生物の多様性と外来生物

 生物多様性という考えのなかで外来生物を捉えると、私たちの対応に仕方が見えてくる。

1 生物多様性
 帰化生物の防除の説明に必ずといってよいほど登場するのが「生物学的多様性(biological diversity)」、あるいはそれを省略した「生物多様性(biodiversity)という概念で、便利な概念として流行してきた。そして、それぞれの地域に固有の生物相がもつ多様性を守るために、外部からその地域に侵入してきた外来生物を駆除する必要がある、という主張のために生物多様性という概念が使われてきた。これが今ではほとんど常識化した説明となり、生物多様性は科学的にも、社会的にも認められた概念で、信頼して使ってよいと誰もが思うようになっている。そして、自然環境に関する法律や政策もほぼこの概念の上につくられてきた。「人には心がある」という主張が常識として社会的に認められているのと同じように、「生き物は多様である」という主張も疑われることなく自明のものとして受け入れられている。 その上、「心は尊重されるべきである」と思われているのと同じように、「多様さは守られるべきである」と信じられている。生物多様性はその意味で純粋にアカデミックな概念というより、「地球温暖化」、「環境保全」、後述の「生命の質」や「自然の質」等とよく似た人間社会に密接に結びついた概念なのである。環境保全のために駆除される罪はオオハンゴンソウにあるのではなく、それを帰化させた人間や社会にあることを肝に銘じて、オオハンゴンソウを防除する根拠としての生物多様性を再確認しておこう。
<「生物多様性」概念導入の歴史>
年         事柄
1972 メキシコの生物学者A.ゴメス・ポンパらが論文「熱帯雨林:再生不能な資源」発表
熱帯雨林が破壊され、生物種の大量絶滅が起こっていると警告)
1979 イギリスの生物学者N.マイヤーズが『沈みゆく箱舟-種の絶滅についての新しい考察』刊行(生物の絶滅の速度は20世紀に飛躍的に増大し、年間1,000種類にも達していると強調)
1980 熱帯生物学者トマス・E・ラブジョイが「biological diversity」という語を初めて使う
1981 アメリカの生物学者P.エーリックとA.エーリックが『絶滅のゆくえ-生物の多様性と人類の危機』刊行
1986 「生物多様性に関するナショナル・フォーラム」(ワシントンで開催され、生物多様性という語が誕生)
1988 E.O.ウィルソンが上記のフォーラムの報告書『生命の多様性』を発表(「生物多様性こそが、この世界を私たちが知っているままの状態で維持するための鍵である」)
1992 環境と開発に関する国連会議、生物多様性条約の採択
1993 生物多様性条約発効(日本も批准)
人間の活動が生み出す生物種の大量絶滅と衰退、それによる生物相や生態系の大規模な変質の危機を表現するためにつくられたのが「生物多様性」という概念で、絶滅や衰退を回避することが目指されている。1992年の条約では、「生物種内の多様性(例えば、個体差)」、「生物種間の多様性(例えば、種差)」、「生態系の多様性(例えば、地域差)」の三つのレベルの異なる多様性の重要さが指摘されている。

2外来生物
 本来の生息地域から生息していなかった地域に人間が持ち込んだ生物が外来種である。だが、人為的な要因以外によって入り込んだ生物、例えば「渡り鳥」は外来種として扱わない。反対に、元来その地域に自然分布していた生物は在来種(在来生物)と呼ばれる。外来生物法では「外来生物」とは国外からの外来種のみを指し、「外来種」とは由来の国内・国外を問わず、本来の生息地域とは違う地域に生息している生物を指す。
 外来種が入り込む過程には、意図的にその生物を導入する場合と、意図せずに侵入を許してしまった場合がある。例えば、毛皮の利用のために家畜として輸入されたヌートリアなどは前者にあたり、海外からの船に住みついていたドブネズミが日本に上陸し、定着した例などは後者。
 元来日本に生息していた生物でも、本来生息していなかった地域に人為的要因によって入り込んだ生物は外来種とみなされる。例えば、イタチは本州や四国、九州などに生息する在来種だが、伊豆諸島の八丈島などにはネズミの捕食者として人為的に導入され、定着している。そうした地域のイタチ個体群は外来種。このように、外来種には国内で自然分布域外に入り込んだ国内由来の外来種と、国外由来の外来種に分かれる。
 日本で野外に定着している国外由来の外来種は、わかっているだけで約2,000種に達している。哺乳類では28種の国外由来の外来種の定着が確認されている。今や身近な生き物で、主要な農業加害動物であるハツカネズミ、クマネズミなども国外由来の外来種である。
 外来種はそのすべてが人間生活に悪影響を及ぼすものではない。だが、外来種の中にはその競争能力、繁殖能力の高さや、強い捕食性によって、農林水産業において被害を出したり、在来種の生息に悪影響を及ぼすものがある。また、外来種の中には、人と動物の共通感染症の感染源となるおそれがあるものもある。外来種がもたらす被害には大きく分けて、(1)農林水産業被害、(2)生活環境等被害、(3)生態系被害がある。 例えば、アライグマは雑食性の外来哺乳類で、各地で分布の拡大や生息数の増加が見られ、スイカや養殖魚等への農林水産業被害だけでなく、家屋の天井裏に侵入し、糞尿や騒音等による生活環境等被害ももたらしている。さらに原産地の北米大陸では、狂犬病やアライグマ回虫症などの感染症の媒介が社会的な問題となっており、経口ワクチン入りの餌の散布など大規模な対策が実施されている。その他、その旺盛な食欲により、日本在来の生物を著しく減少させ、生態系をかく乱させてしまうおそれがある。例えば、魚類ではブラックバスの在来魚類等の捕食による生態系被害や漁業被害が有名である。また、淡水性の貝類であるカワヒバリガイは、水道管に密生して固着することで、通水障害を引き起こすといった生活環境等被害を引き起こしている。
 外来生物による生態系等への被害が拡大していることを背景に、平成 17 年6月に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(外来生物法)が施行された。外来生物のうち、生態系や農林水産業、人の生命・身体に被害を及ぼしているものや及ぼすおそれのあるものを対象として、その輸入や取扱を規制することにより野外への新たな侵入を防ぐとともに、必要に応じて防除等の措置を講ずることにより、被害を防止することを目的としている。この外来生物の指定区分には「特定外来生物」、「未判定外来生物」、「種類名証明書の添付が必要な生物」の三区分がある。
 明治時代以降に日本に入り込んだ外来生物の中で、農林水産業、人の生命・身体、生態系へ被害を及ぼすもの、又は及ぼすおそれがあるものの中から、平成 22 年3月1日現在、85種類の動物と12種類の植物が「特定外来生物」に指定されている。特定外来生物に指定された種のうち、すでに日本国内に侵入し、被害を発生させているもしくはそのおそれがあり、被害防止のために必要な場合には、国、地方公共団体、民間団体等は防除をすることができる。