故郷と東京の「間」

 歩くしかなかった時代から見れば、故郷と東京の距離は信じられないほど短くなりました。今やあっという間に到着です。私が中学生の頃はまだ蒸気機関車が走っていて、夏窓を開けると風向きによっては煤が入ってきて白いシャツを汚したものです。それが過去の記憶に収まり、いつの間にか自動車が普及し、高速道路によって車で行き来ができるようになりました。さらに、新幹線ができ、東京との距離は確実に縮まりました。その上、ITの普及によってどこにいても誰とでも通信が可能になり、物理的な面だけでなく情報の面でも距離は縮まりました。毎日故郷の情報を地元の人と遣り取りし、新鮮なニュースを享受できるようになっています。故郷にいなくても故郷のことが、東京にいなくても東京のことがそれぞれ直ぐにわかり合える時代になりました。故郷も東京もインターネットの中に共存しています。
 故郷と東京の物理的な距離が短くなり、歴史や習慣、文化や伝統は孤立から放たれ、相互の理解が進み、日本の中の陸の孤島はほぼなくなりました。でも、故郷と東京の社会的、経済的な距離はどうでしょうか。その距離は私たちの日常生活では「格差」と呼ばれる場合が多いのですが、それが縮まったとはとても言えません。社会経済面での距離が真に短縮されたのなら、日本には東京も地方もない筈なのですが、東京と地方の格差が大きな問題になって盛んに議論されているのが昨今の世相。この格差は正にこれからの日本社会の大きな課題になっています。
 社会と経済の格差ばかりが目につきますが、もう一つ大きな事柄が地方と東京の間に存在しています。それは心理的な差異。とても人間的な距離で、物理的な距離や社会経済的な距離と違って、人それぞれで違っています。かつてはその差異がステレオタイプ的にはっきりしていて、方言や文化・歴史の違いが県民性などに強く反映され、単純でわかりやすいものでした。現在は表面上そのような違いはすっかり隠れ、見えにくくなってしまいましたが、依然として個人のレベルで差異が存在していると考えるべきでしょう。
 私にもそのような心理的差異が昔は強くありました。その差異はかつての室生犀星と同じで、彼は故郷に対する自らの心理的な距離を見事に詠ってみせました。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

『抒情小曲集』(大七)巻頭の詩「小景異情」その二。有名な詩句ですが、これは東京から故郷を想う詩ではありません。上京した犀星が、志を得ず、郷里金沢との間を往復していた頃に、帰郷した折につくった詩。故郷は孤立無援の青年には懐かしく忘れがたいものですが、冷ややかな故郷への愛憎を感傷と反抗心をこめて詠っています。
 一方、今でもよく聞く「故郷」は、高野辰之作詞、岡野貞一作曲の文部省唱歌。故郷への懐かしい称賛が詠われていて、この歌詞通りなら現在の地方の苦境など起こるはずがないのですが、私たちの現実の故郷は喘いでいます。

兎追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて、
忘れがたき 故郷

如何に在ます 父母
恙なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出ずる 故郷

志を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷

 故郷への想いの両極端が二つの詩に見事に詠われています。実に面妖なことに私たちは時には「故郷」を心から歌い、また別の時には犀星の詩を聞いて感じ入るのです。私たち自身が故郷に対して揺れ動く心をもち、故郷との距離を融通無碍に考えているからなのでしょう。物理的な距離、社会経済的な格差とは違って心理的な差異は人によって異なり、同じ人でも時によって異なるものです。つまり、人は時には地方と東京の差異を無視し、時には意図的に差異を際立たせるのです。人とは何と厄介で、支離滅裂なものなのでしょうか。