生活世界の実像

 私たちが生活する世界はどのような世界なのか?私たちと物理世界とが協働して生活世界を生み出し、私たちが生活世界を変え、生活世界が私たちを変えてきた。生活世界には風景や景色があるが、物理世界にはない。

f:id:huukyou:20150706211315j:plain

私たちの風景とイヌの風景は異なる、と私たちは信じている。そして、大腸菌には風景はないと思っている。また、ブナやケヤキが風景をもつなら、その風景はタンポポやキクの風景とは異なるとも信じている。私の生活世界と私の友人の生活世界はほぼ同じ生活世界だが、私の生活世界とターレスの生活世界は随分と異なるはずである。私の感情や意志が投影されるのが私の生活世界であり、悲しい光景や実現すべき状態が拡大された生活世界を構成している。心理世界が投影され、感情や欲求が描き込まれるのが生活世界である。これだけでも物理世界と生活世界は十分に違っているのだが、二つの世界は相反する世界ではなく、物理世界を基礎において生活世界がつくられ、物理世界が生活世界の一部となっているのである。二つの世界は共通部分が多いが、明らかに異なるのは、

 

因果性、物語性、主観性、直観性、生死性

 

といった概念で、それらは生活世界では重要な意味をもつが、物理世界では必要のないものである。残念ながらこれら概念を直接に映像化することはできない。生活世界は基礎づけ主義が否定される世界で、世界内のどれもが同じような位置づけで並置されている。例えば、辞書に挙げられている語彙はどれが重要でどれが重要でないなどという客観的な区別はない。それと同じように、生活世界の対象や出来事は客観的な判断で優劣が決まっているわけではない。

 物理世界と生活世界の具体的な有様を以下の例を通じて探ってみよう。

 

<生活世界の「鮎」や「蜻蛉」>

アユやカゲロウと書けば、理科の教科書が思い出され、すっかり教育されて条件反射のような反応しかできない自分にガッカリするしかない。自然科学が描く世界と私たちが生活する世界は大変違うものだと哲学では妙に強調される。それをきちんと考えようとすれば、鮎とアユ、あるいは蜉蝣、蜻蛉とカゲロウを比較するのがよいのだが、比較する前から結論は明らかで、誰もがそれらの違いが文化や伝統と生物学の違いを直観的に例示していると端から思い込んでしまっている。

よく誤解されるカゲロウから確かめてみよう。日本語のカゲロウという名は、空気が揺らめいてぼんやりと見える「陽炎(かぎろひ)」に由来するとも言われ、この昆虫の飛ぶ様子からとも、成虫の命のはかなさからとも言われるが、その理由は定かでない。蜻蛉は「とんぼ」、「かげろう」は蜉蝣で、全く異なり、さらに、ウスバカゲロウはどちらのカゲロウでもない。

f:id:huukyou:20150706211508j:plain

f:id:huukyou:20150706211555j:plain

江戸時代以前の「蜉蝣」は、現代ではトンボ類を指す「蜻蛉」と同義に使われたり、混同されたりしているため、古い文献に表れる蜉蝣、蜻蛉などが実際に何を指しているのかは不明な場合が多く、平安時代は透明な翅でふわふわ飛んでいる虫をすべて「カゲロウ」と呼んでいたようである。[1]トンボの幼虫はヤゴと呼ばれ、水中で生活し、幼虫から成虫となる。カゲロウの幼虫も水中で生活するが、形態がヤゴとは異なり、幼虫から亜成虫となり、さらに脱皮して成虫となる。ウスバカゲロウの幼虫は陸上で生活し、繭を作ってその中で蛹になり、蛹から成虫となる。生物学的にはこの三つは大変異なっている。

 カゲロウの言葉としての因果的、歴史的な経緯は粗方以上の通りだが、それは生物種の名前として使われる場合とは当然違っている。だが、三つがまるで違った別物ではなく、密接に関係していることは言わずもがなのことで、最初から違うとか、根本的に異なるとか、そのようなものでないことは明らかだろう。

昔の生活世界での使い方が生物学的に正確でないことがわかってきたが、それが生活世界を変え、現代の生活世界ではカゲロウは生物学的知識をもとにして使われている。蜉蝣や蜻蛉は伝統や慣習の中でマニュアル的な知識として記憶され、使われてきた。「蜻蛉とは何か」に答えることができる知識ではなく、「これは蜻蛉か」に答えることができる知識として通用してきた。これは蜻蛉、蜉蝣が文学的な文脈に登場する場合も同じである。

