非崩壊理論―エヴェレット、多世界解釈

 崩壊の仮定を否定する理論に話を移そう。そのような理論は二つのグループに分けられる。まず、量子的実在は通常の言葉の意味で「確定的な結果」を生まないという理論を考えてみよう。一般的に、このグループの理論は量子力学の理論形式は最初の4つの仮定だけからなっていると主張する。量子的システムの力学はシュレーディンガー方程式によって完全に記述され、重ね合わせの崩壊といった考えは錯覚に過ぎない。この主張を裏付けるために、これらの理論は量子システムに関する私たちの経験を説明しなければならない。つまり、崩壊を導入することなく、測定の結果として「確定した結果」を私たちが経験するように見える理由を説明しなければならない。
 エヴェレット(Hugh Everett III)が量子力学についての論文を発表するまでは、フォン・ノイマンの研究が信頼され、崩壊の仮定に対する疑いはほとんどなかった。エヴェレットの研究は量子力学のメタ理論を定式化する試みで、彼が特に望んだものは次の二つである。

・ ある種の相互作用、つまり、測定が崩壊の仮定によって通常説明される「確定した結果」を与えるように見えるという事実の説明
・ 確率の通常の解釈が理論形式の中でどのように生まれるかの記述

これらに対する彼の戦略は次のようになっている。

宇宙全体は自らの状態ベクトルをもった、閉じたシステムである。その時間発展はシュレーディンガー方程式によって記述される。つまり、状態の崩壊は起こらない。というのも、宇宙の一部である、あらゆる物理システムはシュレーディンガー方程式にしたがって時間発展するからである。特に、「確定した結果」を生むような「測定」として私たちが通常考えるのは、シュレーディンガー方程式によってその時間発展が記述されるような二つの物理システムの間での相互作用に過ぎない。そのような意味で、測定問題は解決される。

 エヴェレットの説明はシステムの「相対的状態」という概念に基礎を置いている。宇宙とその中のすべては莫大な重ね合わせの状態にあり、それゆえ、与えられた物理システムの絶対的な状態を決定することはできない。事実、私たちにできるのは特定の物理システムの相対的な状態、つまり、宇宙の他のものに対する状態の決定だけである。
「測定」を説明するのにエヴェレットは物理システムとしての観測者をモデル化する。それは、いわば機械で、測定されるシステムと測定装置の間で起こる相互作用の結果を記録することができる。確かに、これらの機械は測定を繰り返し実行でき、互いにコミュニケーションすることができ、結果に関して一致しているかどうか確かめ合うことができる。
 測定がそのような機械=観測者によって行われるとき、相互作用はシュレーディンガー方程式にしたがって起こる。つまり、観測によって観測者は観測されるシステムを記述する重ね合わせの状態になる。そして、観測者が記録する結果はこの重ね合わせに相対的にだけ定義できる。測定の後の観測者が確定的な状態にあるといったことには意味がない。
 なぜ私たちは確定的な結果をもつように見えるのか。観測の結果として、観測者の状態は異なる状態に分岐する。そして、それぞれの分岐肢は観測者とシステムの組み合わされた状態の対応する固有状態を通じての測定の異なる結果を表わしている。言うまでもないが、崩壊はなく、これらの分岐肢すべては観測がなされた後重ね合わせの状態で同時に存在している。だから、確定的な結果が起こるように見えるに過ぎない。というのも、観測者の各状態はただ一つの分岐肢に表れるからである。
 最後に、エヴェレットは量子力学の理論形式の中での確率を説明しようとする。彼はシステムが測定される場合はいつでも起こる分岐が観測者の記憶配置の軌跡によってつくられることからそれを説明する。簡単に言えば、

・ 確率は古典的な統計力学で使われる場合と同じ仕方で導入される。
量子力学の形式を使って計算する確率は(確率の相対頻度解釈を通じて)、何度も測定を繰り返したなら期待できるような結果の系列と合致する。

つまり、エヴェレットは、私たちが測定を実行するとき見出すように見える確定的な結果の分布を説明する方法を示している。
 だが、問題がある。宇宙が巨大な重ね合わせにあるなら、実在の本性に関して最終的に何が言えるのだろうか。エヴェレットは最も困惑するような量子力学の側面を取り上げているように見える。私たちが観測する実在がなぜ観測されない重ね合わせの存在にもかかわらず確定的なのかを説明しようとする代わりに、私たちの実在は物理世界を記述する重ね合わせが時間発展する仕方によって引き起こされる幻覚でしかないと考える。

H. Everett, Relative State Formulation of Quantum Mechanics in Review of Modern Physics, 29 (1957), pp. 454-62.

非崩壊理論-多世界解釈
 エヴェレットの立場は明確でない部分があるが、デ・ウィットはエヴェレットが意図したことを説明しようと、多世界解釈(Many worlds interpretation)と呼ばれる解釈を考え出した。それは次のような主張である。

n個の異なる状態ベクトルの重ね合わせにあるシステムに対して測定が行なわれるとき、世界はn個の世界に分岐する。これら世界のそれぞれは測定の可能な結果の一つに対応する状態をもったシステムを含んでいる(だから、各世界のシステムはもとの重ね合わせの状態ベクトルによって記述される状態の一つにある)。つまり、測定のあらゆる可能な結果に対し、その結果が実現された世界がある。そして、これら世界は実在的である。

