生活世界を支える知識:哲学的な素描4

(この章は数式が多く、そのためそれらを省いたため肝心の点がぼやけてしまいました。お詫びいたします。)

第4章 解析幾何学、あるいは無限小解析の意義は何か?

この章では世界の中の運動変化を表現する言語、装置としての幾何学に迫ってみよう。幾何学が物理的自然の表現に不可欠なものと認識されるには何が必要だったのか。その解答は幾何学の代数化であり、「自然の数学化」は「幾何学の代数化」、つまりは解析幾何学によって可能になったことを見てみよう。

 

(砂田)デカルトの代数的方法から座標を使った解析幾何学へと変わる。ガウス、ボヤイ、ロバチェフスキーが独立に非ユークリッド幾何学を見出し、微分幾何学は17世紀のニュートンライプニッツオイラーが無限小解析学微積分学に始まる。ガウスの卓見は無限小解析の道具を使って、図形だけでなくその入れ物としての空間が幾何学の対象になることを示唆。硬い幾何学、量の幾何学とは違った「位置の幾何学」はライプニッツから始まり、20世紀には位相幾何学となる。

 

4.1デカルトと解析幾何学

1637年にデカルトは、「我思う、ゆえに我あり」と述べ、自らの哲学の核心をフランス語でわかりやすく書いた『方法序説』を出版する。これは近世合理主義哲学の基礎を築いたとされるが、序説はあくまでも序説で、その後に大部の科学論考が三つ続く。これらの科学論考は試論と呼ばれ、『光学』、『気象学』、『幾何学』から成っている。このうちの『幾何学』は、座標を使って幾何学の問題を代数的に解く「解析幾何学」を創始した点で極めて重要である。

デカルトの『幾何学』の成果の一つは、記号を使った代数学の完成である。前世紀末のヴィエト(Francois Viete, 1540-1603)の『幾何学的作図の標準的概観』の画期的なアイディアをさらに徹底し、デカルトは定数をa, b, c, d,…で、変数をx, y, z,…で表わし、それらを区別した。さらに、デカルト古代ギリシャ以来の伝統だった「次元へのこだわり」を取り払ってしまう。つまり、長さという量を2つ掛け合わせると面積になり、3つ掛け合わせれば体積になるが、面積と長さを加えたり、面積と体積を加えたりすることは意味がないものとして、ギリシャ以来固く禁じられてきた。デカルトは巻頭で「幾何学のすべての問題は、作図するために必要ないくつかの直線の長さを知りさえすればよいということに容易に還元することができる」と述べた後で、加減乗除および累乗根の作図法を述べている。そして単位を導入して、何次の式でも直線上の長さとして表されるとした。これによって古代ギリシャの次元の束縛から離れることが出来たが、これこそが近世数学誕生の瞬間であった。17世紀前半にデカルトフェルマーによって解析幾何学が導入され、18世紀のオイラーの『無限解析入門(Introductio in Analysin Infinitorum)』(1748)では現在私たちが習う場合とほとんど変わらない扱いになっている。

<変量の導入>

 もう一つ重要なことは、この融通自在の数式表現法の完成と密接に関連している。どんな曲線も式で表すことができ、その式を分析することで曲線のすべての性質は明らかにできる、とデカルトは考え、いくつもの曲線を取り上げて分析をしている。例えば、デカルトは式y2 = 2y - xy + 5xx2から直ちに、yを導いている。これは楕円を表しているが、xの値を決めればyの値が決まることは明らかである。曲線y2 = 2yxy + 5xx2のような表記法が可能なのは、xが色々な値をとると、それに対応してこの式を満たすようなyの値が決まるからである。このような記号法によって「変量(変数)」(quantitès indeterminèes 不定量)の考え方が初めて可能になったのである。

<記号代数学の完成>

ギリシャ時代に既に無理量の発見があったが、それが「実数」の発見とは必ずしも一致しないことに注意したい。例えば三角形において,

 

面積A1 :面積 A2= 長さa1 :長さa2

 