 アユに話を移そう。鮎の一生はほぼ一年で終わる。秋に生まれ冬は海で生活し、春は川に戻り夏に大きく成長する。鮎の卵は約12℃の水温で一週間後、夕方暗くなってから孵化し、すぐに川の流れにまかせて海まで流れていく。孵化したときの体長は5-8mm、小さく卵黄がまだついているが、4日前後で吸収され、海ではプランクトンを食べて育つ。冬の間は海で生活する。川魚では珍しく孵化直後から海水にも適応できるよう浸透圧調整の塩類細胞が備わっており、それにより海に出ることができる。体長が4㎝ほどになると歯が生え、今度は大型のプランクトンを食べるようになり、さらに体長6㎝になるとウロコが全身に作られていく。海での生活で十分成長した個体から順番に川へ戻りはじめる。4月がピークで列を成して溯上する。川での食生活は主に岩に付いたコケであり、 アユの食べた後歯の跡を「食み跡」と呼ばれ、漁をするときの目印にもなる。 雨が降ると水に乗って下流へ向かい、元気な個体はまた上流に向かうが、しばらくすると中流から下流で生活し、この頃には雄と雌の区別が付くようになる。

落ち鮎の季節が秋である。雄雌の区別がつき始め黄色と黒の婚姻色へ変化し、雨の後水温が下がってくる10月頃から下流へ下り、産卵を始め鮎の一生を終える。

 このような鮎の記述はアユの記述と重なるにしても、同じではなく、その違いはアユと鮎の知識の違いであろう。天然と養殖の違いをもつのは鮎であり、香魚も鮎である。鮎は兎に角塩焼きが旨い。

f:id:huukyou:20150706211700j:plain

今も昔も、世界中どこでも通用するのはアユである。カゲロウもアユもカタカナ表記とは違った側面をもつ存在であり、単なる有機体でないが、明らかに蜉蝣、蜻蛉はカゲロウ、そして鮎はアユである。

 生活世界の概念を常識概念(folk concept)と呼んだとすれば、その特徴は常識概念の間の関係は水平的な相互依存関係に支配された網の目状の構造をもっている点にある。科学理論や物理世界の叙述に必要な概念は、基本的に原子論的で、単純な原子的概念と公理から始まる構成的な構造をもっている。辞書に載っている単語の説明は他の単語に依存しており、何が基本的かさえ定まっていない。その特徴をいかんなく発揮しているのが常識概念である。そのような乱雑に見える概念の関係の中にまとまった知識を求めると理論や法則を使った構成的手法をつい思い描いてしまうものである。

 

<伝統、慣習という生活世界の知識>

 「伝統」、「慣習」、「しきたり」、「習わし」は地方ごとに守られ、維持されてきた。それら異なる呼び方は基本的に同じことを意味していて、そこに住む人々のとるべき行動マニュアルと守るべき規範が渾然一体となった指令書のようなものである。これを具体的に理解する格好の例が伝統的な芸能や技能である。能も歌舞伎ももっぱら先人の芸(=知識)を身体の動きとして繰り返し憶え込むことにその真髄がある。それは徹底して真似ることであり、それが能や歌舞伎の知識の本性を見事に表している。ものづくりの技能もその基本は真似ることにあった。飛躍するなら、真似ることのできる知識が伝統や慣習という知識であり、「習うより慣れろ」と言うがごとく、伝統的、慣習的な知識とは所作や動作、行動を細かに決めたマニュアルであり、そのマニュアル通りに実行するために、一流の先人の動作や演技を一途に真似るのである。このように伝統や慣習を捉えると、それらが科学的知識とは大きく異なる点が浮かび上がり、その違いが一目瞭然になる。科学的知識はマニュアルではない。だが、それを科学技術として活用するにはマニュアル化しなければならない。

 伝統や慣習の一部を法律にしようとして明文化すると、マニュアルだった伝統や慣習の一部をマニュアルから説明文にしなければならない。祭りについてのしきたりは祭りの実行マニュアルとして伝わってきた。祭とは何か、何が目的か、どんな歴史をもつかは祭のしきたりの外にあり、祭の実行には必要ないものである。その必要ないものが明文化され、祭についての説明がなされ、それをもとに法律ができあがる。法律の細則に祭の実行に関する事柄が入るかも知れないが、法律そのものは実行規則ではない。だが、伝統や慣習、しきたりや習わしは優れて実行マニュアルなのである。

 実行マニュアルだから中身を規定していないと考えがちであるが、それは違う。神楽や仕舞のマニュアルは手足の動かし方や仕草の細かな指示からなっているが、それをきちんと演じることが伝統を守るということであり、マニュアルこそが伝統そのものなのである。そこでは伝統の実践そのものが伝統の説明なのである。芸能にしろ、技能にしろ、巧みな技の習得とその技の実現や演技はそれら自体が伝統、慣習なのである。「伝統的な知識」はマニュアル化された、儀式、儀礼として通用する知識、つまり、行為や演技を遂行するための知識(performative knowledge)であるが、「伝統的な知識」と呼んだからそうなるだけで、伝統に従っての行為や演技の遂行そのものが伝統(的な知識)なのである。

