デカルトと解析幾何学

 1637年にデカルトは、「我思う、ゆえに我ありCogito ergo sum, Je pense, donc je suis, I think, therefore I am)」という超有名になった言明を含んだ『方法序説』を出版します。これは近世合理主義哲学の基礎を築いたとされる書物。でも、序説はあくまでも序説、方法や心構えのようなものに過ぎず、その後に大部の科学論考が三つ続くのです。これらの科学論考は「試論」と呼ばれ、『光学』、『気象学』、『幾何学』の三つから成り立っています。このうちの『幾何学』は、ユークリッド幾何学に座標を導入し、それを使って幾何学の問題を代数的に解くという、いわゆる「解析幾何学」を展開したもので、デカルトの特筆すべき業績の一つです。
 中学校で習うユークリッドの『原論』に登場する図形はどのような世界にどんな風に存在し、どんな運動をしているかわかりません。その意味で三角形はイデアです。ユークリッドの図形は私たちの住む現象的な物理世界には存在しませんが、その図形の大きさや位置を表現し、動きまで軌跡として表現する仕組みを発明したのがデカルトだったのです。そして、イデアだった三角形は関数に翻訳されて、私たちが具体的に操作できる対象に変えてくれたのがデカルトなのです。
 この「解析化」は正にデカルトマジックなのですが、次のような事柄がマジックを可能にしたのです。
 デカルトの『幾何学』の背後には記号代数学の完成があります。前世紀末のヴィエトの画期的なアイディアをさらに徹底し、定数をa, b, c, d,…で、変数をx, y, z,…で表すことにしました(その結果、今の私たちには当たり前のことになっています)。さらに、デカルト古代ギリシャ以来の伝統だった「次元へのこだわり」を取り払ってしまいます。つまり、長さという量を2つ掛け合わせると面積になり、3つ掛け合わせれば体積になりますが、面積と長さを加えたり、面積と体積を加えたりすることは意味がないものとして、それまで固く禁じられていました(これは今でも多くの人が信じていることです)。デカルトは巻頭で「幾何学のすべての問題は、作図するために必要ないくつかの直線の長さを知りさえすればよいということに容易に還元することが出来る」と述べた後で、加減乗除および累乗根の作図法を述べています。そして単位を導入して、何次の式でも直線上の長さとして表されるとしました。これによって古代ギリシャの束縛から離れることが出来たのですが、これこそ近世数学誕生の瞬間なのです。つまり、「数が何を表すか」とは無関係に「数の間の代数操作」ができるようになったのです。古代ギリシャ以来、フェルマーも含めて、幾何学における式は『同次式でなければ意味がない』と考えられていたのですが,この呪縛を解いたのがデカルトです。デカルト幾何学的文脈においてでさえ、辺、面積、体積などの区別を問題にせず、数そのものを研究しました。
 この融通自在の数式表現法の完成と密接に関連して、もう一つ重要なことがあります。どんな曲線も式で表すことができ、その式を分析することで曲線のすべての性質を明らかにできる、と考えた彼は、いくつもの曲線を取り上げて分析をしています。y=f(x)のような記号法によって「変量(変数)」(quantitès indeterminèes,不定量)を初めて表現し、数学的な対象にしたのがデカルトだったのです。