 だが、これが事実なら、次の問いが待っている。「なぜ私たちは分岐を見ないのか。」その答えは次のようになされる。

測定がなされる時、「私たち」(観測者)は最後にはn個の世界のすべてに存在する。例えば、電子について、そのスピンのx-成分を測定するとき、私たちがスピンを測定し、それが確かに上向きである世界が存在し、(最初の私たちの分身である)私たちがスピンを測定し、それが確かに下向きである別の世界が存在する。しかし、私たちは常に私たち自身の世界におり、私たちの分身が測定する他の世界とは何の接触ももっていない。

 事実、興味深いことに、この解釈においては世界の分岐が前の解釈での崩壊仮定と同じ役割を果たしている。だが、哲学的には、存在論的にコストがかかるという問題がある。結局、どれだけ多くの世界の存在を必要とするのか。勿論、様相(modality)の議論で「可能世界」という概念を考えるとき、ルイス(David Lewis, 1943-2003)のように可能世界が実在するという立場を守り、この解釈は全く合理的だと言うこともできよう。だが、ルイスの説明では、可能世界はいつでもすべてが存在して、私たちの世界と平行して進行している。つまり、彼の可能世界の議論には分岐といった考えはなく、これら世界の間には何の因果的な関係もない。
 物理学的には、二つの主要な問題があるように見える。シュレーディンガー方程式によれば、物理システムと測定装置の結合システムの総計の質量は測定の前後で同じである。システムに含まれる粒子の数についても同じである。(それは測定で変化しないからである。)しかし、多世界解釈によれば、測定の結果、新しい世界が創造される。つまり、結合システムの質量とそこに含まれる粒子の数は途方もなく増大することになる。
 二番目の問題は量子力学の確率を説明してくれない点である。多世界解釈によると、測定のすべての結果は(ある世界で)起こり、(その世界の)観測者の後続者によって観測されるだろう。しかし、そうであれば、ボルンの規則を使って特定の結果の確率を計算しているとき、私たちは何をしているのか。

B. DeWitt, 'Quantum Mechanics and Reality' , Physics Today, 23 (1970), pp. 30-5.

不完全性
 さて、崩壊の仮定を否定する二番目のグループを考えよう。二番目のグループの理論は、量子的なシステムを表現するのに使ってきた量子状態がシステムの完全な記述を与えることを否定する。これらの理論は「隠れた変数」の存在を仮定する。量子状態によっては説明されないが、システムの記述には関連している変数が隠れた変数である。最初になぜ隠れた変数が好まれるかを考え、そのような隠れた変数理論は不可能であることを示す論証を考えよう。
 哲学的な「決定論」という用語によって何が意味されているのか。正確な説明がないにもかかわらず、多くの古典的な現象が決定論的だというのは自明にみえる。決定論的というのは、システムの状態とそれに影響を与える相互作用が与えられると、将来のそのシステムの状態を決定することができることだと言われてきた。決定と自由は両立するか、決定論と運命論はどこが異なるか、といった哲学的な問題は横に置いて、量子力学によって記述される世界は決定論的か、あるいはそれは非決定論的か、という問題だけを考えてみよう。まず、次の二点を確認しておこう。

一方で、システムがある状態にあり、かつ外部との相互作用から隔離されている(特に、測定されていない)なら、この状態の時間発展はシュレーディンガー方程式にしたがい、決定論的である。だから、システムの別の状態を一意に決定することができる。

他方で、測定したい観測可能な量に対しては、可能な結果が定められており、量子状態はこれら結果の一つがある確率で起こることを推論させるだけである。つまり、量子力学は非決定論的である。というのも、測定前の情報に基づいてシステムの測定後の状態を一意に決定する方法がないからである。

この二番目の事実に基づき、量子力学が非決定論的であると通常は主張されている。
 しかし、この事実は量子力学が非決定論的であることを強制するものではない。というのも、「隠れた変数」のようなものがあって、それを使って適切な仕方で測定結果を決定できることも可能だからである。つまり、量子状態によって与えられる実在の記述が不完全であると主張されることになれば、私たちは決定論的な量子力学の理論をつくることに邁進することになる。したがって、私たちはそのような隠れた変数理論が可能かどうか調べなければならないし、可能なら、量子力学が非決定論的であるという主張を再評価する立場に立つことになる。
 フォン・ノイマンが隠れた変数理論が不可能であるという証明を与えたために、長い間多くの物理学者は隠れた変数理論は不可能であると考えていた。だが、この証明は誤っていることが後でわかった。