 伝統や慣習が維持されてきた仕方が行動マニュアルの形式であり、法律は命題による行動の意味や目的を規範として規定した知識形式である。実行できるマニュアルは規範を必ず含む。というのも実行を促し、手順通りに従わせなければならないからである。法律も慣習と同じようにマニュアル化ができるものであり、例えば施行細則がそれにあたる。

 まとめよう。慣習はマニュアル形式の指令のようなもので、行動についての手順と規範との融合したものであり、一方法律は規範とその説明からなる命題の集合で、マニュアル化することができるものである。

 

知識は使われる際、獲得された時とは違って、それが正しいことを再確認しない。信念と知識の違いを思い起こせば、正当化されることと真であることが二つの違いである。正当化と真であることを確認しないで使うということは信念であることを知識であると考えて使うようなものである。正当化されているという信念、真であるという信念だけで、正当化も真であることも確認しないのが使われる際の宿命のようなものである。

文献学的な知識が実は生活世界の知識である。分業が成り立ち、真偽の確認も他人任せのため、知識は真偽の確認がないままとなる。文献による真偽は確認のない仕方である。他人に頼った知識、借り物の知識、知ったかぶりの知識が使う際の知識の本性であり、それは確認できる知識と矛盾しない、使う場面での知識の特徴である。そして、生活世界はこの使う知識によって彩られた世界であり、その結果、生活世界はプラグマティックな世界ということになる。知識の獲得が事実から直接得るのではなく、他の様々な仕方で間接的に得ることによって、もっぱら使うことに特化した仕方で扱うのが生活世界での特徴である。

 

<生活世界の植物:イタドリReynoutria japonica Houttタデ科イタドリ属)>

 オオハンゴンソウは北アメリカから入ってきた特定外来植物で、日本では悪者の代表になっている。北海道や日光、それに妙高では棲息地域を拡大している。逆にイタドリは日本からシーボルトが持ち出してヨーロッパ、とくにイギリスで悪者になっている。日本でのイタドリは食用、薬用になる植物として親しまれてきた。スカンポと聞けば、誰にも懐かしい名前ではないだろうか。

f:id:huukyou:20150706211748j:plain

 イタドリは多年生で、高さは2mにもなる。茎は太く、中空で竹のように節がある。春の新芽のころには茎は柔らかく、食べるとスッパイので「すかんぽ」、「かっぽん」、「ぽっこん」などと呼ばれる。日本各地に分布し、路傍や荒地までさまざまな場所に生育し、旺盛な生活力は太い地下茎のためである。初秋に小さな白い花が咲き、秋には翼がある種子ができる。風に助けられ、分布を広げる。オオハンゴンソウと同じような仕組みで繁殖することがわかる。地下茎でも種子でも増えるとなれば、鬼に金棒である。

 一方、イタドリの活用も盛んで、讃岐地方ではイタドリの漬物が、岐阜の関市ではイタドリジャムが地域の活性化に使われている。イタドリは虎杖、痛取と書かれるが、緩下作用、利尿作用があるとして民間薬に使われている。

 19世紀にシーボルトが日本から持ち込んだイタドリはイギリスで観賞用として歓迎された。これもオオハンゴンソウによく似ている。だが、繁殖力旺盛で野生化し、アスファルトやコンクリートを突き破るなど猛威をふるってきた。そのため、イタドリの生物的防除資材として日本から植食性昆虫や植物病原性微生物を導入することが検討され、その結果、イタドリマダラキジラミ(タデキジラミ科の昆虫で体長2㎜)はイタドリのみを餌とする(他の植物に害を与えない)ため環境に悪影響を及ぼさないこと、イギリスでも越冬可能であることなどが確認され、イタドリマダラキジラミを日本から導入することが決定された。

 以上の叙述は生活世界でのイタドリである。むろん、物理世界のイタドリはきちんと存在し、しかし、その上に私たちの生活とイタドリがどのように関わるかという知識が組み込まれている。しかも、二つの異なる生活世界の中での異なるイタドリである。ヨーロッパでは悪役の外来生物は日本では食用にも、薬用にもなる。北海道や妙高の悪役オオハンゴンソウも北アメリカでは綺麗な黄色の花をもつ植物。生活世界での生物の評価は相対的だという月並みな結論だけでなく、生物多様性グローバリズムと両立しないこともこれらの例は示しているようである。

 

[1]例えば新井白石による物名語源事典『東雅』(二十・蟲豸)には、「蜻蛉 カゲロウ。古にはアキツといひ後にはカゲロウといふ。即今俗にトンボウといひて東国の方言には今もヱンバといひ、また赤卒をばイナゲンザともいふ也」とあり、カゲロウをトンボの異称としている風である。一方、平安時代に書かれた藤原道綱母の『蜻蛉日記』の題名は、「なほものはかなきを思へば、あるかなきかの心ちするかげろふの日記といふべし」という中の一文より採られているが、この場合の「蜻蛉」ははかなさの象徴であることから、カゲロウ目の昆虫を指しているように考えられる。