となるようにする。同種の量の比と,それとはまた別の同種の量の比との間で比例式をたてることはできても,それらの値だけに着目した無名数を「A1」などと書くことにして,それに関する比例式

 

A1」:「A2」=「a1」:「a2

 

をつくることは、われわれにはできても、彼らにはできなかった。また、

 

面積A1 :長さ a1 =面積 A2 :長さ a2

 

というような変形は(面積と長さの比という,ギリシャ的にみると全く意味のないものになるために)許されなかった。それでも、まだこの例であれば、

 

面積A1× 長さa2 = A2 × a1

 

という積に関する式の方は、両辺を立体の体積とみることによって、理解できる。ところがたとえばアルキメデスの天秤のように、長さa1 : 長さa2= 重さM2 : 重さM1の場合になると、

 

a1 : M2 = a2 : M1

 

はもちろんのこと、長さと重さとの積に当たる具体的なイメージがないために、

 

長さa1 ×重さM1 = a2 ×M2

 

という「積」さえ考えられないのである。要するにギリシャの理論数学においては、一般的な意味での実数の概念がなかったし、それに伴って一般的な意味における実数の商や積の概念もまたなかったのである。しかもこの数学が、17 世紀においてすら公認の学問的論証に使える最高の理論だったということは,十分わきまえておかねばならない。

 

幾何学の表象対象と表象装置

ユークリッド幾何学の展開をThe Four Pillars of Geometry(John Stillwell, Springer, 2005)を使って確認してみよう。幾何学には4つの展開があり、それぞれユークリッド的、公理的、線形代数的、射影幾何学的な研究である。

 ユークリッド幾何学は直定規とコンパスによって描くことができる(構成可能な、作図可能な)幾何学的図形を対象にし、ユークリッドは「任意の二点間に直線を引くことができ、任意の中心と半径の円を描ける」と仮定した。彼が証明する命題はみな直線と円からつくることができる図形についてのものである。中でも直角と平行線が作図において特別の役割を演じている。

 図形が動くことを使った合同の証明を見てみよう。それはBook I の命題4の証明が最初である。その命題は、

 

二つの三角形の二つの対応する辺が等しく、それら辺の間の角が等しいなら、残りの辺や角も等しい、

 

という内容である。ユークリッドは一つの図形を動かし、角と辺が一致することによって合同を証明したが、現在ではこれを公理として認めてしまう。その方が運動という概念を幾何学に導入することより簡単だからである。(同書、p.24)

 このような直接の「動き」の導入は直定規とコンパスによって合理的にどのような作図が可能かの範囲を明らかにすることにつながる。それは直定規とコンパスによる作図が合理的な四則演算と√ による操作と同じものであることが明らかにされる。

 ユークリッド幾何学には多くの暗黙の前提が使われている。正三角形の作図という彼の最初の証明においてさえ二つの円の交わりが点をもつとされているが、彼の公理からはそのような点の存在は保証されない。このような不備は19世紀に指摘され、不備をなくす試みがHilbertによってなされた(Grundlagen der Geometrie, 1899)。

 

(On the one hand, Hilbert introduced axioms of incidence and order, giving the conditions under which lines (and circles) meet. These justify the belief that “geometric objects behave as the pictures suggest.” On the other hand, Hilbert replaced Euclid’s theory of area with a genuine arithmetic, which he called segment arithmetic. He defined the sum and product of segments. …They are thoroughly investigated in Hartshorne’s Geometry: Euclid and Beyond.)

 

ヒルベルトの公理系には基本的な公理のほかにアルキメデスの公理デデキントの公理が採用されている。それぞれの公理は、

 

Archimedean axiom: No length can be infinitely large relative to another.

For any line segments AB and CD, there is a natural number n such that n copies of AB are together greater than CD,

Dedekind axiom: The line is complete, or has no gaps.

It implies that its points correspond to real numbers. Hilbert wanted an axiom like this to force the plane of Euclidean geometry to be the same as the plane R2 of pairs of real numbers.(pp. 43-5.)(Suppose the points of a line l are divided into two nonempty subset A and B in such a way that no point of A is between two points of B and no point of B is between two points of A, Then, a unique point P, either in A or B, lies between any other two points, of which one is in A and the other is in B.)

