古典物理学の構成

 私たちの周りには動くものがたくさんあり、運動が満ち溢れています。運動がなくては動物である私たちの生活は立ち行きません。「運動は物体の時間的な位置変化だ」と不愛想に言われてきましたが、それだけで運動が理解できたというには全く不十分です。私たちは運動を常時体験しています。では、その運動は存在するのでしょうか。パルメニデスは運動が存在せず、それは錯覚に過ぎないと言いましたが、ヘラクレイトスは運動しか存在しないと主張したことを思い出すなら、運動についての理解は実に千差万別です。そこで、ギリシャ以来なされてきた自然変化の追求結果の一つとして、ニュートンがまとめ上げた科学革命によってできあがる古典的世界観の中での運動変化の集約をしてみましょう。この古典的世界観は20世紀に入って数年間は物理的世界観そのものと信じられ、今でも物理学に熟知していない多くの普通の人にとって物理的自然についての重要な常識となっています。

 まず、古典物理学で描かれる物理世界とはどのようなものなのでしょうか。物理世界をつくる基本要素は多くの研究者によって絞り込まれ、余計なものはすべて消去され、明確な形でまとめ上げられています。では、どのような世界なのでしょうか。それは、対象(物体)出来事(相互作用)、そして世界(背景)の三つの基本要素からなっています。何と単純な構成要素なのでしょうか。かのアリストテレスの存在のカテゴリーは実体、量、質、関係等々、何と10種類もあります。ですから、こんな風に世界や社会を単純に捉える人などまずいません。では、このような単純な構成からどのように複雑な物理的変化が表現されるのでしょうか。

 私たちが目にする椅子や机、ボールといった物理的な対象は変化する部分と、変化しない部分をもっているように見えます。それらの重さや形は刻一刻と変化するものではありませんが、それらの位置や速度といった状態はいつでも連続的に変化することができます。ギリシャ以来、対象の不変の部分はその対象の本質として、可変の部分は偶然的な性質として考えられてきました。ロックの第一性質と第二性質の分類はその代表的な一例です。

 電磁気学も含めた古典物理学では「質量、電荷」を不変的な性質として、「位置、運動量、エネルギー」を可変的な性質として分類します。そして、不変の性質を持つ対象が時間的、空間的に運動変化することを対象の「状態変化」として記述・説明します。これが古典物理学における変化の表現の基本です。

 対象は互いに相互作用しますが、それは力が対象の外から働くことによって起こり、その変化は出来事として私たちに理解されます。出来事の一連の系列は因果的な変化として表象され、複雑な相互作用は色、形、音といった感覚的な変化を引き起こすことになります。対象の時間的、空間的な変化は背景のモデルである相空間(phase space、物理空間の数学的モデル)の中で表現されます。対象の変化を表現するための相空間は、次元、距離、位相、時空といった相空間がもつ性質を最初から備えています。そして、相空間は古典物理学の世界像の骨格をつくるモデルとなっています。

 形而上学的に語られ、分類されてきた世界についての構成が古典物理学ではこれまで述べてきたように極めて単純に整理されています。登場した項目はいずれも変化を考える上で欠かせないものです。特に、状態は対象のもつ可変的な側面であり、時間、空間は対象が異なる状態に変化することを可能にしてくれます。「昨日ここにあった赤いものが、今日は青くなってそこにある」ことが自然で、何の矛盾もないのは時間、空間が存在するからです。「昨日」と「今日」、「赤」と「青」、「ここ」と「そこ」が同じ時刻、同じ場所で成立することは端的に矛盾です。ですから、どのように状態とその変化を記述するかが、状態変化としての運動変化を理解する鍵となっています。そして、それは古典物理学では次のようにまとめられます。

 

観測者に依存するシステムのすべての側面は対象の状態によって記述される。

 

(問)観測者に依存しない対象の性質にはどのようなものがあるでしょうか。対象の色は観測者に依存するのでしょうか。また、「観測者に依存する、依存しない」とはどのような意味でしょうか。

 

 対象と背景の区別ができると私たちは対象の運動を知覚できようになります。そして、この運動を使って対象や背景を定義することもできます。運動によって対象の状態変化が明らかにされます。

 

それゆえ、運動の完全な記述には対象とその状態についての完全な記述が必要となる。

 

 ある瞬間の対象はある場所にあります。その対象は運動し、そこでの時間は瞬間から、空間は点からなり、速度の集合はユークリッド的なベクトル空間をつくります。時間は出来事の一連の流れを記述するために導入された概念であり、時間そのものは流れる必要がありません。流れない時間を使ってその中で流れるように見える変化を記述するのです。また、空間は対象のすべての可能な位置の集合です。時刻も位置も連続的に存在しています。このような定義をつなぎ合わせた表現から古典力学の世界が浮かび上がってきます。位置変化の詳細な記述は動力学(dynamics)と呼ばれていますが、その記述に必要な連続的な無限古典力学の最初から仮定されています。ゼノンのパラドクスを運動の存在の否定ではなく、それを正確に記述することができないことの証明だと解釈することもできますが、古典力学では仮定される連続的無限とその数学的な性質によってパラドクスが生じないようになっています。連続的無限の仮定から、古典力学では任意の量がいくらでも小さい値をもつことができますし、いくらでも短い区間を考えることができます。

 

(問)古典物理学において連続的な無限が前提になっていることを示す具体的な証拠を挙げてみて下さい。

 

 運動量は対象がどのくらい距離を変化させるか教えてくれますし、エネルギーは対象がどのくらい時間変化するか教えてくれます。また、不変の質量については、次の二つの概念があります。

 

慣性質量:対象の運動を持続させる性質、対象の運動変化に抵抗する性質の量

重力質量:近くの対象の加速度に関与する性質、近くの対象によって加速させられる性質の量

 

加速度はどんな物体でも同じであるというガリレオの見事な論証から、古典力学は上の二つの質量が同じであるという前提のもとで展開されます。力とは運動量の流れであり、力は質量をもつ物体の速度を変えます。