時と共に、そして時を超えて:世界と時間(2)

 今少し、アウグスティヌスの時間論に関わってみよう。

<時間の計測の不可能性>

とても解せないことだが、「過去・未来は存在しないので、存在しないものを計測して長い・短いなどということはできない。よって、過去・未来の時間も計測して、長い・短いなどということができない。」とアウグスティヌス的な現在主義者は考える。彼らは「この仕事は長くかかるだろう」が未来のことについてであっても、「……あの現在の時間が長かった……」というべきだと考える。なぜかというと、「それはただ現在であったそのとき、長かったからである。」もう過ぎ去ってしまったり、まだ到来していなかったりした場合は、存在しないので、長くあることも、短くあることもできない。だが、現在は存在するので長くあることができるし、短くあることもできるのではないか(時制的な現在が前提されているからこのような主張がもっともらしいものになっている)。私たちが体験していた(あるいは、体験するであろう)その過去・未来は、体験しているその時点では過去や未来ではなく、紛れもない現在であった(現在である)のである。そして、過ぎ去って、現在でなくなり、過去となったときには、もう存在しないし、まだ現在にならず、到来していない未来であったときは、まだ存在しないのである。したがって、計測できる時間は現在の時間であることになる。

このような議論がおかしいことはすぐにわかるだろう。まず、時制的でない「1+1=2」はいつ経験するかが重要だとは誰も思っていない。上述の議論では、現在には幅があり、しかもわたしたちが経験できるには十分な幅があることが前提になっている。「幅のある現在」は「幅のある瞬間」と同じで、幅があれば過去も未来も現在やその瞬間にこっそり含まれていることになる。厳格な現在主義を守って小説を書くことはどうやってもうまくいかないのである。

ここまでの考察では、現在は計測できると想定しているが、実際に現在の時間は計測できるのか。アウグスティヌスはできないとした。時間を計測するには、その時間がある一定の長さをもっていなければならない。そこでアウグスティヌスは、現在という時間が長さをもつかどうかを考察した。アウグスティヌスによれば、百年が現在でありうるかどうかを考察すると、最初の一年が経過しているとき、その一年は現在であるが、他の九十九年は未来である。第二年が経過しているとき、最初の一年はすでに過去であり、次の一年は現在であり、他の年は未来である。このように、百年は現在であることはできない。同じように分析していくと、たとえ一日を現在でありうるか考察してみても、同じように過去と未来に分かたれるので、現在という時間はただ一日の長さももたないということがわかる。これは現在主義の主張の原点ともいえるものである。

このように、現在は、もし少しでも伸びているなら、それは過去と未来に分かたれる。アウグスティヌスが述べているように、現在と私たちが呼んでいる中の、すでに経験したものは、直ちに過ぎ去り過去となり、これから経験するものは、未来となるので現在という時間は長くはありえない。私たちが普段考えている、長さを持つように見える現在というものは、分析的なものではなく、思考が産み出したものである。だが、このような純粋の現在主義を守ろうとすると、幅のない現在=瞬間は計測することができないどころか、経験することができず、それゆえ、経験主義と現在主義は両立しないことになってしまう。しかし、この結論は私たちが現在と呼ぶものとは明らかにずれた、違った(数学的な)「現在」を前提にしたものである。

 

<解決策>

アウグスティヌスは、存在するのは現在だけであるという現在主義をとっている(ということになっている)。現在主義では、存在するのは現在だけなので、過去・未来は存在しない。よって、存在しないものについて語ることはできないので、過去・未来について、わたしたちは何も語ることはできない。そうであるにもかかわらず、私たちは日常、過去や未来について、妄言などではなく、当然のことのように語ることができる。そこで、アウグスティヌスは、この矛盾を回避するために、過去・未来を別の姿で現在のうちに捉える、という解決策をとった。過去は記憶(memoria)、未来は期待(expectatio)として現に存在するとした。これが解決策かどうかは定かではない。注釈家のこの程度の仲介案で解決できるとは誰も思わないだろう。現在だけが存在であるとしても、その現在も意識の中の現在とは言えないのだろうか。

『告白』は、自らの過去を回想する形式で書かれたものであるが、アウグスティヌスは、自らの少年時代の回想を例に挙げて説明している。

 

