自然環境と観光

 最近まで観光地といえば、観光施設が集まる都市が多く、富士山のように観光地化したところは別にしても、国立公園は保全が優先され、観光への利用は限られた場所でしか許可されて来なかった。里山などの身近な自然が観光対象となることは最近になってからのことである。そのため、今までの観光と環境保全の両立といえば、自然破壊につながる特定の観光開発を制限し、コントロールすることがもっぱらだった。だが、エコツーリズムなど自然環境を積極的に利用し、そのすばらしさを享受する観光が普及し出すと、観光と環境保全のバランスをとることが難しくなっている。そこで、観光と自然環境保全の関係を考えてみよう。地域経済や地域社会も観光による影響を同じように受けるが、その話は別の機会に譲る。
 以前は職場や地域の団体などが温泉や有名観光地に出かけるのが観光だった。今では個人やグループによる「好きな場所探訪」に様変わり。現在の観光の特徴となれば、(1)観光資源の多様化と自由なアクセス、(2)観光地側による観光の積極的推進。まず、観光資源が拡大し、地域住民だけが享受していた自然環境が観光資源化されるようになった。さらに、見るだけから「体験する」観光へと観光のスタイルが変化。また、団体行動で観光地を通り過ぎるだけの観光から、一か所に長く滞在して、じっくり体験する観光に変わってきた。かつては「観光地」に観光客が団体で短時間滞在する観光が主流だったが、興味を惹く対象があればどこへでも出向き、少人数でじっくり体験する観光の割合が高くなってきた。さらに、特定の情報や知識を持った人だけがアクセスできた特殊な観光資源も、インターネットの検索やブログの紹介で多くの消費者が興味を持つようになった。例えば、グルメブームで特定の食品や素材が評判になると、たちまちそこに観光客が殺到する。こうしたことは2000 年代初頭までは考えられなかったことである。
 次に、観光客を受け入れる地域側も、観光をまちづくりのために積極的に活用し始めた。従来は、旅行業やサービス業などの事業者や温泉旅館などの宿泊業者の仕事と思われていた観光は、地域の自治体が後押しをする地域振興のための総合政策になってきた(例えば、妙高市の政策を参照)。そして、観光にかかわる関係者も、従来の専業事業者から行政、地域住民にまで拡大した(日本型DMO)。そのため、観光開発への反対は地域社会による積極的な観光推進へと変化し、従来は観光開発から地域の自然環境を守ることだった「観光と地域の関係」は豹変した。そして、保全ではなく、むしろ利用のために資源の宝探しをするという地域の自然環境の再評価や資源化が進められた。それはエコツーリズムで特に顕著で、自然環境を観光客に提供することによって利益を得る地域資源活用型の観光が注目されている。
 このように観光のスタイルと推進方法が変化した結果、地域の多様な自然環境が観光資源となり、観光客からアクセスされるようになった。さらに、地域側も積極的に自然環境を観光資源化して活用しはじめた。開発反対と自然保護だけでは、地域社会も受け入れなくなってきている。そのため今までの開発反対型ではない環境保全の方法、新しいアプローチが観光と環境保全の両立のために必要とされている。
 大規模な観光開発以外でも、観光による自然環境への影響を避けて通ることはできない。観光による影響とは、旅行、つまり 特定のツアーで観光客が来ることが原因で、地域の自然環境の改変や劣化が生ずることを意味している。影響には、ツアー客が自然環境と接触することで起きる直接的な影響と、ツアー客の受け入れに関連して生ずる間接的な影響に分けられる。直接的影響には、野生生物への接近や接触、植物の踏みつけ、また動植物の採集や給餌などがある。観光客が野生生物の生息域に踏み入れば、生物は影響を受け、行動や食性などを変化させる。しかし、飼育されていない野生生物との遭遇は観光現場での大きな魅力であるので、観光客を積極的に案内したりする。だが、絶滅が危惧されるニホンライチョウと登山客の関係は微妙で細心の注意が必要である。

