決定論と自由意志(determinism and free will)の軌跡 (2)

 物理的あるいは機械的な因果関係についての決定論は既に古代のデモクリトスエピクロスの原子論にみられます。エピクロスは原子が運動する際に自発的に逸脱することを認め、ここに自由意志の働く理由を見出そうとしました。近世の機械論では、デカルト心身二元論によって意志の非決定的自発性を認めたのに対し、ホッブズ唯物論に立って意志的行為といえども決定的な原因をもつとし、自由とはただその行為が外から妨げられないことであると解釈することによって、決定論と自由を両立させようとしました。
 自然法則が発見されると、この問題はさらに深刻になります。神を究極原因とみて、自由意志を否定したスピノザに対して、ホッブズ、ヒューム、デカルト、そしてライプニッツらは、機械的な因果必然性と自由な行為の両立を説明しようとしました。
精神と物体を異なる実体と区別し、それによって二元論的哲学をつくり出したデカルトは、意志決定は純粋精神の働きであり、それゆえ、それは物体的世界の因果性から独立していることを強調しました。これに対してスピノザは、汎神論的な一元論に立って、自由意志の存在を斥けました。
 科学革命の時代になると、こうした神学的な決定論からは解放されたものの、その代わりに登場するのが自然科学の決定論的世界像です。古典力学的な世界観によれば、力学法則が世界のあらゆる出来事を決定しています。そうなると、人間の意識から行為まで人間に関わるすべての事柄も古典力学によって原理上は説明可能になります。
 この問題に関するホッブズの歴史的意義は、徹底的な唯物論を自由と決定の問題に適用したことです。その結果、行為に対して精神や主体のような非物質的なものが関与する余地は完全に排除されることになります。唯物論的決定論と自由意志との軋轢については、古代にエピキュロス派によって考察されていたと述べました。しかし、唯物論と自由を両立させるために原子の「逸脱、ぶれ(swerve)」という概念を導入して非決定論の余地を残したエピキュロス派と対照的に、ホッブズは因果的決定性をもった説明だけを許すという還元主義を貫徹しました。そして、その徹底ぶりは、自由意志を持つ主体としての私たちについての決定論的な因果的説明ができない以上、そもそも「自由な主体」という概念自体が実は理解できないものであると主張します。こうして、それまで自明とされていた「自由な主体」という概念が本当に整合的に理解できるのかどうかを問う、自由意志に関する「理解可能性の問題(the intelligibility question)」を引き起こすことになりました。
 ホッブズの次の意義は、このような徹底的な決定論を採用しながら、それでいて、なおかつ人間は自由であると主張したことです。彼はいわゆる両立主義(compatibilism)を初めて明示的に主張したのです。ホッブズによれば、私たちが整合的に理解できる「自由」の概念は「強制からの自由」以外にはありません。そして、そのような自由であれば、因果的な決定論と両立すると考えました。すなわち、決定論と自由は両立しないという自明の前提が崩され、いわゆる「両立可能性の問題(the compatibility question)」に対して肯定的に答えられることになったのです。
 しかし、「決定論と自由が両立可能である」という一見過激に見える主張も、ホッブズが徹底した唯物論者であることを考えるなら、実はごく自然な帰結でした。というのも、ホッブズの意味での自由とは、自由落下する石でさえもまさに「自由」であると言えてしまうような、無害化され、漂白された自由でしかないからです。極言すれば、彼の両立論は、自由意志を持つはずの私たちを、いわば落下する石のような存在者とすることによって成立するものでした。落下する石は強制されていないので、自由に落下します。同じように、運動する私たちも強制されていないので、自由に運動するのです。唯物論的決定論者であるホッブズにとっては、これが私たちが自由であることであり、彼には何ら抵抗のない立場でした。問題は、果たして私たち自身もそれを私たちの自由であるとして受け入れられるかどうかということです。こうして、自由についての「意義の問題(the significance question)」も、結局ホッブズによって顕在化されることになります。