四季がなくなる

 地球温暖化とやらで、日本の四季は次第に薄れ、二季に移行しているという。温帯から亜熱帯へと日本列島の気候がシフトし、これまで均等に分けられていた四つの季節が夏と冬の二つの季節に変わりつつあると聞く。むろん、夏と冬、あるいは雨期と乾期になるのは随分と先のことだとしても、私たちの生活は大きな影響を受けることだろう。
 四から二へシフトするとすれば、引き算で季節の数が減ってしまう。四季に応じて変えていた生活スタイルは二つになり、当然他の二つは省かれることになる。季節に応じた衣食住は大雑把になり、これまでの行事は当然減っていくことだろう。それでも二つあれば幸せというもので、たった一つしかない地域も多い。季節の味覚も衣替えも楽しめない。
 季節の変化を味わう楽しみも減り、年に四度も楽しめた季節の変化が減ってしまったら、何かとても損をした気分になるのは私だけではあるまい。桜、紫陽花、向日葵と花を愛で、紅葉狩りを楽しみ、雪見酒に酔う、そんな縦横無尽の欲望の充足は四季がなければ望むべくもない。よくよく考えれば、随分と贅沢な話である。
 だから地球温暖化はまずい、温暖化させない工夫が私たちの責務、と叫ぶのも何か子供じみていなくもない。遥か昔の日本の気候は四季などなく、世界中の気候はまるで異なっていたと大袈裟に考える必要もないが、氷河時代があったのは確かだし、それが繰り返すこともわかっている。
 このような呑気な反復をじっと待つ必要などないのだが、私たち人間の文化や習慣など実に脆く、砂上の楼閣のごときものだということも確かなことである。夢や幻に一喜一憂するのが、実は移ろう季節の中で生きる人の本性なのかも知れない。

f:id:huukyou:20161211070120j:plain

歌川広重 名所江戸百景 亀戸梅屋舗)

f:id:huukyou:20161211070218j:plain

歌川広重 名所江戸百景 大はしあたけの夕立)

f:id:huukyou:20161211070338j:plain

歌川広重 名所江戸百景 京橋竹がし)

f:id:huukyou:20161211070441j:plain

歌川広重 名所江戸百景 浅草金龍山)