二重スリットの思考実験

 二重スリットの実験を通じて、量子力学的な物理世界の記述がいかに神秘的で、不可解なのかを考えてみましょう。

1二重スリットの実験
 古典的な粒子を弾丸に、古典的な波を水の波に喩えて、次のような実験を考え、それらの結果と電子を使った同様の思考実験とを比較してみましょう。
1.1弾丸実験
 下の図で示されるような実験を想像してみて下さい。ランダムにあらゆる方向に弾丸を発射する機関銃があり、それから発射された弾丸は直進し、二つの穴のある壁(a)に到達します。

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図1:弾丸の二重スリット実験

 弾丸の幾つかはいずれかの穴(図の1と2)を通過します。壁の向こうにはx方向に上下に動く弾丸検出器があり、xの値ごとに停止板に到達した弾丸の数を計ることができます。この装置を使った実験結果から、「壁の穴を通過する弾丸が中心からxの距離にある停止板上に到達する確率は何か」という問いに答えることができます。なぜ確率について尋ねるかといえば、機関銃はランダムにあらゆる方向に弾丸を発射するので、個々の弾丸の飛ぶ方向を予測できないからです。これはここでの確率が認識上の確率、つまり、機関銃の方向について私たちが無知であるために使われていることを示しています。確率は次のようにして検出器でxの値ごとに計ることから計算できます。

(1)ある時間間隔内で検出される弾丸の数を数え、同じ間に停止板に到達した弾丸の総数で割る。
(2)機関銃が一定の比率で弾丸を発射するなら、確率はある時間間隔で検出される数に比例する。

(問)認識上の確率とはどのような確率解釈なのか説明しなさい。

 さて、実験では壊れない弾丸を使い、xの関数として上で定義された確率を計ることにしましょう。実験の結果は図1の(c)に示されています。そこではx軸が上向きに、図1(a)の対応するxの値に結びつけられています。この確率分布をP12としましょう。これは弾丸が穴1か穴2のいずれかを自由に通るなら、xのある値のところでそれが検出される確率を示してくれます。この結果は私たちが望むものに近いものです。特に、P12 の値はxの値が大きくなるにつれ、小さくなることが期待できます。というのも、xの大きな値に到達するのに必要な散乱は極めて稀だからです。P12 は穴のいずれかを通る線上にあるxの値の周りで極めて大きくなります。これらの実験で、P1 とP2はそれぞれの最大値について対称的であり、三つの確率分布は次の単純な関係にあることがわかります。

P12 = P1 + P2

つまり、確率は単純に加えられ、P12x = 0 で最大になります。
両方の穴が開いている場合の確率分布は、それぞれの穴の開いている場合の確率分布の和になっています。確率分布を加えるという単純な規則から、干渉はどこにもないということになります。これは私たちがこのような実験で古典的な粒子が振舞うと予想するものです。古典的な粒子は壊れないので、ある点に到達する確率は干渉を示しません。統計学の用語で表現すれば、「穴1を通る弾丸」と「穴2を通る弾丸」は統計的に独立しています。
1.2 水面の波
 図 2 (a)に示された実験を考えましょう。これは図 1 (a)の装置に似ていますが, 装置は水に浸けられています。銃の代わりに上下に動いて、どの方向にも一様に広がる規則的な波をつくる源があります。 

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図 2: 水の波の二重スリット実験
 その右に二つの穴の開いた壁と、波を吸収する壁があります。(いずれの壁も波を反射しないとします。)この場合の検出器はある点での波の強さを測る装置で、波が源から検出器まで運ぶ単位時間当たりのエネルギーの量が測られます。弾丸とは違って、波の源の上下運動の高さを変えることができます。ですから、ある点での波の強度を自由に変えることができます。前の場合は検出される弾丸の数として負でない整数だけがとれたのですが、今度の場合は負でない実数を強度としてとることができます。
 次に、xの値に応じて強度を測定すると、図 2 (c)に描かれた強度の分布I12 が手に入ります。これは前の実験で得たものとは大変異なっていて、回折として知られている現象です。穴1と穴2は波の源のように振舞い、これら二つの源からの波は図にあるようなパターンを生み出すように干渉し合います。特に、穴2(1)をふさいで実験をする場合、得られる強度の分布をI1 (I2)とするなら、図2 (b)に描かれた強度の分布が得られます。この場合、波の源はただ一つだけですから、他の波はなく、干渉は存在しません。すると、明らかにI12はI1とI2の和ではありません。これが実験で古典的な波がどのように振舞うか予想されるものです。つまり、波は局所的でない全体として振舞い、その強度の分布は干渉効果ゆえに単純に足し合わせることができません。
 事実、この実験では強度は波の振幅の二乗に比例します。これら強度の分布は源と吸収板の距離が最小の時最大になります。そして、この距離が増すと水の波が進むに連れエネルギーを失うため、強度は減少します。
1.3 電子
 図3 (a)で示された実験を想像してみましょう。これは最初の実験によく似ていますが、弾丸を発射するのではなく、電子を発射します。ですから、検出器は弾丸ではなく、電子を検出します。例えば、電子が当たったら、音がして、それを数えるようになっています。さて、実験を行なうと、私たちは

