預言と予言:「ヨハネの黙示録」

 映画「オーメン』といえば、1976年に第1作目が公開され、全世界を恐怖の渦に巻込んだホラー映画。その後、続篇が続く。
オーメン」(The Omen、1976年)
オーメン2/ダミアン」(Damien: Omen II、1978年)
オーメン/最後の闘争」(Omen III: The Final Conflict、1981年)
オーメン4」(Omen IV: The Awakening、1991年)
オーメン」(The Omen、2006年)(R-15指定)

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 2006年に5作目ができ、第1作目と全く同じタイトルで公開された。主人公は、勿論、呪われた悪魔の子「ダミアン」。 「ヨ八ネの黙示録」第13章は、やがて世界を支配する「獣」と呼ばれる男の出現を警告し、「ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、その数字は666である。」と書かれている。人間を指す「666」という数字には、どんな意味が込められているのか。幼くして聡明な主人公ダミアンが、やがて自らが預言された獣であることに気づく。証拠は頭皮にあり、髪に隠れた、生まれつきの奇妙なアザがあり、それが悪魔の数字「666」だった。呪われた運命を背負っていることに気づいたダミアンは、魔王の声が導くまま成長し、ついには米国大統領顧問になり、世界の覇権を握る。
 映画はフィクションだが、預言は神の言葉。それを信じる人間によって、言葉は命を得て、世界を動かしていく。「ヨハネの黙示録」は、新約聖書の一番最後の書。著者のヨハネが見た未来の光景を描いたとされるこの書には、戦乱や飢饉、大地震など、ありとあらゆる禍が書かれているだけでなく、天使と悪魔の戦いや最後の審判の様子も記されている。
 この書ができたのは、ローマ帝国ドミティアヌス帝の治世末期の紀元96年頃、あるいはネロ帝の治世末期である68年頃と考えられている。いずれの皇帝も、キリスト教徒を迫害していた。著者のヨハネは迫害に遭い、エーゲ海の孤島パトモス島に流されていた。ある日、ヨハネは神の啓示を受け、未来の出来事を目にする。それを書き留め、小アジアにある7つのキリスト教信者の団体へ手紙を送ったという設定になっている。
 ヨハネの見た啓示は、次のようなもの。天の玉座に神がいて、周囲を24人の長老と、ライオン、雄牛、人間、鷲(わし)にそれぞれ似ている4つの生き物が取り囲んでいた。神の手には巻物があり、7つの封印で封じられていたが、7つの角と7つの目をもつ小羊が一つひとつ封印を解いていく。小羊が封印を解くごとに禍が地上を襲う。小羊が第7の封印を解くと、世界が沈黙につつまれた後、7人の天使が現れて、一人ひとりにラッパが与えられた。今度は天使が一人ずつラッパを吹くたびに禍が地上を襲う。第7の天使が最後のラッパが吹くと、最後の審判が予告される。

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(『ベリー公のいとも豪華なる時祷書(Très Riches Heures du Duc de Berry)』に描かれた、パトモス島の福音書記者ヨハネの図。王座の周りを四人の熾天使セラフィム)が囲み、24人の長老が両側に座る。)

 さらに、7人の天使が7つの鉢に入れた神の怒りを地上に注ぎ、世界に終末が訪れる。救世主イエスが再臨し、神を信じ正しい行いをした人々は復活し、ともに地上を1000年間統治する。1000年後に悪魔が再び現れるが、天から炎が降り注ぎ、滅びる。これが本当の世界の終末。最後の審判で「命の書」に名前のない人は地獄に落とされ、名前のある人は天国に昇ることができる。そして最後に、救世主イエスの再臨はまもなくだと伝え、黙示録は終わる。

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(カラヴァッジョ「洗礼者聖ヨハネの斬首」 サン・ジョバンニ聖堂)

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(エル・グレコ「黙示録第5の封印」メトロポリス美術館)

 「ヨハネの黙示録」の解釈には昔から議論が尽きない。それは黙示文学というわかりにくい形式で書かれているため。「黙示」とは、覆いを取り去って、隠されていたものを明らかにするという意味だが、人間が直接知ることのできない世界の始まりや終末、神の意志といったものを、たとえ話を使って説明するのが黙示録の形式。そのためか、「ヨハネの黙示録」には象徴的な数字や生き物がいくつも登場する。最も有名なのは、獣の数字とされている「666」。映画や小説で悪魔を指すとされるこの数字は、「ヨハネの黙示録」では具体名の記述はないものの、人間とはっきり書かれている。
 「ヨハネの黙示録」が、当時キリスト教徒の迫害を強めていたローマ帝国に反発し、各地の信徒を励ます目的で書かれていたとすれば、信徒にはわかるが、ローマ人にはわからないような工夫が必要で、そのため、黙示文学という形式を使ったのかも知れない。異教徒には判じ物という形式は預言自体を未知の予言に変えてしまう。それは素人にはわからない科学理論が何を主張し、予言するかわからないのに似ている。預言は黙示録という形式を通じて謎めいた予言に変質するのである。
 しかし一方で、「ヨハネの黙示録」に書かれていることはすべて真実で、世界の終末が必ず来ると信じる人々が今でも後を絶たない。核兵器やテロの恐怖、地球温暖化などの環境問題、HIV鳥インフルエンザといった疫病など、現在世界が抱える問題がその証拠だと考えられている。聖書の一字一句が文字通り真実だというキリスト教根本主義は預言を確実な予言だと捉えるのである。