「じっさい、もはや存在しない私の少年時代は、過去という時間のうちにあって、その過去はもはや存在しないのであるが、しかしその心象は、私が少年時代を回想して語るとき、現在という時間において見られるのである」

 

自らの少年時代そのものは、もう過ぎ去ってしまい、現に存在しない。しかし、かつてその少年時代を現在として経験していたときに、自らのうちに刻み込んだ心象は、少年時代

を回想するときに、記憶として現在に存在するのである。この記憶の作用がなかったら、次々新しい世界が入ってきては消えての繰り返しで、世界はバラバラで、私たちに持続した知覚はなくなってしまう。また、未来についても、次のように述べている。

 

「……未来のものが見られるといわれるとき、それはまだ存在しない。すなわち将来存

在するもの自体が見られるのではなく、おそらくそれらのものの原因または兆候が見られるのであろう」。

 

私たちは、まだ存在しない未来について、あたかも存在するかのように語ることがある。例えば、「明日は15 時から会議がある」と言う。この場合、明日の会議は、まだ存在しな

いので現に見えているわけではない。しかしその兆候(上司に告げられた、同僚と予定を

立てたなど)が、期待として現に存在するのである。

このような仕組みによって、過去の経験はもう存在しないが、それが過ぎ去るときに痕跡として残された記憶が存在することにより、過去の経験について語る、すなわち過去物語が可能となる。また同様に、未来の経験はまだ存在しないが、現在にその兆候や意思などの期待が存在することにより、未来について語り、未来の予言をすることが可能となる。

ここに疑問が出てくる。過去は、記憶として現に存在するとあるが、忘れたものについては、どうなるのであろうか。忘れたものは、記憶として残っていないので、完全に存在しないということになるのだろうか。例えば、ある男性が、電車に乗っていて財布を自分の座席の隣に置いたとする。彼はそのことをすっかり忘れてしまって電車から降りてしまったとする。彼は財布を置いたことを忘れただけで、財布を自分の座席の隣に置いたという出来事が存在するということが過去に成立していたことには変わりはない。しかし、過去は、記憶として現在に存在するという働きがなかったら、存在することはできない。財布を置いたという出来事自体はもう過ぎ去ったことであるし、彼がその出来事を忘れてしまって彼の記憶にないのであるなら、それはどこにも存在しないということになってしまう。それでは、彼が財布を自分の座席の隣に置いたという事実はなかったことになるのだろうか。(「私が見ていない月は存在しないのか」といった問いとよく似た状況である。)アウグスティヌスキリスト者としてこう答えるかもしれない。神は、すべてを知り、把握しているので人間が忘れたとしても、神はすべてを見ているので存在しないことにはならない、と。

また、未来についても、一般的に未来というものは不確定である。「明日は15 時から会議がある」、たとえばこの期待は実は間違った情報によるものであって、実際は、翌日13時から会議が始まる、ということも日常で十分ありうることである。このような場合、期待と実際に起こる現実の未来との間で食い違いが発生する。これは、期待が未来に対応し、未来を表しているとはいえないのではなかろうか。また、そうであるとしたら、アウグスティヌスのこの議論は失敗なのか。

わたしたちはアウグスティヌスの主張と議論は失敗だと思っている、というのが私の意見である。哲学の議論の整合性という点からではなく、わたしたちの日常生活での時間的な出来事の扱いがアウグスティヌス的な手法をとっていないからである。過去、現在、未来は存在に関しては同じように扱われ、現在は経験する現在として、現在形の時制で扱われる範囲をもっている。

 

<時間の新哲学:私的な時間>

 小説の時間はもっと自由でいい加減である。作家は時間を自分の思い通りに変形でいると思い、アウグスティヌスのように現在や時制について厳格に捉えず、適当な想像力でごまかしてしまう。だから、例えばオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』では、主人公のドリアンを取り巻く物理的な時間と、ドリアンの内的経験である私的な時間[1]が一致していない。この作品は、ドリアンの肖像画が本物のドリアンの代わりに年をとって老醜の姿に変わるのに対し、生身のドリアンは若さを保ち続ける。ドリアンがその肖像を殺すと、ずれを生じていた二つの時間が補正され、肖像が元の若い顔に戻る。一方、時間の進行が停止していたドリアンは急速に年老いて、本来の物理的な時間が戻る、という怪奇的な内容をもっている。

 マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』は、語り手の私的な時間の中で物語が進行し、過去や未来が煩雑に行き来し、主観を通して一つの時代が語られる。過去を呼び覚ますのは、プルーストが「無意思(志)的記憶」と呼ぶ経験である。無意思的記憶とは、感覚(味、匂い、手触り、音など)をきっかけに過去の思い出が不意に蘇ってくる特殊な経験である。生々しい時間経験が、物理的な時間では表現できず、個人に属した、相対的で内的な時間によって表現されることをこの作品は見事に描き出している。

 心理学者ジェイムズは、人間の意識は過去・現在・未来が行き交う一つの流れであって、計量的にとらえることのできる物理的な時間感覚とは異なると考え、次のように述べる。 

したがって意識は断片的に切られて現れるものではない。「鎖」とか「列」という言葉は、それを聞いた最初の印象の意味では、意識を適切に言い表してはいない。意識は断片をつないだものではなく、流れているのである。「川」あるいは「流れ」という比喩がこれを最も自然に言い表している。今後これについて語るとき、われわれはこれを考えの流れ、意識の流れ、あるいは主観的生活の流れと呼ぶことにしたい」(James (1892), Psychology) 

ここでジェイムズは「意識の流れ」という言葉を使っている。意識や時間は、形の定まらない流動の中で感じられるのであって、機械時計が秒や分、時間を刻むような等質的なものではない。ジェイムズは、ロックのタブラ・ラサ(白紙)に始まる伝統的な連想心理学との違いを強調し、意識の流動的な性質がこれまでの心理学の射程外にあったと主張する。ジェイムズは当時優勢だった行動主義心理学が、計測できる量的なものとして精神活動を捉えるのに対抗し、その精神活動の質的な側面を重視した。

 ジェイムズと並んで当時を代表する哲学者で、時間について独特の立場を展開したのがベルクソンである。ベルクソンは、人間が過去の経験を現在に生かし、その生の時間構造を認識するという実存的なプロセスに人生の意義を認めた。彼は記憶の場を形成する時間の在り様を「持続」という独特の謂い回しで呼び、人間の意識の流動的な性質をジェイムズと同じように強調した。ベルクソンの思想は、人は時間のうちに生きて、その中で自分の人格、持続する自我をもつ、というものである。内的な生は空間ではなく、時間の次元において展開していく。『形而上學序説』(1903)の中で、私的時間が支配する精神の様子をベルクソンは、ゴムボールが無限に縮む過程に見立てて説明する。

 それ故むしろ無限に小さなゴム球が収縮して、できれば數学的一點となつたところのものを心象に描いて見ることにしよう。これが漸次に引延ばされて點が線となり、線が不斷に長さを增して行くものとしよう。そこで注意を線そのものへ固定せずに線の引かれる動作へ向けて見よう。ここで忘れないやうにしたいのは、この動作は持續にも拘らず、停止なしに遂行された場合は分割のできないものだといふこと、もしどこかで停止したとすれば動作はもはや一つではなくて二つになつてをり、分割された二つの動作の各々は不可分割であること、分割できるのは動いてゐる動作そのものではなくてむしろ通つて行つた跡として空間のうちにそれが殘して行くところの動かない線だといふことである。最後にこの運動の基底となつてゐる空間を捨象して、この運動だけを、つまりゴム球の緊張または伸張、つまり動きそのものla mobilité pure だけに注目して見よう。さうすれば持續しながら發展してゐる我々の自我に一層近いところの心象を持つことになるであらう。(Bergson 1903)

 

<私的な時間の表現:絵画と文学のおける時間>

 バージニア・ウルフはエッセイModern Fiction の中で、それ以前のエドワード朝時代の三人の代表的な作家について「精神ではなく、身体に関心をもつ」として「物質主義者(materialists)」と名指しで批判し、個人の内的存在を犠牲にして外的世界を重視する過ちを犯しているとした。エドワード期は大英帝国の繁栄期であり、物質的な豊かさと自己満足と、華美絢爛をその特色とする。その時代のリアリズム小説のしきたりによって描かれる一貫性があり秩序立った物語の構成にウルフは懐疑を抱き、ベルクソン流の個人の内的経験、心理に関心が移っていたことを示している。

