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大乗仏教(5): 理性から感性へのシフト(理論から物語への手口)

 ブッダ仏教は理知的、禁欲的、そして倫理的だった。大乗仏教の革命はその枠組みを根底から改変し、より感性的に人心救済のための物語を数多く創作し、仏像を通じて人心の把握に邁進する。ここでは大乗経典の説法の舞台構成や装置を通じてパラダイムシフトを炙り出してみよう。ブッダの説法は文学化、演劇化され、人々の心を掴むことになる。
 ブッダの説法を伝承する原始仏教の経典の書き出しはどれも簡素で、「わたしはこのように聞いた」という導入文の後、すぐ本文に入る。だが、大乗経典になると、説法の場所、説法を聞きに集まった人たちが長々と叙述され、不自然、理不尽な表現が目立つようになる。代表的な大乗経典の大袈裟で文学的な表現をまとめてみよう。

無量寿経:説法者はブッダ、場所は霊鷲山、説法相手はアーナンダ、集まった人々はブッダの弟子12,000人と菩薩が無数。
観無量寿経 :説法者はブッダ、場所は王舎城内、説法相手はヴァイデーヒーとアーナンダ、集まった人々はブッダの弟子1,250人と菩薩32,000人、インドラ神、梵天、四天王。
阿弥陀経:説法者はブッダ、場所は祇園精舎、説法相手はシャーリプトラ、集まった人々はブッダの弟子1,250人、さらに菩薩、インドラ神、ブラフマンなど多数 

無量寿経観無量寿経阿弥陀経浄土三部経では説法の舞台構成は比較的簡単で、原始経典に近いところがある。しかし、多数の菩薩やインドラ神、梵天、四天王などバラモン教の神々が説法の場に仰々しく集まり、大乗経典の演劇的な特徴が既に出ている。

金剛般若経:説法者はブッダ、場所は祇園精舎、説法相手はスブーティ、集まった人々はブッダの弟子1,250人、菩薩多数 
宝積経:説法者はブッダ、場所は霊鷲山、説法相手はマハーカーシュパ、集まった人々はブッダの弟子8,000人、菩薩16,000人 
維摩経:説法者はブッダ、場所はアームラパーリーの園林、説法相手はシャーリプトラ、集まった人々はブッダの弟子8,000人、菩薩32,000人、シキン梵王とブラフマー神10,000人、インドラ神12,000人、その他 

 維摩経の説法の場では 修行僧(=ブッダの直弟子)の占める割合が13%、ブラフマー神や竜、夜叉などの神霊の占める割合が35% 、菩薩の占める割合が52%である。説法の場にはブラフマー神や竜、夜叉などの神霊などのインドの神々が大勢集まっている。

法華経:説法者はブッダ、場所は霊鷲山、説法相手はシャーリプトラ、集まった人々はブッダの弟子12,000人、菩薩80,000人、学、無学2,000人、比丘尼6,000人、神々の帝王帝釈天と従者の天子衆20,000人、四天王と従者の天子衆30,000人、その他数知れず 

 法華経の説法に集まっている者の総数は京(万兆)(10の16乗)という天文学的な数。そのほとんどはヒンズー教リグ・ヴェーダ時代以来の神霊や鬼霊の大群。大比丘衆(ブッダの直弟子)などの仏教徒は総合計でも極めて少数。原始経典では説法をする人はブッダであり、それを聞く人はブッダの弟子である出家修行者に決まっていた。だが、法華経の説法の場に集まっている者の中心は仏弟子ではない。その99.9%以上は目に見えないヒンズー教リグ・ヴェーダ時代以来の神霊や鬼霊の大群。説法の内容も物語や比喩を用いてわかりやすくなっている。法華経は菩薩や仏塔信仰を中心とした教えを説いた大乗経典の典型だが、説法の場に集まったリグ・ヴェーダ時代以来の神霊や鬼霊の大群を見ると、ヒンズー教の影響を受けて法華経が成立したことを物語っている。

