本物のごみと偽物のごみ

 今の私たちの生活は多くのごみを生み出していると書きました。夕食を一回つくると出るごみの量は信じられないほどです。その中には利用できるごみがたくさんあります。食べ物だけでなく包装していた紙やビニールも再利用できます。その意味では「見かけのごみ、偽物のごみ」に過ぎないのです。どうしても使うことができず、本当の意味で捨てざるを得ないものがあるとすれば、それが「本物のごみ」です。本物のごみは煮ても焼いても食えないものです。ですが、本物のごみはそもそもあるのでしょうか。生態系が循環系であることは本物のごみはなく、すべては循環するサイクルの構成要素として系の維持に役立ついることを示しています。これを生態学的ごみと呼んでもいいでしょう。生態学的ごみは偽物のごみ、現象的にごみに見えているに過ぎないもので、いずれ再利用されるものです。では、本物のごみとは?本物のごみは熱力学的ごみで、エントロピーが最大になった系の状態、それが本物のごみです。どのように工夫しても再利用ができないものです。エネルギーは色々な形態をとります。なぜ私たちは電気を重宝するのでしょうか。それは電気エネルギーを他の形態のエネルギーに変えることによって多様な仕事ができるからです。電気は高品質のエネルギーで、様々に利用可能なのです。それに対して、熱は低品質のエネルギーで、仕事をした後のエネルギーの形態が熱なのです。私たちも身体を激しく動かし運動すると熱が発生し、発汗します。熱を再利用することはもちろんできるのですが、そのためには再利用するエネルギー以上のエネルギーを必要とします。つまり、結果としてますます熱が発生するのです。自然を利用して仕事をした最終結果が熱の発生であり、それが地球規模の温暖化を引き起こしているということになります。文明とは品質の良いエネルギーを利用して自然を人間に都合のよいものに変え、その結果として本物のごみ、つまり熱を出すものなのです。「熱を熱でないエネルギーに変え、しかもその際に更なる熱を出さないようにする」ような機関は永久機関と呼ばれますが、それは熱力学的に存在できないのです

 このように考えてくると、偽物のごみが再利用されても、つまるところは熱という本物のごみになり、それが蓄積されていく、それが私たちの文明ということになります。