 

 座標系の導入は1630年代にフェルマーデカルトによって考えられ、それを最初に出版したのがデカルトだった。それによって、幾何学は大きく変わり、幾何学の算術化が具体的に実行された。

 

  1. 直定規とコンパスによる構成可能性の代数的な記述
  2. 幾何学的対象の運動の定義、運動の種類実数Rは線のモデルに適していた。実数はギャップをもたない。実数の各数は点が線の上に並んでいるように順序良く並んでいる。それゆえ、ユークリッド平面幾何学のあらゆるもののモデルをつくるのに使われた。各点が各実数である実数直線Rが存在すると、各点が実数の順序対である実数平面も存在する。直線の方程式が考えられ、y = ax + cと表現できる。すべての直線は同じような形式の方程式をもち、一般的に次のように表現できる。任意の定数a, b, cに対してax + by + c = 0.このように表現できることから、方程式が直線や曲線が何かを定義し、それら方程式がユークリッドの公理が何かのモデルを供給し、幾何学は実数の性質から導き出されると言ってもよいことになる。ここからその後の幾何学のさまざまな展開が出てくることになる。ユークリッド幾何学=点のある幾何学、点から始まる幾何学 『原論』のこの出発点は大変奇妙である。サイズのないものは存在できないし、存在したとしても感知できない。物理的に存在せず、知覚経験もままならない。だがサイズのある点からスタートする、現在のように数学と物理学が協同して世界を探求することができなくなってしまう。ここにユークリッドの、そしてギリシャ数学の格段に優れた慧眼を見出すことができる。この神秘的な、サイズのない「点」が図形だけでなく、すべてのものの表現を司るものとして現在に至るまで、そして私たちの生活世界にまでその効力を発揮しているのである。 有限の点しかない幾何学は無限の点、それも連続した点をもつ幾何学とは随分異なっている。私たちには点のない幾何学は考えたこともないような幾何学であり、それは非ユークリッド幾何学より想像しにくいだろう。 「点」の役割はユークリッド幾何学で初めて気づかれ、解析幾何学でその範囲が飛躍的に拡大する。
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  4. 点の効力の拡大
  5.  その後、点は実数と対応関係があることから幾何学の代数化が進み、いわゆる解析幾何学デカルトによって生み出される。空間内の点の偏在は空間内の対象の位置や運動変化を表現する値として使われ、いつでもどこでも確定した値がある世界のモデルとなった。
  6.  ユークリッド幾何学は定義から始まるが、その最初は「点とは部分のないもの」という点の定義である。無定義語の「部分」を使って、点が部分をもたないものと定義されている。その点にサイズがあれば、その半分のサイズが考えられ、それは元のものの部分であることから、点には部分があることになり、これは定義に反する。それゆえ、点にはサイズがないことになる。つまり、ユークリッド幾何学はサイズのない点から始まる幾何学、サイズのない点からなる幾何学、つまり、大きさをもたない点の幾何学である。点から始まり、点を集めて線が、線を集めて面が、さらにはいろんな図形がつくられることになる。
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  1. 当初は点の効力は図形だけ、つまり図の部分だけ
  2. 地と図の両方に効力が及ぶ、つまり、図形と空間
  3. n次元、無限次元の空間へも拡大
  4. 位相幾何学、近傍

 

上のような4段階で「点」の効力が拡大し、点によって対象が構成され、点によってそれが表現され、点によってそれが測られるというモデルが確立する。これが力学モデルの基本であり、古典的な時間、空間と、その中での運動変化の記述が、点からスタートする表現装置=実数によって成し遂げられることが見て取れる。

 

点と零

零の発見がインド数学の優れた功績と言われてきた。それは、例えば、次のように表現されている。

 

「かくして零の発見、単なる記号としてばかりでなく、数としての零の認識、つづいては、この新しい零という「数」を用いてする計算法の発明、これらの事業を成就するためには、けっきょくインド人の天才にまたなければならなかったのであった。」 (吉田洋一、『零の発見』、岩波新書、p.20)

