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ターレスの幾何学と論証による説明

 現在はトルコ領内のミレトスで生まれたターレス(624-546 BC)は、気候や天体の変化は神ではなくて哲学者や科学者が説明すべきだと考えた。ターレスは物質がすべて水からできていると誤解したが、どんなものも同じ一つの基本的なものからできているという考え自体は誤っていなかった。それが証拠に、すべては素粒子からできていると今の私たちは信じている。ターレスは地球が丸く、月は太陽の光を反射して輝くと説き、日食を最初に予言したとヘロドトスは述べている。ターレスは数学、特に幾何学を生み出し、実際に幾つもの定理を証明している。
 アリストテレスはターレスの金儲けの話を伝えている。哲学は役に立たないと批判されたターレスは気象学の知識を使って翌年の夏のオリーブの収穫は豊作だと予測し、オリーブの圧搾機を事前に借り上げ、大儲けしてみせた。知識を上手く利用して金儲けをするときのプラグマティックで因果的な文脈と、幾何学の定理を数学的に証明するときの論理的な文脈を見比べると、因果的な文脈では「利用される知識」が主人公になり、論理的な文脈では主役が「探求される知識」であることが見事に浮かび上がってくる。プラグマティックな知識の利用とアカデミックな知識の探求の違いは既にターレスの時代から始まっていた。勿論、哲学者としてのターレスの関心はアカデミックな知識の探求にあった。現在の私たちは知識を利用し、情報を享受して生活している。
 ターレスの合理的精神は、エジプトから持ち帰った測量技術を鵜呑みにせず、徹底的に吟味して論理的に再構成し、知識のシステムをつくり上げた。これがギリシャ数学を生みだす源泉になっている。エジプトでは「円の直径はその円を二等分する」、「二等辺三角形の底角は等しい」、「対頂角は互いに等しい」ことなどが経験的に知られていたが、それらを最初に証明してみせたのがターレスだと伝えられている。既に知られている事実を単に受け入れるのではなく,より基本的な一般原理にまで還元し,そこから証明するという態度は神話、物語、伝承による説明と際立って違っており、この点においてターレスはギリシャの論証数学の第一歩を踏み出したのである。
 ターレスの定理と呼ばれる幾何学の定理を紹介しながら、論証がどのように展開されるかの一例を実際に見てみよう。「二等辺三角形の底角は等しい」という命題が証明する必要のない自明の命題なのか、それとも証明する必要がある命題なのかはさておき、次のターレスの定理はこの命題を前提することによって証明できることがわかる。

ターレスの定理
ACが円の直径で、BがAやCとは異なる円周上の点なら、角ABCは直角である。

証明: 下の図を参考にして、ターレスの証明を想い出してみよう。三角形の頂点から円の中心に線を引くことによって、二つの三角形ができる。いずれも円の半径を斜辺とすることから、二等辺三角形であり、それゆえ、それぞれの底角は等しい(前の命題)。それぞれの等しい底角をa、bとすると、a + a + b+ b = 180なので、 a + b = 90となる(これは算術の定理)。

 このような証明は経験的、直観的にわかることと論証によってわかることの違いを示すだけでなく、論証が因果的な変化を使ったものではなく、論理的な規則を使ったものであることを示している。物語の因果的展開とは異なる、証明の論理的展開が幾何学の本質であり、それをターレスが最初に具体的に表現してみせたのである。論証は前提と結論の間の論理的な展開であり、それゆえ、何を前提にするかが大切な事柄になってくる。誰が見ても疑うことができない、自明の前提から論証がスタートし、そこから結論が得られるなら、論証は大変優れた知識の獲得方法ということになる。だが、何が前提として相応しいかは最初から決まっている訳ではない。事実として与えられる因果的な原因とは違って、論理的な前提は論証する私たちが選ばれなければならないのである。