十地経:説法者は金剛蔵菩薩、場所は他化自在天、説法者はシャーリプトラ、集まった人々はブッダの弟子1,200人、菩薩が無数

 十地経は初期の大乗経典。十地経は華厳経に取り入れられて華厳経の一章(十地品)になった。十地経の説法の場でブッダの弟子の占める割合が少なく、菩薩の占める割合が大きいが、これはこの経典が出家修行者のためでなく菩薩中心の典型的大乗経典であることを示している。十地経は華厳経(A.D. 350年頃に完成)の中核をなす経典。この経典ではブッダの開悟直後2週間後に説かれたとされている。この設定は華厳経と同じ。説法の場所はブッダが悟りを開いた菩提樹の下。普通仏教経典ではブッダが説法するが、この経典ではブッダは禅定中で、肉体を地上に置いたまま他化自在天(たけじざいてん、欲界の最高天)の宮殿に行っている。ブッダは直接説法せず、金剛蔵菩薩が仏の神力を受けて説法する。ブッダ菩提樹の下で開悟したが、その後しばらく何もしない。この時梵天が現れ、ブッダに説法を願うという「梵天勧請」が起こる。ブッダが始めて説法する(初転法輪)のは悟ってからなんと1か月も経った後である。ブッダは肉体は地上に残し、心は天上界にいる。ブッダは説法せず、黙って座っているだけである。ブッダの眉間にある白毫が突然光り輝き、菩薩の不思議な知力の光明というという奇跡が起こる。説法するのは金剛蔵菩薩。しかも彼は菩薩団の請願を受けてから説法を始める。彼の説法は自力ではなく、ブッダの本体が乗り移って金剛蔵菩薩の説法という奇跡が起こる。ブッダ大日如来に変身し、菩薩に神力を加えて説法するのである。華厳系経典ではブッダは人間ではなく法身仏であるビルシャナ仏である。十地経にはビルシャナ仏による「加持」という密教の概念が既に出ている。密教の本尊は大日如来である。このことは十地経と密教の密接な関係を示唆している。この経典にはブッダの弟子たちは一切登場しない。登場するのはブッダ、ビルシャナ仏、諸仏、菩薩である。
  大乗経典を見てくると、様々な疑問が湧きあがってくる。大乗経典の特徴はブッダの説法を聞きにあつまった修行僧(ブッダの直弟子)の人数が誇張されている。ブッダの弟子の総数は1,250名であったことがわかっている。原始仏典の場合でもブッダの弟子全員1,250名が1ヶ所に集まって説かれたような経典はない。だが、無量寿経無量義経の場合弟子の数は35,000名、12,000名、維摩経8,000名、とその10倍近くに増加している。集まった人数を増やすることによって説法の場を荘厳に劇化し、如何に重要な経典であるかをアッピールしようとする意図が見て取れる。
法華経般若経の説法の場所となった霊鷲山(りょうじゅせん)はマガダ国の首都である王舎城にある山。ブッダが愛し、よく説法した山である。だが、その山頂付近にはせいぜい数百人しか集まる場所がない。だが、無量寿経では12,000人、宝積経では8,000人、無量義経法華経では12,000人の大比丘衆が集まった。そんな狭い場所に万に近い多数の人が集まれる筈はない。つまり、いずれも創作ということ。
 古い経典ではブッダは聡明で魅力的な人間として描かれている。その説法は易しく合理的で、説得力があった。だが、大乗経典になるとブッダの身体的特徴や超自然的な能力が強調されるようになる。一番多いのはブッダの額の中心にあるとされる白毫(びゃくごう、白い綿毛のようなもの)が神通力によって突然光を放ち、宇宙全体を照らす現象が説法の際に起こることである。例えば、法華経、涅槃経、十地経、大般若経華厳経などで説法が開始される時に見られる。ブッダは超自然的力を持つ神的な存在として描かれるようになる。このようなことは原始経典にはなく、どの宗教にもみられる脚色であり、明らかなシフトである。
 ブッダの呼称は経典によって相当に異なる。ブッダは経典の中で様々に呼ばれる。原始経典テーラーガーター(長老比丘の詩)やテーリーガーター(長老比丘尼の詩)ではブッダは親しみを込めて呼ばれるが、大乗経典である維摩経や金剛般若経になると変化する。 維摩経では、ブッダは世尊、如来、シャーキャムニ世尊、シャーキャムニ如来、師、善逝と呼ばれている。金剛般若経では、ブッダは世尊、善逝とまとめられ出す。他の大乗経典になると、ほとんどは「世尊」という統一された呼び名に変わる。人間的な親しみ深い呼び名はブッダを神格化する上でも都合が悪いからである。
 ここで注目したいの「世尊」という呼称である。これはヒンズー教聖典「バガヴァット・ギーター」のヴィシュヌ神の呼び名と同じ。ここにも大乗経典とヒンズー教の間の密接な関係が示されている。これは大乗仏教が13世紀インドで滅んだ後、ヒンズー教に吸収された歴史的事実をうまく説明してくれる。事実、ヒンズー教の中ではブッダはヴィシュヌ神の9番目の化身だとされている。
 ブッダ仏教大乗仏教にシフトし、その大乗仏教ヒンズー教に吸収されていく。このような歴史的展開はキリスト教イスラム教には見出すことができない特異な点である。