妙高・戸隠と一茶

   雪解けの水音が四方に轟き渡り、それがあたかも地震の如しということから「地震滝」と呼ばれ、「地震」と書いて「なゐ」と呼ばれていたことから「苗名(なえな)」に変わり、今では「苗名滝」と呼ばれ、日本の滝百選に選ばれています。文化10(1813)年の春にその滝に心打たれた小林一茶が詠んだ句が「瀧けぶり 側で見てさえ 花の雲」で、滝の近くに刻まれています。

 一茶には同じ春の句に「雪とけて 村いっぱいの 子供かな」があります。力強く感動的な自然の中に人々の暮らしがあり、そんな村に遅い春が訪れ、春の陽気の中で遊びまわる子供たちで溢れている情景が浮かんできます。そんな故郷の再生を願う気持ちに反対する人は少ないのではないでしょうか。古き良き追憶は昔を懐かしむ老人の心情の表出だけでなく、時には未来の人間の姿を考えるヒントになるのかも知れません。一茶が感動した自然、一茶が暖かい眼で見つめた村の子供たち、そんな里の生活が現在の私たちに何を教えてくれるのか、妙高出身の皆さんと共に考えていきたいものです。一茶が柏原で詠んだ句をいくつか挙げておきましょう。

「しづかさや 湖水の底の 雲のみね

 湖に 尻を吹かせて 蝉の鳴く

野尻湖を優しく詠い、そして、

 

是がまあ つひの栖(すみか)か 雪五尺

 

けふばかり 別の寒さぞ 越後山

と豪雪の中の生活を詠っています。