量子力学と測定

1 測定問題の始まり— シュレーディンガーの猫
 「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる思考実験では、放射性の粒子が放射される確率が50%であるような箱の中に猫が入れられています。粒子が放射されると、毒の入ったびんが壊れ、猫は死に、粒子が放射されなければ、猫は生きています。箱が開けられない限り、猫が生きているか死んでいるかの状態は観測できません。ですから、箱が開けられるまで私たちには猫の生死がわかりません。
 この状況を古典的に考えるなら、粒子が放射されたかどうかに応じて、その後では猫はいつでも死んでいるか、生きているかのいずれかの状態にあると言いたくなります。この場合、箱を開ければ、閉じられていたときに既に起こったことを知ることになります。確率は、したがって、認識的です。さらに、猫が死んでいるのを観測するなら、毒が出た時点以来猫は死んでいたということになります。
 シュレーディンガーが関心をもったのは、この状況を量子力学的に考えた場合にどうなるかということでした。箱を開ける前では、猫は異なる状態の重ね合わせになっています。一つの状態が猫の生きている状態に、他の状態が死んでいる状態に対応しています。粒子の放射が50%の確率であるから、箱を開けた際、猫の生死の観測の確率は50%です。(なぜか。)観測する前には、猫は生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせにあるので、私たちは猫の状態が何であるか言うことができません。猫は生きているのでも、死んでいるのでもありません。また、猫は生きており、かつ死んでいるのでもありません。しかし、箱を開けると、状態の重ね合わせは崩壊し、二つの状態のいずれか一方になるのです。つまり、重ね合わせの状態が生きている状態に崩壊すると、私たちは猫が生きているのを観測し、死んでいる状態に崩壊すると、死んでいるのを観測するのです。確かに、同じような推論によって、箱を開けるまでは粒子が放射された、あるいは放射されなかったと言うことができません。つまり、箱が開く前は、粒子の源も状態の重ね合わせにあります。源も粒子を放射する状態、放射しない状態の重ね合わせになっています。
 そこで、測定問題は次のようになります。私たちが箱を開けるまでは何も起こらないようにみえます。箱を開ける前には、源は粒子を放射した、放射しなかった、のいずれでもなく、したがって、猫は死んでいる、生きている、のいずれでもありません。しかし、箱を開けると、これらの状態の重ね合わせは崩壊し、粒子が放射されず猫が生きているか、あるいは、粒子が放射され猫が死んでいるかのいずれかになります。ですから、源は粒子を放射し、猫を殺す確率を50%もつにもかかわらず、観測時にすべてが瞬間的に起こらなければなりません。こんなことがあり得るでしょうか。これがシュレーディンガーの猫のパラドクスです。

2 測定問題の形式化
 測定問題は量子力学の定式化の基礎となる仮定の中の明らかな矛盾から生じています。次の推論を考えてみましょう。

A. システムの状態は常にシュレーディンガー方程式にしたがって時間発展する。特に、この時間発展は連続的である。
B. 適切な固有状態の重ね合わせによって与えられる状態をもつシステムは、測定によってそれら固有状態のいずれかに崩壊する(つまり、不連続に変化する)。そして、それに依存して異なる結果が得られる。

 しかし、システムの状態が常にシュレーディンガー方程式にしたがって時間発展するなら、つまり、連続的で決定論的に変化するなら、それが測定によって固有状態に不連続的、確率的に崩壊することはどのようにして可能なのでしょうか。とりわけ、量子力学では測定はある種の相互作用ですから、相互作用としての測定はきちんと説明されなければなりません。

3 測定問題の解決-分類
 このような矛盾があるにもかかわらず、理論としての量子力学は整合的であるように思われます。理論から多くの異なる実験結果について正確な予測を行うことができるからです。そのため、この理論は正しいとされてきました。実際、問題は私たちがこの理論を解釈しようとするときにだけ現われるのです。そして、どの解釈を選ぶかは測定問題の解決の仕方に懸かっています。量子的な状態関数の崩壊は次の二つに解釈できます。

(1) 世界それ自体の中での実在的な変化か、
(2) 世界についての私たちの知識の変化に過ぎないのか。

量子状態が完全な記述であれば、(1)が正しいことになります。量子状態が不完全な記述なら、(2)が正しいことになります。崩壊が実在的か否かによって、基本的に測定問題の解決は次の二つのグループに分かれるのです。

崩壊理論:崩壊仮定を受け入れ、測定の特異性が何か、つまり、なぜ崩壊はシュレーディンガー方程式にしたがわないのかを説明しようとする。(例えば、フォン・ノイマン、ウィグナー、コペンハーゲン解釈、GRW)
非崩壊理論:崩壊仮定を否定し、量子力学と経験を別の仕方で説明しようとする。しかし、これらの別の仕方は測定についての他の主張を再吟味させることになる。特に、ここには次の二つの選択肢が考えられる。
・錯覚:この立場では、私たちが決定論的な結果を経験することが否定される。重ね合わせは実際には崩壊せず、なぜ崩壊するように見えるのかの説明が求められる。(例えば、多世界解釈、多精神解釈)
・不完全性:この立場では、量子的システムを表現するのに使う状態関数はそのシステムの完全な記述であることが否定され、だから、説明できていない何かが求められる。(例えば、ボーム、様相解釈)