ブッダの合理的な思考

 合理的な思考、態度と科学的な思考、態度は同じではない。数学は合理的だが、実証的ではない。物理学や生物学は実証的だが、数学ではない。ブッダの思考は合理的だが、実証的でない部分が多い。科学がまだない時代ではこれは致し方ないこと。
 ブッダの教えはわかりやすく、合理的である。今までブッダの思考の合理的側面は軽視されてきたが、それは仏教が宗教であるという常識にとらわれていたためではないか。仏教学者やインド哲学研究者にとっては、当然ながら仏教は宗教の一つであり、科学的な仮説や心理学ではない。だが、仏教一神教でも多神教でもなく、「仏教は宗教である」という常識に縛られるとブッダの教えの本質部分が見えなくなる。そのような常識から解放されて、冷静に客観的に見るとその本質部分が浮かび上がってくる。そこで、その本質を具体的に考えてみよう。
 まずは、「道理に基づく教え=合理的な教え」である。仏教伝道に行く比丘に対して、ブッダは次の心得を伝えたと言われている。「初めも善く、中ごろも善く、終わりも善く、道理と表現とが備わった教えを説きなさい。」 (相応部経典1・4・1・5) 道理が備わった教えとは合理的な教えである。「言葉による道理の表現」はギリシャ哲学でも重要な事柄であり、合理性が論理と言語を正しく駆使することによって適切に具体化されることをブッダは認識していた。
 次は、「みごとに説かれた教え:理法」である。スッタニパータ第三章にはブッダは修行僧に対し四つの特徴をもった言説を説かねばならないと言ったと述べられている。四つの特徴を具えた言説とは次のもの。

1. みごとに説かれたことばのみを語り、悪しく説かれたことばを語らない。
2. 理法のみを語り、理にかなわぬことを語らない。
3. 好ましいことのみを語り、好ましからぬことを語らない。
4. 真実のみを語り、虚妄を語らない。

ブッダのこの四条件はSN450 詩に次のように繰り返し説かれる。

SN450 詩「立派な人々は説いた、
最上の善いことばを語れ。(これが上の1)
正しい理(ことわり)を語れ、理に反することを語るな。(これが2)
好ましいことばを語れ。好ましからぬことばを語るな。(これが3)
真実を語れ。偽りを語るな。(これが4)

スッタニパータを読むと最初にブッダが語ったことが述べられ、それが繰り返しの形で450詩にまとめられている。このことはブッダ原始仏教においてこの四つの条件がいかに重視されていたかを示している。条件2と条件4は真なる言説、真理に関するもので、合理的な知識に関する条件になっている。この条件は科学者に要求される条件の一部になっている。「好ましいことば」とは漢訳仏典では愛語と訳され愛情のこもった言葉のことである。条件1と条件3は善と愛であり、倫理的な内容をもっている。これらを総合すると、ブッダの教えは理知と倫理、さらに愛情を具えた教えであることがわかる。
 さらに、理法と真理について見てみよう。ブッダの教え(ダンマ、ダルマ=理法、法)は真理と不可分に結びついている。スッタニパータの詩を読むとそのことがよくわかる。

SN70詩「妄執の消滅を求めて、怠らず、明敏であって、学ぶこと深く、こころをとどめ、理法を明らかに知り、自制し、努力して、犀の角のようにただ独り歩め。」
SN327詩「真理を楽しみ、真理を喜び、真理に安住し、真理の定めを知り、真理をそこなうことばを口にするな。みごとに説かれた真実にもとづいて暮せ。」

 ブッダの教えはパーリ語ダンマ、サンスクリット語でダルマと呼ばれ、理法、法と訳される。上の二つの詩に見られるように真理と強く結びついている。ブッダは懐妊術や医術を行ったりしてはならぬと言う。その言説は今の私たちには理解しがたいように思えるが、当時は現在のような進んだ医学はない。詐欺まがいの医療行為が横行していた。また、当時のインド社会には呪術や呪術的思想がはびこっていた。アタルヴァ・ベーダの呪法と夢占いと相の占いと星占いとを行ってはならないことに力点が置かれている。ブッダは当時のインド社会にみなぎる呪法を「畜生の学」と呼び、弟子達に厳しく禁じたのである。このようなブッダの考え方や態度は現代の科学的精神に通じるものである。
 古くヴェーダの宗教的儀式においてマントラ(真言、呪)が神歌として用いられた。マントラはバラモン出身の修行僧によって仏教に持ち込まれた。ブッダは始めこれを禁じた。後に毒蛇を避けたり、歯痛・腹痛を治療させるための呪は方便として使用を許したと考えられている。この例にもブッダの科学的態度が読みとれる。紀元一世紀に諸仏を信仰する大乗仏教が誕生するが、ブッダ仏教が大きく変化したことを示している。
 ブッダは神々に対する信仰を否定した。SN1146詩で ブッダは「ヴァッカリやバドラーヴダやアーラーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去ったように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ。そなたは死の彼岸にいたるであろう。ピンギヤよ。」と言っている。原始仏典「出家の功徳」には 「人に幸福をもたらす呪文、神託を神に問う術、太陽崇拝、大いなるもの(梵天、あるいは地母神)への崇拝、幸福の女神シュリーを呼び寄せる術を断つことが比丘の戒律の一つです。」とあり、神への信仰や呪術が否定されている。初期の仏教では神々への祈願や信仰は否定されたことが中村元らの研究で判明している。仏教の基本原理である無常観や縁起説は科学と矛盾しない思想なのである。
 ブッダの教えは死後インド西北部にあったギリシャ人植民地のギリシャ人に受け入れられたことが知られている。ギリシャ人はギリシャ哲学が示すように合理的な思考をする人々である。彼らに受け入れられたことはブッダの教えが合理的であったことを意味しているのではないか。そのためか、ブッダの教えは当時のインドでは理解されなかった。これが後に大乗仏教密教と変容し、最終的にヒンズー教に吸収され、インドから消滅する理由だと考えられないことはない。ブッダの合理的思考態度は紀元前後に興起した大乗仏教ではなくなってしまう。