 この時代のモダニズム小説と詩は、「今ここ」という現在性、瞬間を強調した点で共通している。ジョイスは「エピファニー(顕現)」と自ら名づけた宗教的な体験を日常生活の中に見つけることを芸術家の使命とした。ウルフは作品にMoments of Being とあるように、瞬間性に着目した。ガートルード・スタインは時間的に現在という瞬間を拡大する方法を編み出した。小説の中で現在時制を連続して使い、同じフレーズを何回も繰り返すことで「現在」を語ろうとした。単語、語句を線状的に連ねる言語は、本来的に時間的な要素に支配されている表現媒体である。スタインはその制約を、書き方の工夫で破ろうとしたのである。プルーストは『失われた時を求めて』で、自分が感じ取る「時間」を第4の次元と呼んでいる。[2]

 メンディロウは小説作品が時間の3原則(①連続性一時性不可逆性)に支配されているとする。①の連続性とは、過去から現在、未来へと直線的につながる継起をさす。②の一時性とは、時間を断面で区切って事象性を際立たせる効果を指すと考えられる。③の不可逆性とは、物語が前へ前へと進み、話の後戻りは基本的に想定していない性質である(もちろん、この性質を逆手にとる作品も論理的には考えられるが、行動や経験には一貫した時間の流れ、展開といったものが想定されている)。

この定義に従えば、流動的な意識の流れを小説の形にしようとすると、人生の断片は脈絡もなく存在するしかなくなる。作家も経験を決まったパターンや意味、目的に結びつけることは放棄し、無数のつまらない断片が無秩序に詰め込まれた小説が出来上がる。実際、意識の流れの小説では、物語の中のひとつひとつの事象の断片はその前後の文脈に依存しなくなり、瞬間ごとに飛び飛びの心的イメージとして浮き出す。[A. A. Mendilow, Time and the Novel, London: Nevill, 1952]

 次に絵画における時間の問題をみよう。時間は、絵画という芸術ジャンルに本質的になじまないものであるとされてきた。レッシングは『ラオコオン』において、芸術の範疇を時間芸術と空間芸術という二つの形に分けた。[3]時間芸術に属するのが詩をはじめとする言語芸術である。これに対し、空間芸術とは絵画や彫像などの造形芸術を指している。時間芸術はリアリズム小説がそうであるが、それ自体が物語の進行を助けるために線形的な時間の経過を必要とする。一方、造形芸術は、1枚の絵画作品や彫刻を作り上げる過程で、芸術家の視線はいかなる角度からも、いかなる速度でも動かすことができるほか、空間的に存在する。しかし、時間の経過といった連続性を醸し出すのは得意ではない。

 レッシングによれば、詩と絵画は創作原理を異にする。絵画がある一瞬を切り取ってその空間に焦点をあてるのに対し、継起する時間を扱うのが詩である。「あくまでも時間的継起は詩人の領分であり、空間は画家の領分である。このことに変わりはない」とレッシングは主張する。また、「絵画は、その共存的な構図においては、行為のただ一つの瞬間しか利用することができない。したがって、先行するものと後続するものとが最も明白となるところの、最も含蓄ある瞬間を選ばなくてはならない」としてその瞬間性、刹那的な特徴を指摘する。

 知覚論の立場からセザンヌを考察したメルロー=ポンティは、セザンヌの絵画の中に、異なる時点に応じた多視点的な知覚の出会いが組み組まれていることに注目している。

セザンヌの天才は、画面の全体的な配置によって、画面を全体として見た場合にはさまざまな遠近法的デフォルマションが、それとして目立つのを止めるようにする点にある。ちょうど自然な視覚においてそうであるように、これらのデフォルマションを、ただ、生まれ出ようとしている秩序や、われわれの眼前に立ち現われ形をなしつつある対象などの印象を生み出すことにのみ役立たせている点にある[Merleau-Ponty, 1948, Sens et non-sens 『意味と無意味』]

同一空間内で異なった視点が同時的に存在し、そこに時間的な継起が生まれるところにメルロー=ポンティは着目する。彼はセザンヌの絵の中に時間の推移が含まれていることを著作ではっきりとは語ってはいない。だが、同じく『意味と無意味』の中では「われわれの眼が、幅広い表面を見わたす場合、それが次々と得るイマージュは、さまざまな異なった視点から得られるものであって、そのために、その表面全体は、ふくれあがって見えるのである」[Merleau-Ponty, 1948]と指摘する。ここで「次々と得るイマージュ」「異なった視点」という言葉が使われており、知覚の断片同士の接合に意味があることを強調している。これは時間の連続性とその中で生起する空間を一体として受け取る知覚の厚みを表したものと解釈できる。

