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酒と煙草

私が酒や煙草について書くと、偏りが明らかで、公平ではないと読まれるようである。だから、このタイトルなら私が愛してやまないものについての独断的な話なのだろうと想像できる。このタイトルにギャンブル、さらには女と付け加えれば、道楽者の男の振舞い…

視覚の能動性

最近の知覚心理学の研究によれば、正常な状況なら視覚系は外界の情報を正確に受け取るのですが、視覚が誤ると、曖昧な結果をもたらすことが多くあります。「多義図形」はそのような一つ。アトニーブの三角形を眺めていると、最初すべての三角形がある特定の…

散歩

最近は保育所がオフィスビルの中に数多くつくられている。午前10時を過ぎるころには子供たちが散歩に出てくる。すると、オフィスビルの周りに元気な子供たちがあふれ出し、仕事に忙しい大人たちが歩き回る空間に入り込んでくる。

高村光太郎 新緑の頃

青葉若葉に野山のかげろふ時、 ああ植物は清いと思ふ。 植物はもう一度少年となり少女となり 五月六月の日本列島は隅から隅まで 濡れて出たやうな緑のお祭。 たとへば楓の梢を見ても うぶな、こまかな仕掛に満ちる。 小さな葉っぱは世にも叮寧に畳まれて も…

多義図形の3次元化

福田繁雄の作品「潮風公園島の日曜日の午後」(1995)が今は水の広場公園にあると記したが、この作品は正面から見るのと横から見るのとでは、全く別の形に見えてしまうトリックアート。正面からはジョルジュ・スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」…

休日の過ごし方

晴れた休日は外に出たくなるのが今の季節。昨日はよく晴れ、温度も適度で、過ごしやすかった。新緑の中で多くの人たちが様々な過ごし方をしている。朝鮮半島ともフランスとも違って、子供も大人も人生を楽しんでいる。 最初の一枚はいわゆるコスプレの撮影に…

To be, or not to be, is that the question?:衣食住の中の煙草

(改訂版) 日々の暮らしを支えているのは衣食住。衣食住に登場するものたちは独特のあり方をもち、私たちが自由に使える、必ず使わなければならない、使ってはならない等々に分類できる。食べ物や衣服は何を選んでも構わないが、未成年者には酒もたばこも禁…

山吹と射干

先日ヤマブキを見つけたと記したが、ヤマブキには想い出があったからである。田舎の我が家の裏庭の斜面にヤマブキが群生していた。いつも今頃から黄色の八重の花を見事に咲かせていた。先日辰巳の公園で見つけたのは一重の花のヤマブキで、八重はないのかと…

潮風公園の福田繁雄作品(2)

19日に同じタイトルで書いた福田繁雄の作品「潮風公園島の日曜日の午後」(1995)が妙に気になり、探ってみた。私は「福田の作品が誰も行かない海辺の公園にひっそりと存在している。なぜこんなところにこんな作品が、と訝るしかない…今のところ私の独り占め…

窓拭き

自宅の窓は自分で拭ける。だが、高層マンションとなると、窓拭きも自分ではできなくなる。高層マンションでは開けることができないFIX窓(はめごろし)が多い。だが、掃除をしなければ窓は徐々に汚れていく。そこで必要になるのが、窓拭き。窓拭き掃除に特別…

八重桜

八重桜は牡丹桜とも里桜とも呼ばれるが、オオシマザクラに由来する桜の園芸品種。ソメイヨシノの開花より2週間程、遅れて開花するが、今がちょうど満開。強くなりだした陽の光と見事に絡み合い、陰影もまた見事。

潮風公園の福田繁雄作品

日本のだまし絵、トリックアートの第一人者だったのが福田繁雄。福田は「日本のエッシャー」と呼ばれ、2009年に亡くなっている。画像は福田の「男と女の足」という作品。とってもシンプルなのに、インパクトがある。下から見上げていくと男の人の足で、上か…

To be, or not to be- is that the question?:衣食住の中の煙草存在論

私たちの日常生活の土台は衣食住にあり、そこに独特の存在論が生まれる。私たちと衣食住のものたちとの付き合い方の基本は「いずれでも構わない」というもの。その原則が成り立つので、着物、食べ物、住宅などは自由に選択でき、商売が成り立っている。車や…

