発見、理論、意味:微調整からパラダイムシフトまで

 私たちの周りには謎が溢れ、解明したいことが山積している。問題を解いて何かを発見し、それを理論として形式化する。そして、その理論が何を主張しているかを明らかにし、理論の応用や教育をする。この一連のサイクルは「謎、理論の作成、理論の意味」からなっている。「理論の意味」が重要なのは、意味の解明が世界の姿を明らかにし、次の謎を生み出すからである。

(1)謎の解明:発見
 発見の(アブダクティブな)推理を使って、仮説を設定し、発見や謎の解明に至る。科学者個人の謎との出会いがあり、その謎に刺激され、それを解明しようと思い、探求が始まる。このような話が普通の発見物語の骨子である。この発見部分がもっぱら強調されるのが科学史の記述で、そこには様々なエピソードが見出される。
(2)理論の構築
 発見した情報は知識として形式化される。発見は閃きと興奮をもたらすが、その発見の理由や根拠を理屈をつけて示さなければならない。その常套手段が理論構築。理論をつくり、その理論を使えば、謎が論理的に説明できることを示すのが理論をつくることの目的である。
(3)理論の意味:教育と応用のために
 新理論が何を述べているか、理論の意味を明確にする必要がある。理論が世界について何を主張しているかが明らかになれば、それを教育と応用に生かすことができる。理論の内容が自然言語や常識概念という生活世界の装置とどのような関係になるかは、理論の意味の重要な一部になっている。

 理論の主張や意味を詳細に調べることによって、理論の不完全さや矛盾、適用範囲を洗い出すことができる。それが新しい謎を生み出し、(1)へとつながる。つまり、世界の現象という外からの謎と理論のさらなる追求という内なる謎の両方が上の(1)、(2)、(3)のサイクルを動かし続ける。その変動が極度に大きく、既存の理論の修正や訂正で済まない場合、パラダイムシフトが起き、いわゆる科学革命につながる。

 これまでの話を絵画や音楽についても適用し、比較してみよう。絵画や音楽のいずれについても、

(1)課題発見と作成(謎の解明:発見)
(2)作画、作曲(理論の構築)
(3)作品評価(理論の意味)

が、科学の場合に対応して考えることができる。画家も作曲家も日常世界の因果連関の中で、それを超越するような仕方で課題を発見し、傑作を生み出していく。自らの課題を見つけ、それをどのように実現、表現するかに苦しみ、作品がつくられる。このレベルはまだ画家や作曲家の個人的レベル。次に問題になるのは、つくられた作品の評価。画家や作曲家にとっては自らの作品の自己評価はあるにしても、それはあくまで自己評価。科学理論の作成も似たようなもので、それが意味のある理論、現象を説明する有意味な理論であるためには別の眼が必要となってくる。
 このようにみてくると、(1)と(2)の一部は科学者、画家、作曲家たちの個人レベルの事柄、(2)の一部と(3)は個人ではなく、言語、知識、情報、コミュニケーションが加わった社会的、文化的なものであることがわかる。意識、知識、世界が絡み合っていることを容易に見て取ることができる。

 科学理論とその主張、芸術作品とその主張のそれぞれの例は歴史の中にたくさん存在している。ミケランジェロの彫刻作品、ニュートン古典力学ブラームスの音楽作品など…。異なる主張、矛盾する主張が混在していても、それらは歴史的に繋がっている。