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理系バカの歴史科学観

 私は歴史を学ぶ専門的な訓練など受けておらず、実際の歴史研究についてはずぶの素人。その素人が常に耳にしたのが歴史学と科学の違い。歴史学がれっきとした科学だと歴史を研究する人の多くが思っているだけでなく、遺跡や建造物の調査、古文書の実証的な研究、文献学などは、典型的な科学と言わないまでも知識を追求する真摯な研究であると歴史学者以外の一般の人々にも信じられている。にもかかわらず、歴史学と科学について問われた歴史学者は大抵「歴史学と科学は違う」と答えてしまう。
 ところで、宇宙論も進化論も自然科学の中の歴史科学。「科学は歴史ではない」という言明は今や遺産でしかないし、歴史を科学することに今では何の違和感もないのではないか。だが、意外にも歴史研究は科学的とは呼びかねる特徴をもっている。それも二つもある。一つは歴史事象が「因果的」であると前提されていること、もう一つは注釈を含む、歴史的な事象の解釈、歴史思想、政治や経済の歴史的考察が歴史研究と思われていることである。これらは歴史的事象についての直接的な説明ではなく、その説明についての説明と呼べるようなもので、歴史学の主役では決してなく、歴史学の補完にすぎない。
 科学的説明には二つの種類がある。物理学での二種類となれば、「運動変化の力学」と「何から構成され、どのような性質をもつかの物性論」とである。これは歴史学でもよく似ていて、「因果的な歴史変化」と「事象が何から構成され、どのような性質をもつか」との二種類に分かれる。ここでは運動変化や歴史変化の説明にだけ焦点を絞ってみよう。
 物理学は「因果性」を排除し、数学を使った論理的な推論によって現象変化を説明する。そして、数学的表現をもつ現象変化は後に因果的に解釈される。この解釈は現象変化を私たち自身がわかるようにするための方便で、「因果性」概念や「情報」概念が暗黙の裡に前提されている。それら概念を私たちが知っている、わかっていると仮定した上で解釈がなされ、それによって自然現象が「わかった」という風に判断される。数学的表現だけで「わかった」と思うには物理学者としての訓練が必要で、物理学者でない私たちは因果性概念の助けを借りて「わかった」という体験をするのである(統計概念も同じなのだが、例えば「40%の確率で雨が降る」という言明を解釈して「わかった」とはなかなか行かない)。
 歴史の解釈は歴史的な事象と違って因果的ではない。それは歴史の注釈、解釈であり、実際の歴史が時系列的な出来事の生起であるのとは違っている。出来事の原因と結果を明らかにするのが歴史の探求であり、歴史的に事実を確定することが歴史学の使命である。遺跡、遺物、古文書等の資料から歴史を再構成し、確定することが歴史家の実際の仕事なのだが、歴史の因果的な再構成には因果性や因縁といった概念を前提にしなければならない。歴史家に因果関係とは何かを尋ねても無駄だと誰も知っている。歴史家は因果関係を確定することが仕事で、因果関係の意味は哲学の仕事だと思っている。因果関係とは何かを確定するにはそれを知悉していなければならない。だが、それは謎のまま。因果性概念を使わないで歴史が「わかった」と思う歴史家はおらず、因果性を使わずにわかろうとする物理学とは基本的に異なることになる。
 物理科学は因果性を解釈の場面でしか使わない。むろん、実験や観察は常識的な因果性を前提にしているが、理論には因果性が主要概念として入っていない。物理学の理論には「因果性」概念がないのである。だが、歴史学では因果性が必須の概念として必ず入っている(あるいは、そう思われている)。解釈ではなく、理論的な推論に不可欠なのが因果性だということになっている。本当にそうかどうかは私にはわからない。歴史的事象の因果連関を暴くのに因果性概念を前提にするとは、所詮歴史学は論点先取気味の研究だと言われても仕方ないことになる。
 科学は未だにほとんどの現象について予測できない。つまり、科学には未来が未知で、何が起きるか予知できない。地震や台風だけでなく、多くの現象は予測できない。ところで、「歴史学の仕事は予測ではない」というのが常識。だから、当然のこととして歴史研究は未来についての研究ではない。さて、ここで歴史研究の訓練を受けていない理系バカの疑問を見てみよう。
