「時間」も「空間」も物質的実在ではない

 質量、電荷、エネルギーなどの物理量自体は物体に固有な属性、つまり、物体がもつ性質です。 一方、空間や時間は物理学者が自然現象を理解し、表現するための概念であり、物理量のように自然界にそのまま実在しているものではありません。
 相対性理論宇宙論に関する本には「時間や空間はどのように誕生したのか」、「空間による物質への作用」などの表現が溢れています。時間や空間は抽象的なものです。それらは物質と同じ意味で実在しているのではありません。実在しているのは時間や空間ではなく、重力場や電磁場です。そして、これらの場が物質に作用するのです。「光を使って空間(の距離)を測定する」という表現もよく見かけます。これは、空間を測定しているのではなく、光伝播現象の属性を測定しているのです。測定している対象は、あくまでも光に関する現象です。何を測定するかといえば、剛体の長さ、物体間の距離、変化する現象の周期などです。空間、時間そのものは抽象的な概念なので、それらは測定の直接の対象にはなり得ないのです。
 相対性理論の本には「空間が曲がっている」という表現が出てきます。これは「幾何学的空間が曲がっている」ことを意味しているのではありません。幾何学は数学の一部門ですから、物質とは無関係です。重力場で光の進路が曲がるので「空間が曲がっている」と表現しているだけのことです。相対性理論の時空間は、光伝播の経路(「測地線」)によって仮想的な目盛りが付けられています。この時空間は、数学における幾何学的空間ではありません。この曲がった「物質的空間」を抽象化したものが非ユークリッド幾何学に対応しているだけなのです。
 歴史的に考えれば、物理的空間と数学的な幾何学的空間は深い関係をもってきました。古代エジプトでは毎年ナイル河の氾濫で畑が破壊されて一面の砂地に変わりました。そのため、砂地からもとの田畑の区分けを再現するため、土地の測量(測地)が必要になりました。そのために開発された測量技術を数学的に抽象化し、体系化したのがユークリッド幾何学です。ガウスは、

ユークリッド幾何学が実際に地球上で成立しているかどうか、
あるいは、三角形の内角の和が実際に180度に等しいかどうか、

を実証的に確認するために測量を行いました。そして、彼は非ユークリッド幾何学の可能性を見出したのですが、無用の混乱を避けるためにその結果をあえて公表しませんでした。ユークリッド幾何学は絶対的真理として誰も疑うことはなかったからです(ニュートンもカントも)。
 ヒルベルトの『幾何学基礎論』では、幾何学の「点」、「線」、「面」に日常的な意味はないことが強調されました。それらを「椅子」、「机」、「鉛筆」などの言葉に置き換えても、論理的には何の問題もありません。これが形式主義であり、20世紀の主要な数学思想の一つとなりました。