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図3: 電子の二重スリット実験

電子が衝突する音だけを聞くことになります。電子銃が電子を発射する割合を変えると、衝突の音を聞く割合の変化だけが観測されます。二つの検出器があり、銃から一個の電子だけが発射されるなら、検出器の一つから一つの衝突音だけが聞こえます。二度の実験をそれぞれ長時間行なうと、検出される電子の数はほとんど同じです。このような電子は粒子のように振舞います。ですから、弾丸の場合のように検出器を使って、穴を通過した電子が中心からxの距離の壁に到達する確率を測ります。でも、弾丸の場合と違って、図3 (c)のような確率分布を得ることになります。これは水面の波の場合に得た結果を彷彿させます。でも、波の場合と違って、結果は衝突音が聞かれる平均値の変位です。私たちは波のように広がった電子を観測しません。ですから、電子は波のようにも粒子のようにも振舞うように見えるのです。
 電子は互いに干渉するのでしょうか。電子を探すと、壊れない電子のどこか一部が探されるのではなく、電子は全体が一つとして探されます。ですから、図3 (c)で観測される奇妙な振舞いにもかかわらず、次のように考えるでしょう。私たちは電子全体しか観測しないので、それらは弾丸のように振舞い、

(A) 各電子は穴1か穴2のいずれかを通過する。

これが真なら、検出されるどの電子も穴1を通過した電子か、穴2を通過した電子かのいずれかです。そして、穴2(穴1)がふさがった実験を繰り返すなら、図3 (b)に描かれた確率分布P1 (P2)が得られます。これは合理的に見えます。電子が弾丸のようなら、私たちが思った通りのものだからです。でも、(A)が真なら、P12は弾丸の場合のようにP1とP2の和でなければなりません。でも、明らかにそうではありません。つまり、(A)は偽です。実際、水面の波の実験と同じように、穴1と穴2によって起こる干渉が存在すると結論しなければならなくなります。
1.4 電子の別の実験
 図4(a)のような実験を考えてみましょう。前の実験と違うのは、この実験では壁の後ろに大変強い光源がある点です。電子は光を散乱させるので、電子が穴2を通過するなら、図4(a)の点Aの近くに発光を見ることになるでしょう。電子が穴1を通過するなら、穴1の近くに発光を見るでしょう。電子が両方の穴を通過するなら、それぞれの穴の近くに二つの発光をほとんど同時に見るでしょう。

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図 4: 電子の変形二重スリット実験

でも、実験を行なうと、検出器のどの衝突音も穴1か穴2のいずれかの近くの発光の後です。つまり、両方の穴の近くでの発光を決して観測しません。ですから、この場合、(A)が真であることを観測します。確かに、穴2(穴1)がふさがった実験をするなら、図4(b)で描かれる確率分布P’ 1 (P’ 2)を得ます。この結果は前の電子の実験でP1 とP2に対して見出したものに似ています。しかし、両方の穴が開いた実験をすると、図4(c)で与えられる確率分布P’ 12が見出されます。これはP’ 1 とP’ 2の和です。ですから、この実験でわかることは干渉のない関係です。つまり、

P’ 12 = P’ 1 + P’ 2

1.5 これらの実験からの結論
1 弾丸(つまり、古典的粒子)は局所化されており、穴1か穴2のいずれかを通る。この場合、確率分布に干渉はない。
2 水面の波(つまり、古典的波)は局所化されておらず、各波は両方の穴を通る部分をもっている。この場合、異なる穴を通る波の部分は互いに干渉する。
3 電子(つまり、量子的対象)は古典的な粒子でも、古典的な波でもない。実際、実験によって、電子がいずれの穴を通るか観測しなければ、確率分布は干渉があることを示す。つまり、電子は波のように振舞う。また、電子がどちらの穴を通るか観測すれば、確率分布は干渉がないことを示す。つまり、電子は粒子のように振舞う。だから、私たちがどのような実験を行なうかに応じて、電子は粒子あるいは波のように振舞う。これが波動-粒子の二重性と呼ばれるもので、すべての量子的対象に見られる現象である。

(問)波動-粒子の二重性とは何かを説明しなさい。

 

*R. P. Feynman, R. B. Leighton and M. Sands, The Feynman Lectures on Physics, Vol. III, Addison Wesley, 1965.(本文の4つの図はいずれもこの本の1章にある。『ファインマン物理学V』砂川訳、岩波書店、1979)