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大乗経典(1)

 浄土宗は『観無量寿経』、浄土真宗は『無量寿経』、 時宗は『阿弥陀経』をそれぞれ最も大切な経典としてきました。これら三つの経典は「浄土三部経」と呼ばれ、日本の大乗仏教の中で重要な役割を演じてきました。浄土三部経には阿弥陀仏のことが集中的に説かれています。
 浄土真宗の宗祖親鸞は「それ真実の教を顕さば、すなわち「大無量寿経」これなり」(『教行信証』)と述べ、7,000余巻のお経の中で真実の経(釈尊の本心が説かれている経典)は『無量寿経』ただ一つであると断言しています。では、その『無量寿経』はどんなお経なのでしょうか。『無量寿経』は、略して「大経」。釈迦はこの経典の初めに、「如来、世に出興する所以は道教を光闡し、群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり」と述べ、「私がこの世に生まれ目的は、一切の人々を絶対の幸福に導く、この経を説くためだった」と宣言しています。釈尊の本心が説かれているのがこの経典ということから、『無量寿経』以外のすべての経典は方便に過ぎないということになります。さらに、『無量寿経』の終わりには、「やがて、『法華経』など一切の経典が滅尽する、末法・法滅の時機が到来するが、その時代になっても、この『無量寿経』だけは永遠に残り、ますますすべての人々を絶対の幸福に導くであろう」と言い切っています。このようなことが説かれているのは、一切経多しといえども、阿弥陀仏の本願が説かれている『無量寿経』以外にはなく、親鸞はそこに注目した訳です。

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 (熊皮の御影)

 次に、『観無量寿経』はどんなお経でしょうか。『観無量寿経』は、略して「観経」ともいわれます。「王舎城の悲劇」で有名な、韋提希夫人へのご説法が記されています。釈尊在世当時、マガダ国の王・ビンバシャラ王の妃・韋提希(イダイケ)夫人は、わが子の阿闍世(アジャセ)によって、七重の牢に閉じ込められます。この時、釈尊は「このたびは特に大事な話をしよう」と言われ、大衆を前に霊鷲山で『法華経』の説法をしていました。しかし、牢獄で苦しむ韋提希夫人の救いを求める声に、『法華経』の説法を中断して、王宮に来られ、弥陀の救いを説いたのです。これは弥陀の本願こそ、釈迦一代の仏教の目的であることを示しています。
 最後は『阿弥陀経』。『無量寿経』を「大経」というのに対して、『阿弥陀経』は「小経」といわれます。ここには阿弥陀仏と極楽浄土の様子が詳しく説かれています。普通の経典はだれかの質問に答える形で説かれていますが、『阿弥陀経』だけは「無問自説の経」といわれ、釈尊の問わず語りの説法になっています。自ら説かずにいられなかった気持ちが表現されているという訳です。