散歩する幼児たち

春になり、気候が変わると、散歩する幼児たちの列が目立つようになる。保育園があちこちにでき、小さな子供たちの集団が増えた。ようやく歩ける子供から、しっかり歩ける子供まで、色々なグループが散策する姿が目に飛び込んでくる。まだ、熱中症の危険は少…

測量船

海上保安庁は、大小各種の測量船を有し、測量・観測した結果は海図をはじめとする水路図誌に生かされている。大型測量船の昭洋などは、磁力・重力測定器のほか、無人観測艇も搭載していることから、測量船よりも海洋調査船に近いものとなっている。いつも有…

To be, or not to be- is that the question?(吸うべきか、吸わざるべきか:それは問題なのか?)

人の衣食住の普通の事柄は「いずれでも構わない」という仕方で市民権が認められてきた。だから、食べ物、着物、住宅などは認められたものの中から自由に選択でき、商売が成り立ち、自由意志を行使できる対象である。煙草もそのようなものの一つだった。だが…

校章

白鳳丸が有明西埠頭に停泊している。以前白鳳丸について記したことがある。その際、「東大の海洋研究所に所属していた「白鳳丸」は…」と述べた。今回煙突に描かれているマークをよく見ると、どこかで見た形。東京大学の校章をもとにデザインされたものだと思…

山吹

子供の頃、庭にあった山吹が咲くのは4月の下旬から5月にかけてで、新緑の中の黄色が強烈だった。落葉の低木で、日本中に見られる。美しい山吹色の花が咲き、『万葉集』にも詠まれている。太田道灌が農家で蓑を借りようとすると、娘が蓑の代わりに山吹の枝を…

「樽」と「桶」の違い:その寓話

樽と桶はどこがどのように違うのか。改めて問われると、日常生活の中の謎の姿が浮かび上がってくる。どうでもよい問いなのか、それとも生活に根ざす本質を突いた問いなのか、人によって、状況に応じて、その解答は様々に変わる。そんな面倒くさい事柄よりは…

有明の月

朝太陽が昇り始めるとき、月がまだ空に残り、その存在を示している。夜が明け、次第に明るくなる中で、月は同じように青白く、ぼんやり輝いている。太陽が燦然と輝き、月の存在を消し去るまでのわずかな間、太陽と月は共存し、互いの存在を認め合うのである…

見えない不安、見える恐怖(客観的な説明から主観的な報告へ)

不安や恐怖についての叙述には様々な視点、立場からのものがあり、それこそ文学の格好の材料になってきました。不安や恐怖を客観的に扱うようになったのは19世紀末からのこと。科学的な対象としての不安や恐怖は心理的な感情ですが、その叙述は重層的で、様…

豊洲西小学校

開校は2015年4月。豊洲地区の人口増加による児童急増に対応してできた。校舎は地上4階建て(体育館棟、地上3階・地下1階建て)で、敷地面積は約1万平方メートル。校内は木材が多用され、地域・保護者参加型の教育活動が実施されている。また、23区初となる体…

春の街

桜の花が散り始め、樹の若葉が目に飛び込んでくる。野外には溢れるような春の緑が艶めかしく輝いている。木の葉の姿に心が躍り、建物さえ春の中に浸り切っている。シリア、朝鮮半島と政治情勢は厳しいが、そんなことにはお構いなしに春爛漫。

カントの第一アンチノミー

(私はカント哲学については素人同然ですが、アンチノミーの議論は妙に気になっていて、思考実験としてはおかしいのではないかと思ってきました。Facebookの友人がコメントをくれましたので、コメントへの応答も兼ねて、私がおかしいと思う理由を述べてみま…

春の東雲運河

江東区には運河が多い。辰巳、豊洲、東雲、有明といった名前は地名であると同時に、運河の名前にもなっている。道路と同じようにそれぞれの運河には個性がある。東雲運河の個性といえば人工的に中州がつくられていることである。運河の中の緑地帯といったと…