 

この引用の中には二つの零の発見が述べられている。それらは、次のようにまとまられるだろう。

 

記号(空位)としての零 :位取り記数法を採用すれば、空位を表す記号が必要になる。つまり、位取り記数法は、数字を入れる位置、いわば「箱」が指定されているから、そこに何かの数字をいれなければ記法が完成しない。このような意味での零の用法は、エジプト、バビロニア等の古代文明の中でそれぞれ独自の形で見られる。

数(演算の対象)としての零 :演算の対象としての零を最初に発見したのがインド人で、記号としての零の段階までではまだ「零の発見」と呼ぶには十分ではないだろう。零は他の数と同じように計算でき、真に数の一つとなった。

 

同じように、点の二つの意味を考えることができる。記号としての点と、図形(あるいは幾何学の対象)としての点である。零は記号としての発見の方が遥かに早く、インドでも数としての零が最初から存在していた訳ではなかった。だが、『原論』の定義の最初にあるように、点は幾何学的な対象としてまず登場する。それが記号として認識されるのは解析幾何学においてであり、対象の位置を表現する記号として重要な役割を担うことになる。表示するための記号としての点と存在するものとしての点は零の二つの意味と対応しており、後に点と数との対応が明示的になる出発点となっている。まず対象として認識され、それがさらに別の対象を表示するための記号として使われる、これが点の歴史である。

 

「零」の二つの意味と「点」の二つの意味

何かを表示するための点:解析幾何学

 

次の事柄も大変興味深いものである。

 

点と空虚:サイズのない点の存在

点と原子:原子の表示としての点

では、点そのものの存在についての幾何学はあるのだろうか。点だけの幾何学について幾つかの例を眺めてみよう。有限の点の幾何学には次のようなものがあり、それらの特徴も幾つか述べておこう。

<有限の点の幾何学

三つの点からなる幾何学

  1. 正確に三つの異なる点が存在する。
  2. それぞれ二つの異なる点は正確に一本の線上にある。
  3. すべての点が同一の線上にはない。
  4. それぞれ二つの異なる線は少なくとも一つの点上にある。

 

上の前提から、次の定理が導かれる。

(1)それぞれ二つの異なる線は正確に一つの点上にある。

(2)正確に三本の線がある。

 

四つの点からなる幾何学

  1. 正確に四つの点が存在する。
  2. それぞれ二つの異なる点はそれら両方を含む正確に一本の線をもつ。
  3. それぞれの線は正確に二つの点上にある。

 

これらの前提から、次の命題が得られる。

(1)4つの点をもつ幾何学は正確に6つの線をもつ。

(2)この幾何学のそれぞれの点はその点上に正確に三本の線をもつ。

 

5つの点からなる幾何学

  1. 正確に5つの点がある。
  2. それぞれ二つの異なる点はそれら両方の点上の線をもつ。
  3. それぞれの線は正確に二つの点をもつ。

 

これらの前提から、次の命題が得られる。

(1)5つの点の幾何学は正確に10本の線をもつ。

(2)この幾何学の各点はその上に正確に4つの線をもつ。

 

4本の線からなる幾何学を考えてみよう。

  1. 正確に4本の線が存在する。
  2. 度の二つの異なる線も両方の線上に正確に一つの点をもつ。
  3. 各点は正確に二本の線上にある。

 

これら命題から、次の命題が証明できる。

(1)正確に6つの点がある。

(2)各線はその上に正確に3つの点をもつ。

 

Fanoの幾何学(1892)

  1. 少なくとも一本の線がある。
  2. どの線もその線上に正確に3つの点をもつ。
  3. すべての点が同一の線上にあるわけではない。
  4. 二つの異なる点に対して、その二点上を通る正確に一本の線がある。
  5. それぞれ二本の線は両方の線上に少なくとも一つの点をもつ。

 

これら命題から次の命題が証明できる。

(1)それぞれ二つの異なる線は両方の線上に正確に一つの点をもつ。

(2)正確に7つの点と7本の線がある。

 

