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サンガは「頭陀行」を実践するホームレス集団?

 まず、頭陀行(ずだぎょう)とは何か。ブッダをはじめとする出家僧はサンガ(僧伽)という集団をつくり、修行生活を送っていた。彼らは自ら生産活動に従事せず、村々を托鉢乞食することによって食べ物を得ており、定住する家を持たなかった。彼らは1日に1食の質素な食事による修行生活を送っていた。衣服は捨てられたボロ切れを縫い合わせた粗末なもの。彼らは家を持たず、大樹の下や岩窟の中で寝ていた。現在ならさしずめホームレス。だが、彼らは悟りと解脱という目的を持って出家していた。その目的のために小欲知足の禁欲的修行を実践し、野外生活を行っていた。目的のないホームレスではない。
 ブッダは80歳になって旅の途中で沙羅双樹(2本のサーラ樹)の間に横になり亡くなる。これは仏教徒には「偉大な涅槃」として捉えられているが、行き倒れの死と言えないこともない。後世、乞食の群れに混じって修行生活した有名な禅宗の高僧がいる。大燈国師(宗峯妙超、1282-1337)は京都五条の橋下で乞食の群れに混じって修行したという。また、乞食桃水(こじきとうすい、桃水雲渓、1605-1683)も有名である。
 初期の出家修行僧の少欲知足を理念とする修行生活は「頭陀行」と呼ばれ、次のような規則を守ることになっていた。ぼろ布を綴り合せた衣を着用し、食は乞食のみによって得る。家々を順にまわって乞食するが、えり好みはしない。坐をいったん立ったらもう食事をせず、おかわりはなく、食事は午前中一回のみ。人里離れたさびしいところ、大樹の下に住む。床の上や屋根の下には住まない。また、露地の上に住み、死体捨て場に住む。たまたま手に入れた座具や場で満足し、いつも坐ったままでおり、決して横にならない。
 頭陀行は出家修行者の理想的な生活態度とされた。小欲知足の頭陀行は、感覚を満たし、感情を煽る世俗の生活から離れるための方法である。この禁欲的生活によって渇愛や欲情から離れ、煩悩が消滅し涅槃に近づくと考えられた。このような頭陀行を実践した仏弟子として有名なのはマハーカッサパ摩訶迦葉)で、ブッダの死後サンガの実質的なリーダーとなったと考えられている。
 このような修行生活はインドのような暖かい地域だから可能だった。日本、中国のように冬の寒い風土では野外生活は寒くてできそうもない。食事も乞食に依存して生きる生活もインドのように修行者を支える社会風土ゆえに可能だった。その後時代が下がるにつれ仏教教団も国王や富豪の庇護を得て立派な僧院が建てられるようになる。こうなると僧院などに定住した修行生活に変化していくのである。
 ブッダに始まる初期仏教徒の原点は、頭陀行に見られるような小欲知足の禁欲的修行生活、いわばホームレス的修行生活にあった。ブッダ仏教の原点を論じる時、これは忘れてはならないことである。