越後の良寛

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 良寛が人々の注目を浴びだすのは、大正期の中ごろ以降です。それには相馬御風の一連の著作が大きな役割を果たしました。糸魚川出身の御風は早稲田大学で新潟出身の会津八一と同期で、坪内逍遙島村抱月らに薫陶を受け、その良寛論は良寛を生き返らせました。自我に目覚めた人たちが苦悩の中で良寛の生き方に憧れたのです。良寛は越後出雲崎の名主の家の長子に生まれ、一八歳のとき突然、家を捨ててしまいます。禅の悟りを得て俗世を捨て、無私無欲のやさしさ、清らかさが、人々の共感を呼びます。  

 良寛の書は、ここにあげた『天上大風』(子供たちの凧のために書いたもの)のように童心にあふれたものばかりではありません。若いころから王羲之小野道風を本格的に学び、草書にも熟達しています。この書のどの文字も単純です。天の字だけが異常に大きく、しかも第一画と第二画の間がずいぶん離れています。風も中の虫が極端に左に寄ってしまっています。落款の「良寛書」の位置もよくありません。それでも、全体としてぴたりと収まっているのが不思議です。何より、このほのぼのとした素朴さは意図したものではありません。それが私たちを魅了するのです。