなく、しばしば効用と衝突する道徳的な義…

深川怪談(1):人は不幸が大好き

戯作者でない私の怪談話など大して面白くもないのですが、「なんで人は怪談などに固唾を飲んで関心をよせるのか、拍手喝采をするのか」という問いに対する私なりの答えを読んでいただければ、私の心持も察していただけるのではないかと思っています。 人は幸…

行為と倫理(7)

20世紀の倫理思想を振り返って(1) 20世紀の倫理学はムーア(George E. Moore, 1873-1958)の『倫理学原理』(Principia Ethica, 1903)、ロス(David W. Ross, 1877-1971)の『権利と善』(The Right and the Good,1930)から始まるが、ウィトゲンシュタ…