 その疑問とは「未来がわからないなら、どうして過去がわかるのか」という問い。この問いは小学生の、しかも低学年の児童しかしないようなもの。科学理論のほとんどは時間対称的(time symmetric)。時間対称的であるとは、未来を知る仕方と過去を知る仕方は同じということ。まともな理論はほぼすべて時間対称的であることから、「過去は未来と違い、未来を予測するのとは違った仕方で研究されるべきである」というのは根本的な誤りということになる。歴史科学が「過去と現在や未来は違う」という主張をするなら、その主張は明らかに誤りとなる。だが、「未来と過去は同じように説明できる」という主張が正しいと思う歴史家はまずいない。
 未来を知る仕方と過去を知る仕方が同じではないと歴史家が言うなら、歴史学は物理学と両立しないことになる。これを字句通りに受け取るなら、大問題である。「AならばB(A→B)」の一般的な説明は次のようである。前提や仮定がAで、そこからBが導出されるなら、事象Bが説明された、あるいはBが予言された、と言われる。これが科学的な説明の基本中の基本。科学でなくても、「ならば」が因果的でなくても、「AならばB」が成り立つなら、Aを前提にしてBが説明されたと言って構わない。「ならば」が論理的に正しく使われれば、BがAを理由、前提にして説明されたと言うことができる。実験室でも法廷でも同じように通用するのが「ならば」で、それが因果的であれ論理的であれ、適切にBが導出できれば「Bだとわかった」と主張することに何の問題もない。数学から日常生活まで「ならば」の使用範囲は大変広い。「ならば」を正しく、巧みに使いこなすことによって、私たちは「わかった」と実感し、知識を増やすのである。
 「A→B」のAとBの間に関数関係で表現されるような関係が推測されるなら、AとBで指示される肝心ないくつかの出来事の間にその関数関係が成り立つなら、その関数関係は自然法則とみなされ、反証されるまで半ば機械的に適用される。これは物理学の理論が古典的な場合。非古典的な量子力学の場合は法則が見つかっても、AとBの間の関係は確率的。また、法則が推測できない場合は古典的、非古典的を問わず、法則は確率的になり、統計的な推測が行われることになる。計量的な社会科学の理論のほとんどは統計的で、「ならば」は確率的でしかない。統計法則を「わかる」には今のところ「頻度」か「信念の度合い」かしかない。
 「ならば」を因果的に解釈すると言ったとき、「因果性」の定義が問題になる。残念ながら、「因果性」の定義の決定版はなく、恐らく決定版は不可能というのが現在の相場である。だから、科学革命以来、科学者たちは曖昧な「因果的」という表現を避け、それを使わないように工夫してきた。数学を使って自然現象を表現することの哲学的意義は「因果性」にコミットしないで、因果的な現象を説明し、わかろうという点にある。だから、数学は因果的でなく、時間を超えている。物理的な現象を数学化して表現することは因果的現象を論理的な組み合わせによって再構成することである。
 さて、このような理系バカの立場を徹底して、歴史的な説明を眺めてみると、歴史にだけ独特な説明などないことになる。歴史が数学化を拒むのであれば因果的事象を「因果的に」説明することになり、「因果性」の定義がない以上、歴史的説明は日常生活の常識の域を超えないことになる。
 「未来の予測ができないなら、過去の説明もできない」というのが理系バカの信じて疑わない説明の図式。だが、歴史家はこのような単純な立場を決して取らない。歴史には特有の説明様式があると考えているようで、未来は自分たちの研究領域ではないと信じている。未来の説明と過去の説明は根本的に異なるというギリシャ以来の常識をそのまま踏襲しているようで、その常識に異議申し立てをしないのである。一方、確率概念を使った統計的な説明については過去、現在、未来の事象について何ら区別をしない。つまり、統計的な説明について歴史家は科学に異議申し立てをしないのである。