4.2ゼノンのパラドクスと解析学の応用

ゼノンはギリシャの哲学者で、帰謬法(reductio ad absurdum)を使った推論で有名である。彼の推論の目的は師であるパルメニデスの主張を擁護することであった。パルメニデスは実在を一つで、不変不動のものと考え、それゆえ、運動、変化、複数性はすべて錯覚に過ぎないと主張した。この主張は多くの批判を浴びたが、ゼノンは師の主張を擁護するために、運動や変化が存在するとすれば、矛盾に陥るという仕方で運動の否定を説いた。

曲線の性質は幾何学の問題であるが、物理学ではそれらは連続的に変化する性質(例えば、一様な加速度のもとでの距離や速度の変化)に対応している。このことを簡単な等速運動を例に振り返ってみよう。

1無限小概念

無限小に関する過去の哲学者、数学者の言明を列挙しておこう。表現は多彩でも、明晰でないものが感じられるだろう。

Leibniz :有用な虚構

・Newton :量が消失する究極の比は確かに無限小の量の比ではない。限りなく消失する量の比が常に近づいていく極限である。無限小は実無限ではなく、可能無限である。

・Berkeley :微積分は矛盾している。[1]

・Cauchy (1789-1857)、 Weierstrauss (1815-1897):彼らは無限小を使わないで、極限の概念に基づき厳格な基礎を与える。極限とは潜在的な無限、可能無限であり、実無限ではない。

 

2極限概念

無限小の代わりに考えられたのが極限である。

コーシーによる極限の 定義 [2]

3極限と無限和

極限概念を使うことによって無限和を正確に定義することができる。和は「有限」の項に対してしか定義できない。

(数列の極限の定義)

(無限和の定義)

4ゼノンのパラドクスへの応用

主張:アキレスは決してゴールできない。

仮定:(a) コースは無限に分割可能である。それゆえ、コースの長さは有限部分の無限和で  ある。(b) 有限部分の無限和は無限である。

 

解析学は(b)を否定する。

 

幾何学の歴史:砂田利一より

 

デカルトの代数的方法により、ユークリッド幾何学は座標を用いて問題を解く解析幾何学に変容した。19世紀に入り、ガウス、ボヤイ、ロバチェフスキーが独立に非ユークリッド幾何学を見出す。ガウスはこの非ユークリッド幾何学を許す空間そのものを探るため、曲面の「内在的」微分幾何学をつくる。微分幾何学の基礎は17世紀にニュートンライプニッツが独立の構築し、18世紀にオイラーが無限小解析学(=微積分学)としてつくりあげたものである。ガウスは無限小解析を使って、図形だけでなくその入れ物である空間自身が幾何学の対象となることを示唆したが、それに触発され、リーマンは微分幾何学を高次元の空間に拡張し後の大域的幾何学の基礎をつくった。

 

線分や角の大きさといった量を扱う幾何学と、「柔らかい」幾何学があり、曲線の変形の中で変わらない性質を扱う。あるいは、代数的幾何学と位置の幾何学と区別してもよい。位置の幾何学の最初はオイラーによるケーニヒスベルクの橋の問題の解決だった。現在の言葉でいえば、一般のグラフが一筆書きできるための判定法を見出したのである。これが「位置の幾何学」のスタートとなったばかりでなく、点と線からなるグラフに関する理論を誕生させることになった。

 

20世紀後半にはこれら二つの流れ、つまり、微分幾何学位相幾何学が融合し、大域解析学へと進化した。

 

[1] バークレーは次の長いタイトルの本でニュートンを批判した。The Analyst; or, A Discourse addressed to an Infidel mathematician. Wherein it is examined whether the Object, Principles, and Inferences of the modern Analysis are more distinctly conceived, or more evidently deduced, than Religious Mysteries and Points of Faith.

[2]中根美知代、「ε-δ論法の形成過程の考察:解析学の基礎の転換の要因」、数理解析研究所講究録1195 巻2001 年51-61