 さて、『無量寿経』の現代語による内容を少々丁寧に述べてみましょう。
 阿難は釈迦のそばにいつも仕えてきた弟子です。でも、他の弟子たちが次々と悟りを開いていくなかで、阿難はまだ悟ることができませんでした。ある日、釈迦は王舎城という町の耆闍崛山という場所に来て、数多くの弟子とすばらしい菩薩に囲まれていました。阿難も随行し、いつものように釈迦のそばにいました。その日の釈迦の姿はこれまでに見たことがないほどうるわしく、阿難はそれをほめたたえ、その理由を尋ねました。釈迦は次の教えを説くためだと言われました。教えを心をこめて説くとき、説く人は法悦にひたります。その人が説いているようであっても、実のところは「教え」がその人に乗りうつって音になっている、とも言えるもので、説く人はその教えをいただく喜びにあふれ、顔色はかがやき、声はひびきわたります。
 その日の釈迦の様子もそれと同じで、今から説く無量寿経の教えに、釈迦はひたっていました。そして、その教えを阿難は聞くことになるのです。
 釈迦の説法がはじまり、阿難はその説法を聞き始めます。
 昔、世自在王仏(せじざいおうぶつ)という仏がいました。ある国王が世俗を捨て、その仏の弟子になり、法蔵菩薩と名乗りました。法蔵菩薩は師である世自在王仏の前に出て、自分はすべての衆生を救いたいと言いました。そこで世自在王仏は、数々の模範となる仏の活動を示しました。法蔵菩薩はそれらについて五劫という長い時間をかけ思惟しました。法蔵菩薩はそれをもとに四十八の誓いをたて、修行を重ね、四十八の本願を実現しました。そして、法蔵菩薩阿弥陀仏となりました。
 でも、その「本願」を聞いただけでは、阿難はまだその真意がわかりませんでした。
 釈迦の説法はさらに続きます。願いが実現して法蔵菩薩はいま、西方の極楽にいます。その名は無量寿仏(=阿弥陀仏)です。その世界では、本願に誓われたようなきらびやかな風景が実現されています。阿弥陀仏の光は人を目覚めさせる力を持ち、その阿弥陀仏の寿命は無限です。阿弥陀仏の国には多くの聖者がおり、宝の大樹があり、立派な建物があります。その国には苦痛が一切なく、人々は神通力を使い、その世界は色鮮やかな蓮華に満ち、あらゆる存在が真理を説いています。ただ念仏すれば、この国では何でも実現できます。阿難は「本願」の実現した姿を、釈迦からこのように聞いたのでした。それでも、阿難にはその真意が理解できませんでした。
 釈迦の説法は続きました。阿弥陀仏の国に生まれる人に上・中・下の三種類があります。上の人は、出家してあらゆる仏道修行をおさめて、この国に生まれようと願います。中の人は、在家のままで仏を拝んで功徳を積んで、この国に生まれようと願います。下の人は、まったく功徳を積まなくとも仏を念じて、この国に生まれようと願います。上・中・下の違いにかかわらず、これらのすべての人は阿弥陀仏の国に生まれることができます。世界中の仏が、阿弥陀仏を供養しその国に行くよう弟子たちに勧めています。阿弥陀仏の国では観音菩薩勢至菩薩が人々を教え導き、その国の人々は、自由自在に仏を敬い、法を聞いて、悟りを得ます。「本願」成就の世界にどのように自ら行くことができるのかを、阿難は改めて聞いたのでした。また自分の周りの数々の人が阿弥陀仏の国に行くのを勧め、阿弥陀仏の世界で活動し、自分もその仲間に入ることができることを聞いたのでした。
 それでも阿難には、その真意がわかりませんでした。
 すると、釈迦は聴衆の中にいた弥勒菩薩にむかって説きはじめました。「私がいままで説いてきたように、阿弥陀仏の国はこんなにもすばらしい。あなた方もぜひとも、この国に生まれるべきです。この世界のありさまを改めてよくご覧なさい。この世界では、人はみな俗事と財産を求め、互いに憎み合い、善をなせば福を得ることを知りません。このようなこの世界を遠く離れ、阿弥陀仏の国に生まれることを願いなさい。また、この世界には五つの悪があります。一に、人々が争い殺し合います。二に、人々が規律を破り道徳を守りません。三に、寿命に限りがあり、死を経験しなければなりません。四に、言葉をもって人を裏切り嘘をつき軽くあしらいます。五に、人々は怠け者で善を修めません。その報いとして現世では罰を受け、来世では苦しい生を受けます。」弥勒菩薩は、「おっしゃるとおりです。そのように心に止めたいと思います」と真摯に受け止めました。
 これを聞いた阿難はどう思ったでしょう。
 そのときやっと、阿難の心に一筋の信心が生まれました。この自分の姿を深く悲しみ、その私のために用意された阿弥陀仏の「本願」に、深い喜びの感動を感じていました。阿難は、阿弥陀仏の国を一目見たいと深く願って、南無阿弥陀仏と念じました。すると、阿弥陀仏は大光明を放ちました。阿難の眼にその国が見えたのです。釈迦の言葉によって、阿難と弥勒菩薩は次のことを確認しました。その国には金の宮殿の中に五百年のあいだ閉じこめられる者がいます。それは仏の智慧を疑う者たちで、五百年間、仏に会えず教えも聞けません。仏の智慧を信じる者たちは、宝の蓮華の中に生まれて、すぐに教えを聞けます。さらに、釈迦は弥勒菩薩に言いました。私たちの世界からは67億のおまえのような菩薩、その他数えきれない人々が、その国に往生するでしょう。それ以外に、いろいろな世界から、数えきれない人々が往生するでしょう。このように阿弥陀仏の国は、数えきれない多くの人の救いなのです。
 釈迦は弥勒菩薩に言いました。今の阿難のように阿弥陀仏の名を聞いて、阿弥陀仏の本願の真意のありがたさに歓喜して、南無阿弥陀仏と一念すること、これこそがこの人生最高の功徳です。たとえこの世に火が満ち満ちていようとも、それをかき分けてでも、この人生最高の功徳を得るべきです。弥勒よ、あなたはこの教えを信じて、人に説き、自らも行じなさい。この教えを説いた私が死んだ後とて、この教えによれば救われます。私が説いた他の教えを伝える者がすべて亡くなり滅んだとしても、この教えによれば救われます。この教えはなかなか聞けないものです。信心はなかなか生じないものです。南無阿弥陀仏もなかなか続けられないものです。難しいうえにも難しいことです。それを今、おまえはこのように聞きました。さあ、信心を生じて、南無阿弥陀仏を続けなさい。そのとき、聴衆はみな信心を起こして種々の悟りを得、奇瑞が起こって、聴衆たちは一人残らず歓喜しました。

 21世紀に『無量寿経』を普通に読んでも、それは単なる物語。それも実につまらない、退屈な物語というのがたいていの人の感想ではないか。読むだけなら、21世紀でなくても誰にも感銘は与えそうにない。荒唐無稽としか言えない内容、そこに宗教や信仰のエッセンスを見出すことなどできそうもない。
 経典は権威づけの方便でしかなく、真に必要なのはその経典をどのように儀式に利用するかの演出能力、というのが現在の人々の受け止め方。この経典内容だけによって信仰をもつことはまず無理で、身体的な実践や説法の際の個人的な魅力が不可欠。一流の役者は人々を魅了する魅力をもつものだが、そのような魅力をかつての聖職者たちはもっていたはずで、その個人的な魅力が経典の内容を脚色し、あたかも経典の主人公擬きの役割を果たしたのではないのだろうか。現在とはまるで異なる社会状況の中で、一流の俳優が立派な舞台で経典を使って巧みに説法すれば、多くの人はそこに光明を見出すはずである。それに卓越した一人が親鸞と思うのは私だけか。