創世記の物語:イサクの燔祭(1)

 宗教と政治や倫理との対立は昔から繰り返されてきた対立で、穏やかな日本でさえ大化の改新天草四郎の乱、一向一揆、最近ではオウム真理教等々の対立が起きている。世界に眼を向ければ、その対立は戦争を引き起こしてきた歴史であり、宗教は平和と両立しないのではないかと考えたくなるほどである。戒律中心のユダヤ教、ローマ時代にカルト集団と恐れられたキリスト教、そこから派生するイスラム教はいずれも世俗の法や倫理に寛容とは言えない。これから暫く、アブラハムとイサクの物語を例に宗教と法や倫理の関係を捉え直してみよう。
 旧約聖書の『創世記』22章1節から19節のアブラハムとイサクの逸話はアブラハムの試練の物語で、不妊の妻サラとの間に年老いてからもうけた一人息子イサクを生贄に捧げるよう神に命じられるという内容。この試練を乗り越え、アブラハムは敬虔な信仰者としてユダヤ教徒キリスト教徒、さらにイスラム教徒からも敬われることになる。
神が命じたモリヤの山を登りながら、父子の間では燔祭についての短い会話が交わされる。イサクは献げ物の子羊がいないことに戸惑うが、アブラハムは多くを語らない。この時点でイサクはすでに、自分が燔祭の子羊として捧げられることを認識していたのではないか。しかし、彼は無抵抗のまま父に縛られ、祭壇の上に載せられる。この間の両者の心理状態について具体的には何も描かれていない。「お父さん」と呼びかけるイサクの言葉と「なんだね、おまえ」と応えるアブラハムの言葉からそれを推し量るしかない。それがかえって物語のもつ不条理性を際立たせている。
 神の命令は「あなたの子孫はイサクによって伝えられる」という21章12節の約束と矛盾しているにもかかわらず、アブラハムは盲目的に神の言葉に従う。ところが、イサクの上に刃物を振り上げた瞬間、天から神の御使いが現れる。神が燔祭を命じた動機については、伝統的に三つの解釈がある。(1)アブラハムの信仰心を試すため、(2)燔祭の場所として指示されたモリヤの山が神聖な地であることを示すため、(3)イスラエル民族から人身御供の習慣を絶つため、である。  
 イサクの燔祭の物語は、論理的な解釈を通じてキリスト教の主要なモチーフに影響を与えている。それは、イエスがイサクと同様、神に捧げられる犠牲として描写されているからである。また、イサクは穢れなき子羊の代わりとして燔祭に供されたのだが、一方のイエスは洗礼者ヨハネによって「神の子羊」と呼ばれている。十字架上の死という受難も、祭壇の上で縛られたイサクのそれとよく似ている。イサクの燔祭に関するこれらの解釈はキリスト教の伝統の中で教義化したが、それによって、イサクが捧げられたとされる神殿の丘から、イエスが捧げられたとするゴルゴタの丘へ聖地が移されたのである。

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レンブラント「イサクの犠牲」 1635年頃
エルミタージュ美術館

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カラヴァッジオ「イサクの犠牲」1603

ウフィツィ美術館

 

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カラヴァッジオ「イサクの犠牲」1603

バーバラ・ビエセッカ・ジョンソン・コレクション財団