奇跡の時間:団塊世代が過ごした信じ難い十年

 これからの話は創作。信じるかどうかは読者の自由。その話とは団塊の世代が最後に経験した自然であり、その後の誰も想像しかできない貴重な経験。団塊の世代がもつかけがえのない共通の記憶である。戦争に敗れ、経済成長が始まるまでの短い期間、日本には僅かな空白があり、農地解放で自作農になった農家が戦前の農業スタイルで生活をスタートさせ、それが軌道に乗るまでの期間で、その後日本の農業は大きく変わっていく。その間の日本の自然を経験した最も若い、そして最後の世代が団塊の世代である。
 何が奇跡かといえば、自然が生きていたことである。田畑には昆虫や雑草が溢れ、生命力の展示場だった。生命の賑わいのためか、子供の私が一人でいても寂しいと感じるよりは、うるさいと感じるほどに命がここそこに満ち溢れていた。命の賑わいを子供でも十分に感じ、堪能できた。まさにこぼれ出るような命の奇跡である。

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 バッタ、タニシ、ドジョウ、カエルたちが密集していたのが田んぼ。子供の私には田んぼはイネを栽培するところというより、そんな小動物が賑やかに生きるところだった。水が張られた田んぼには水生の生き物が、イネが刈り取られた後でも陸生の生き物が入れ代わり立ち代わり生きていた。田んぼの横の畑にはナスやキュウリ、トマトやピーマンと一緒にやはり生き物が棲みつき、小動物の豊かな動植物圏になっていた。地球は何と豊かなのかを子供でもしっかり実感できた。
 夏休みには近所の子供2、3人で3時間ほどドジョウ捕りに行ったものである。バケツとザルをもち、田んぼの周りの用水路、小川で泥の中に潜むドジョウを捕まえるのである。10㎝ほどのドジョウを中心に大小さまざまなドジョウがどんどんバケツに貯まっていく。時にはナマズやカニがザルに入ってくる。あっという間にバケツはドジョウで一杯になる。後で分配されたドジョウは当然ながら夕食の食材。
 そんな自然に対する実感は夢のまた夢で、今の日本ではどこにもそのような世界は見つからない。だから、それは奇跡なのである。その奇跡を体験し、実感し、記憶に刻んだのは団塊の世代が最後なのである。それゆえ、そんな豊かで生き生きした自然の記憶を語り継ぐという役割を担っているのがまさしく団塊世代なのである。団塊世代が子供だった頃の体験、それは豊饒な日本の自然だった。
 どこにもいたドジョウが姿を消し、田んぼに溢れていた命は農薬によって一掃されてしまった。実に見事な大量虐殺で、農薬が日本の農業どころか、自然を変えてしまった。子供は自然には敏感で、自然の変化を肌で感じる。パラチオンが田んぼにまかれ、DDTを髪の毛にかけられるだけでなく、現在より遥かに毒性の強い農薬が大量に使われ、自然はすっかり変わってしまった。
 田んぼで仕事をしていた牛はあっという間に耕運機に代る。牛のための朝の草刈りと、それを背負って運ぶ姿に朝日が当たる、それは自然と一体になった奇跡の風景だった。耕運機から自動車まで、今では田舎は車で溢れている。
 これまでの話は団塊の世代以後の人には信じたくても信じることができないような夢の話。幸福な団塊の世代が、リヤカー、井戸水、囲炉裏などと一緒に暮らした奇跡のような一瞬の話である。
 管理される自然はつまらない。命が輝き、うるさく騒ぐ自然があっという間に静かになってしまった。通りから人が消え、人がすっかり減ってしまった今の地方のように、自然はすっかり寂しくなってしまった。
 だが、自然は賑やかではなくなったが、絶えたわけでは決してない。