思考実験と検証

経験科学の仮説は検証されなければならない。だが、仮説を直接に検証することはできず、仮説から導き出される言明を検証し、それが反証されない限り、その仮説を支持するということが私たちにできることである。では、思考実験は検証できるのか。検証が困難…

豊洲大橋

晴海運河に架かる「豊洲大橋」。隣の晴海大橋のように走って渡ってみたいのだが、残念なことに私はまだ渡ったことがない。環状2号線の架橋工事は2008年11月に完成、その後は放置され、使用されていない。今は晴海の選手村の工事用の車だけが通行を許されてい…

博物学の変貌:分類(情報)から系統(知識)へ

ファーブルの『昆虫記』と夏休みの昆虫採集が結びつき、さらに宮沢賢治と石の収集がなぜか結びついているのが私が小学生の頃のあまり定かでない記憶。だが、「博物学」という単語を知ったのはずっと後のことで、自然哲学(natural philosophy)と自然史(博…

水鳥が飛び交う春の海辺

海辺で育たなかった私には海鳥はよくわからない。だが、今住んでいるのは東京湾岸で、海鳥が飛び交う。「ゆりかもめ」という名前は何かと思ったのは遥か昔だが、確かに湾岸には海鳥が多い。「ゆりかもめ」には滅多に乗らないが、ユリカモメはよく見る。それ…

見える静寂:水鏡

音のない静かさ、静寂を見えるように表現しようとすれば、どうしたらよいのでしょうか。人の想像力はその問いに見事に応えていて、動かない水面がもつ鏡の性質を巧みに重ね合わせるのです。静寂は水鏡によって見えるように描かれ、水鏡に映る風景は静寂の中…

ニュートンの絶対空間と特殊相対性理論

<ニュートン力学と絶対空間> ニュートンは、空間はそこで物事が起きる唯一無二の舞台であると捉え、その舞台で行われる事柄の物理的な特徴を法則にまとめ上げ、ニュートン力学を作りました。このユニークな舞台=空間が「絶対空間」です。それは物質の存在…

花だけではなく、アリも始動

桜の花見となれば、首を挙げて、上を見る。そんな桜の根元には別の生き物が春を感じている。それが蟻。歩道の敷石の間に一生懸命に巣をつくり、コロニーを保持している。あちこちに命の息吹を感じるのが春。私たちとは違って、桜もアリも季節の周期的な変化…

春の墨田川の風物詩:早慶レガッタ

下町の墨田川で早稲田と慶應が競い合う。神宮の野球だけでなく、墨田川でも早慶は競い合ってきた。今年は4月16日。春の大川に若い力が溢れる。そして、その圧巻がエイト。人の力がシンクロして一つになる美しさが墨田川に映る。ボストンのチャールズ川のボー…

学校のキャンパス

豊洲のIHIの隣にあるのが芝浦工大の大学キャンパス。立派な大学キャンパスは当世の流行。大学や付属の学校は一時都心から随分離れた郊外に移転したが、それがこのところ都心回帰がブームになっていて、お茶の水を動かなかった明治大学には受験者が殺到してい…

帰納法の信頼性:ヒュームの場合と堂々巡り

昨日ヒュームと観念の話を書いたら、随分と反響があったようだ。私たちは自分が直接観察しないことについても多くのことを知っている。直接見るには小さ過ぎる、遠くにあり過ぎる、隠れている、昔に起こったことで今は既にない、まだ起こっていないので見る…

私が座りたいベンチ

かつて私の座りたい欲望をそそるような公園や通りのベンチは皆無と言ってよかった。だから、座りたいベンチを探し求めたことさえあった。ベンチなどどんな形でも構わないのだが、そこは人間、何とも厄介なもので、好みのベンチを生意気に求めてしまう。金属…

観念:ヒュームの議論から

1年以上前になるが、ヒュームの帰納法(Induction)について述べたときの前文に次のようなことを書いたのだが、気になる内容なので再考してみたい。以前の叙述が簡単過ぎたので、原文の一部を少々補足して、(内容を変えない程度に)書き直してある。そこか…

