時間物語:時間と空間の形而上学的断片(3)

 容器とその内容は分離でき、それぞれ独立した別のものでしょうか。普通の容器、例えば一升瓶はその内容物である日本酒とは違ったものです。では、時間の場合はどうでしょうか。時間はその中で起こる事物の存在や本性とは違ったものでしょうか。あるいは、時間は独立したものではなく、物理的な対象のもつ時間的な性質に過ぎないのでしょうか。
 最初の見解は絶対的あるいは実体論的見解と呼ばれてきたもので、時間をそれ自体独立した実体的なものと考えます。二番目の見解は関係論的見解で、時間を事物と出来事の間の時間的な関係だと考えます。まず、関係論的な見解から見てみましょう。
この主張の代表はライプニッツです。容器としての時間がそこに含まれる内容から独立していて、神は世界を時刻t1に、あるいは時刻t2につくったかも知れません。でも、すべての時間が(容器の内容とは関係なく)同じなら、神はどのような理由で時刻t1あるいは時刻t2を選んだのでしょうか。神が選んだ理由は内容に関連していて、それゆえ、時間はその内容とは独立していないとライプニッツは言います。
 実体論、関係論という二つの見解は時間に限ったものではなく、空間に関しても対立した見解となっています。その最も有名な論争は1715-6年のライプニッツとクラークの間の論争です。クラークはライプニッツに対して実体論的立場を強固にとるニュートンの見解を代弁、擁護しようとしました。ニュートンは次のように信じていました。

絶対的な空間が存在し、それはそこに含まれる物質からは独立している。
すべての対象は空間内で真の、絶対的な位置をもっている。

一方で、ニュートンは私たちが対象の真の位置を決めることは不可能であるとも信じていました。私たちには物体が静止しているか、それとも直線上を一様に運動しているか決めることができません。というのも、力学法則はいずれの場合も同じだからです。(つまり、ガリレイ変換に関して不変なのです。)ニュートンは『プリンキピア』で次のように述べています。「ある空間に含まれる物体の運動は、その空間が静止しているか、あるいは直線上を一様に運動しているかにかかわらず、それらの間では同じである。」これはガリレオの偉大な発見で、相対性原理と呼ばれています。
 一方、ライプニッツが絶対的な空間に反対するのは次のような形而上学的な原理を使った理由からです。

A 識別不可能性による推論
 ライプニッツの有名な識別不可能性の原理は次のような主張です。

同じ性質をもつ二つの対象(あるいは可能世界)は同一である。

この原理を使った推論は次のように展開されます。ニュートンが正しいとしたら、絶対的な位置だけ、あるいは直線的な運動状態に関してだけ異なった可能世界があることになります。でも、このような違いは私たちには識別できません。それゆえ、識別不可能性の原理によって、それらは同一であり、したがって、ニュートンは正しくありません。

B 充足理由による推論
 ライプニッツによれば、数学から自然哲学に進むためには数学以外の別の原理が求められます。それが充足理由の原理(Principle of sufficient reason)で、どんなものも別のようではなく、なぜそうでなければならないかの理由がなければ起こらない、という原理です。これを明確にすれば、

どんなものにも、それが存在し、それ以外ではない理由がある、

と表現できるでしょう。この原理を使った推論は次のようになります。

(絶対空間に反対する対称性論証)
A. 絶対空間が一様なら、宇宙に方向がある理由はない。
B. 絶対空間は一様である。
C. だから、宇宙が方向をもつ理由はない。
D. だが、どんなものにも理由がある。
E. したがって、矛盾がある。

これはニュートンの見解に対するもっとも辛辣な議論に見えます。絶対的な運動が原理的に観測できないものなら、そのような空間は無いと考えた方がうまくいきます。
 ところで、運動は観測できないのでしょうか。相対性原理によれば、物理法則がそのような参照枠すべてで同じであるという理由から、一様な直線運動は観測することができません。しかし、加速度運動、つまり、一様でないか直線的でない運動については何も述べていません。実際、

加速度による慣性的でない効果は観測できる

という事実があります。ニュートンはこの事実を使って絶対空間の議論を展開します。それが有名な回転するバケツの推論です。以下の推論にある絶対運動は絶対空間に対する運動のことであり、相対運動は絶対的でない運動です。

ニュートンの回転バケツ論証
A. 運動はバケツの水面が凹面になる原因である。
B. 運動は相対的か、絶対的かである。
C. だから、相対運動か絶対運動のいずれかが凹面の原因である。
D. だが、相対運動は凹面の原因ではない。
E. だから、絶対運動が凹面の原因である。
F. 何かが原因であれば、その何かは存在する。
G. だから、絶対運動は存在する。
H. 絶対運動が存在すれば、絶対空間が存在する。
I. したがって、絶対空間は存在する。

 ニュートンの批判者は絶対空間が観測可能ではないと言います。でも、ニュートンは絶対空間を原因とする結果が観測可能だと論じます。どんなものもその結果を通じて観測されるので、原因である絶対空間があるというのがニュートンの答えです。
 上の推論をより具体的に考えてみましょう。静止した、水の入ったバケツを考えます。このバケツを洗濯機の水槽が回るように回しましょう。バケツが回っても、最初のうちは水の表面は静止したままです。そのうち水も回り始めると、水の表面は平らではなくなり、カーブを描いて中心がへこんできます。バケツも水も静止している場合と同じ速度で回っている場合は、水はバケツに対して静止しているといって構いません。これらの場合、相対運動には何の違いもありません。では、これら二つの場合の違いは何によって説明されるのでしょうか。ともに静止している場合と違って二番目の場合は空間それ自体に対して回転が存在するというのがニュートンの答えです。これが唯一つの説明でしょうか。他の可能性はないのでしょうか。例えば、観測者に対して回転が存在するというのは答えにならないのでしょうか。でも、観測者はそもそも必要なのでしょうか。観測者だけが回転すると、水の表面に変化が起こるのでしょうか。
 ニュートンは回転するバケツ実験の変形を考えます。それは二天体思考実験です。二つの天体が互いに他の周りを回転している場合に限って、それら天体を結びつける紐に力が働いていることをバネばかりで示すことができるとニュートンは考えます。これは天体が星に囲まれていなくとも正しいでしょう。あるいは、天体が全く何もない空間にあっても正しいでしょう。このニュートンの主張は正しいでしょうか。私たちは実験を実際に行なうことができません。では、どうしてその結果を知ることができるのでしょうか。この点がバークリー、そしてマッハによって指摘されました。マッハによる反論は次のような内容です。

回転バケツ論証へのマッハの返答
A. 凹面の物理的原因はバケツの運動である。
B. 運動は相対的か絶対的かのいずれかである。
C. それゆえ、凹面の物理的原因は相対的運動か絶対的運動かのいずれかである。
D. だが、絶対的な運動は観察できない。
E. 物理的原因は観察できる。
F. それゆえ、絶対的な運動は物理的原因ではない。
G. それゆえ、凹面の物理的原因は相対的な運動である。