<文学的な私的時間の総括>

 古典的世界観は一定の認識のパターン、手法をもっており、20 世紀までのそれはデカルト二元論ニュートンの力学に基づいた時間と空間感覚による安定した客観的世界を前提としていた。しかし、「時間と空間」の安定したペアーが揺らぎだすと、世界を表象する仕方も変わっていく。モダニズム芸術運動の流れと並行して起きていたのが新しい時間哲学だった。私たちの精神活動における時間的な流動性を重視する思想がモダニズム期に広まり、ベルグソンの「純粋持続」やジェイムズの「意識の流れ」という考え方が生まれた。それらは個人的な内的経験を表すために不可欠のものとみなされた。その考え方は文学にも適用され、従来の遠近法に基づいた外からの視点ではなく、人間の心の内側へと向かう新しい視点を生みだした。こうした認識手法の変化は空間芸術である絵画の世界にも及び、本来は「見えない」はずの時間要素を盛り込んで、新しい表象を求める動きが起こった。

 モダニズム文学の描こうとした心的な過程は、外界と表裏一体の精神の働きであり、デカルト二元論に由来する客観と主観という分類では扱うことができない。主観と客観が融合する「心身複合」的な世界では、人間社会を外的に規定する普遍的、等質的時間は有効でなくなり、ふつうの時間的継起性を無視した小説が登場することになる。常に前へ前へと、ストーリーの展開を進めるのではなく、登場人物の心の中で生起するままに記憶や、印象、連想によって過去の出来事が現在に自在に接続され、固有の時間感覚を作る。こうしてリアリズム小説では当たり前だった、直線的な物語展開がなくなる。小説の様式的な転換が時間と空間という認識の型を組み替えることを通して達成されたのである。

[1] 私的な時間に匹敵する内的なものには私的な言語(private language)がある。いずれも否定される傾向が強いのはギリシャ哲学的伝統のためと考えられる。この場合、「私的なもの」は「客観的なもの」に対比的に捉えられている。「私的なもの」の代表は「私自身」であるが、「私」が哲学で取り上げられ出すのは近代に入ってからである。

[2] 「私はいまここにいる」という文はいつでも真だろうか。常識的にはいまここにいない私を想像することはできない。いまここにいない私は精神的に錯乱した私だと考えられている。

[3] 1766年の著書『ラオコオン』でギリシャ美術を論じ、後の美術思想に大きな影響を及ぼす「ラオコオン論争」を起こした。プリニウスは『ラオコーン像』のことを「あらゆる絵画・彫刻作品のなかでもっとも好まれている」とし、すべての芸術作品の中では彫刻がもっとも優れているという、伝統的な考えをもたらしてきた。18世紀のドイツ人美術史家ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマンは、本来厭わしいはずの衰弱と死の瞬間を捉えたこの彫刻が賞賛されている矛盾を文章にした。これに対して論争が起こったが、もっとも影響が大きかったのはレッシングの『Laocoon: An Essay on the Limits of Painting and Poetry』であり、この彫刻とウェルギリウスの詩文とを比較することによって視覚芸術、言語芸術との違いを検証した。レッシングは、この彫刻を作成した芸術家たちはラオコーンの現実的な肉体的苦痛を表現しきれてはいない、死に至るような苦痛はもっと激しいものであり、目に見えるものとして表現できるものではないとした。そして、芸術家たちは美としての苦痛を表現しているのだと主張した。

 現在主義は誤った哲学理論であるにも関わらず、擬似現在主義は生活世界の叙述に不可欠として前提され、4次元的な幾何学的空間によって物理世界を叙述することは別の作法で、現在主義を否定するものである、というのが結論である。わたしたちはアウグスティヌスパルメニデスの考えの狭間でいずれかの間を右往左往するだけである。歴史、文学、臨床的知識、そして個人の心理はいずれも擬似現在主義を前提にして物語る仕方で理解されてきた。塊宇宙モデルに変化は一切なく、すべてが完了した形で理解されている。物語の楽しみはないが、運動を軌跡で理解できることは運動を操り、利用し、再現できるという強烈な利点をもっている。