有明と豊洲の消防署

深川の消防団の記事を書いたが、Facebookの友人のお孫さんが深川消防署で働いておられるとのコメントをいただいた。永代出張所勤務とのことで、近くの消防署はどうなっているか気になった。私の住む有明には深川消防署の有明分署があるのだが、これはまだプ…

清掃工場の煙突

「清掃工場」という名前はクリーンセンターなどに比べれば妙に落ち着く名前。ゴミ焼却場だと余りに生々しいが、「清掃」と「工場」の組み合わせは綺麗でも汚くもない、中性的な感じを与えている。清掃工場は、リサイクルできる資源の分別・可燃ごみの焼却処…

黒いチューリップ

チューリップは新潟、富山の県花で、これからがその季節。あちこちで様々な色の花が咲き始めている。バラと並んで人気があり、そのためか公園や遊歩道の植え込みによく使われている。 チューリップと言えば、アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『黒いチュ…

Nの授業体験

どの大学でも入学式が行われ、新学期がスタートしようとしている。これは大袈裟に言えば、Nの教育論なのだろうが、私がNに聞いた話である。Nが誰かの詮索より、Nがどんな影響を学生たちに残したのか、それが私の気懸りで、知りたいことである。 Nは教員資格…

家畜とペット、そして…

昨日の街中には犬が妙に多く、どうしたことかと訝ったが、ドッグショーが開かれていて、犬を連れた参加者が多かったためだと判明。ずいぶん昔に同じタイトルで、次のようなことを書いたのを思い出した。その文章をまず再録しよう。 「ペットが自由に飼えるマ…

消防団

深川消防団第10分団の日曜日の訓練の様子。この可搬ポンプ掲載車は昨年2月に配車されたもの。消防団は一般市民(全体の約7割がサラリーマン)で構成され、自治体から装備および僅かな報酬が支給される(報酬がない団もある)。「われらの町は、われらで護る…

始祖鳥のロンドン標本から

地上を歩く、水中を泳ぐ、空中を飛ぶ、これらの中で何が一番不思議なことか。こんな不思議な気持ちを疑問に変えるのは子供なら当たり前のことで、それがなぜ、どうしてという問いにつながるのだが、問い自体はありふれたもの。だが、どうして地上を歩き、水…

「朝日を浴びて」

「朝日を浴びて」と言えば、歌の歌詞か、ラジオ体操を思い出すのは年配の人だけかも知れないが、朝日を浴びた早朝の東京の姿は捨てたものではない。東京湾から見える東京の街には高層ビルが随分と増えた。林立する高層ビルに当たる朝日は朝の東京に命を吹き…

あなたは誰の言葉を信じますか?

「信じるのは預言者の言葉であり、科学者の言葉は信じるのではなく、知るのだ」というのが一般的な了解のようです。ですから、この了解を信じるなら、こんな問いには大した意味などないのですが、「信じる」ことが多義な意味をもっていて、そのために同じ人…

私が見ているもの

私は何かを見る。見ることは志向的(intentional)で、見る対象がなければ「見る」とはとても言えない。意識の志向性などとは比べようもないほどに視覚は志向的なのである。そもそも志向的でない感覚などあり得ないのである。情報を外部から得ることと志向性…

子供たち

豊洲、有明には若い夫婦が多い。だから、幼児も多い。幼児と保育所は今話題の事柄だが、豊洲や有明には保育所がほとんどのタワーマンションの一階か横に設けられている。すると、写真にあるように多くの子供たちが公園で鉢合わせすることになる。昼間の公園…

「海洋気象観測船」

有明と台場ののぞみ橋の近くには巡視船がよく停泊している。この日は珍しく5隻も停泊中。よく見ると、様子の違う2隻が目に入る。巡視船ではない。何だと気になり、その答えを調べてみる。その答えがタイトルの名前。 気象庁は、地球温暖化の予測精度を上げる…

「ぼんやり」、「曖昧」こそ人の本性を知るための鍵

「ぼんやり知る、曖昧に知る」などと言うものなら、科学の世界では非難されこそすれ賞賛など一切なく、軽蔑しか浴びせられないだろう(例外はFuzzy logicで、これをもとに「曖昧さ」の工学的研究が進んだ)。というのも、日常的な常識(folk knowledge)の世…