アリストテレスの自然学

 アリストテレスデモクリトスの原子論を批判し、自らの4元素説を展開した。質料形相論の第一資料に温・冷・乾・湿の2つが組み合わされて火(温乾)、空気(温湿)、水(冷湿)、土(冷乾)の4元素ができ、これらの組合せで第2の変化(石や血)、さらにこれらの組合せで第3の変化(顔や手)が生ずると考えた。これは巧みな現象分類論ではあるが、原子論の方が現在の私たちにはずっと合理的な考え。
 アリストテレスは Physica(自然学)のなかで、自然とはものの運動あるいは静止の原理・原因であるとし、空間(そこに入ってくるものとそこから出ていくもののいずれとも異なるある何物かである)、時間(前と後とに関しての運動の数である)、運動(運動を主体から主体への移り変わりと限定した上で、更にその運動を性質の変化と量の増減と場所の変化の3つに区別する。場所の変化、すなわち移動なるものが今日私たちのいうところの運動)について考察した。これら三つの定義あるいは説明は概念と言葉を駆使した巧みな表現であるが、それらを数学的に表現し、実証的に測定するという試みにはつながらなかった。彼の自然学は自然言語を基に思弁的な考察を重ねたものだった。
 アリストテレスは運動を自然運動と強制運動に分け、さらに自然運動を2つに分類し、運動を次の3つに分類した。

秩序が乱されない運動、天球の回転運動(円運動)
地上の運動のなかで、ある乱された秩序を回復する運動(落下運動)
物体の強制的な運動で駆動力を必要とする運動
  
物体はなぜ落下するのか?物体は主成分が土で、土は元来下の位置にあるもので、土が元の位置に戻るために落下する。落下する物体の重さが重いものほど落下時間は短い。また物体の落下に要する時間は物体を取り巻く媒質の抵抗に比例する。
 第3の運動については、強制された運動、自然に反するこの種の運動には原因がなければならず、従って原因がなくなれば運動は終わる。馬車は馬が引くから動くのであり、馬のない馬車は動かない。接触しなければ力は作用しない。
 速さは駆動力に比例し抵抗力に反比例する。矢が弓を離れても飛び続けるのは駆動者の力が媒質を伝わって矢に働くからである。
 空虚な空間では運動に対する抵抗がなくなり、瞬時に移動しなければならない。そこでは物体はどのように運動すればよいかを知らない(物がないので駆動力も伝わらない)ことになる(真空の否定)。 
 このアリストテレスの運動理論は明らかに誤っていて、不合理なのだが、その誤りの指摘と別の考え方の模索の中の代表的なものを二つ挙げておこう。
(1)フィロポノス(6世紀):アリストテレスの『自然学』の注釈
 石や矢を十分遠くまで飛ばすことができないという事実を挙げて、アリストテレスの放物運動を批判した。彼は投げられた物体が運動を続けるのは、駆動者が動力を媒質にではなく、物体そのものに与えるからで、この「こめられた力(vis impressa)」が物を動かし続け、外からの抵抗がなくても、それ自体、次第に消耗し、やがて運動は止む。媒質は運動にとって抵抗としてのみ作用し、速さを遅らせる役割を担うと主張した。
(2)ビュリダン(1300-1358)のインペトス(impetus)理論
 物体に刻み込まれた動力をインペトスと呼び、これは本来、永続的、恒常的なものであって、抵抗によって弱められない限り、それ自身としては自然に消耗することはないと考えられた。このインペトスは物体の速さと物体の質量に比例すると考えた。ビュリダンによれば、「自由落下では重さが動力として落体内にインペトスを次々に与える。それが集積して増大するのに物体の質量は不変だから、運動はだんだん速められる。また宇宙の創成にあたって最初に神が天体にインペトスを与えたとすれば、天空には何の抵抗もないので、このインペトスは永久に保持され、天体の永久的な円運動が簡単に説明される。」