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(二ホンライチョウ

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オオハンゴンソウ

 一方、クマやイノシシとの遭遇は、人にとっても危険で深刻な問題。また、植生への影響も目立つ。エコツーリストの増加による遊歩道の拡張や植生変化は各地で報告されている。特定外来生物オオハンゴンソウはその典型例だが、外来種が持ち込まれることも多い。写真撮影のための高山植物の踏みつけは、ツアーが小規模であれば、大きな問題になりにくいが、ツアーが増加すれば、野生動物の生態が変化したり、植生が損なわれたりするなど、最終的には地域の生物多様性に影響を与えることになる。一方、観光推進のために、エコツアーで野生生物を観察しやすくするための遊歩道整備などが進められ、それが自然環境に影響を及ぼすことは、各地の観光地で見られる。保全しているつもりが、宿泊施設やアクセス道路の建設によって結果的に環境を悪化させてしまうこともある。また観光の対象になる前から、狩猟や山菜などの採取、地域の祭事や民俗的行事などを通して利用されてきた自然環境に、観光利用という新たな「利用圧」が加わり、利用と保全のバランスが崩れることも懸念される。
 このように直接的な影響以外にも地域の自然環境に広く影響するのが現在の観光。それを規制しても、観光は統制された活動ではないので効果は薄い。そればかりか地域振興と連携している観光まちづくりやエコツーリズムでは、推進している当事者が地域住民で、規制しにくいことも多い。そこで、地域側が地域資源を利用しようとする観光では、今までと異なる自然環境へのアプローチが必要となる。
 では、観光による積極的な地域資源保全とは具体的にどのようなことなのか。重要なことは一つだけで、観光のプロセスを理解して、全体を見ながら観光と環境保全のバランスをとること。保全だけを考えるのでも、観光だけを考えるのでもない。それは地域資源保全しながら利用するスタイルの観光には必要なやり方である。では、そのプロセスを考えてみよう。観光は地域の多様な要素を資源化する「ツール」である。そして資源化しただけではなく、それを地域外の観光客に利用してもらい、対価を手に入れるという仕組みを持っている。そこでの観光の基本は、「地域外にいる観光客に提供して、そこから対価を得る」ことである。しかし、自然環境などの地域資源は、そのままでは観光資源として提供できない。それを利用可能で魅力的な観光資源にする「資源化」や「商品化」が不可欠である。つまり、それは「魅力的なツアーを創ること」である。地域要素を資源化し、そして商品化するのは、多くの観光客に価値を共有してもらうためのプロセスである。だが、商品化できたからといって、すぐに観光客が来るわけではない。次に必要なのは、消費者にそれを伝えるプロセスである。これは一般的にツアーの宣伝や販売のことで、今様には「マーケテイング」である。このプロセスが不十分だと、相手に資源の魅力が伝わらず、努力して地域資源を商品化しでもうまくいかない。
 マーケテイングがうまくいけば、資源に魅力を感じた観光客が地域を訪れる。地域外から観光客が来ることで、地域では観光振興や地域再生の実感も得られる。これがビジネスとしての観光の成功である。しかし、ビジネスとしての観光が成り立っても、長続きさせるためにはさらに工夫が必要。地域の自然環境は観光による利用で影響を受け、劣化したり、質が低下したりするから、地域資源への「還元」ゃ「再投資」が必要になる。そして、これが観光と環境保全を両立させることにつながる。これが観光と環境保全の青写真。
 観光開発から自然を守ること、つまり自然保護を中心に考えられてきた地域の自然環境保全も、適切に保全をしながら、賢明に利用するというアプローチへの転換が望ましい。その背景には、地域環境へのアクセスが自由になり、また価値を享受することが誰にでもできる時代になったことがある。いくら地域側で保護しようと考えていても、観光客は観光資源だと認識してやって来る。それに応えて地域再生を図ろうとする地域側の動きもあり、この傾向に逆らうには無理がある。また、放置しておいて一方的に資源化されてしまうより、地域側で自ら資源化すれば、適切な資源化(つまり、保全)につながる。このように、地域資源をブランド化し、それを マーケティングすることで観光客を呼び、得たメ リットの一部を地域環境保全に再投資していく「積極的な環境保全」がこれからは重要になる。その具体例が、最近普及しているエコツーリズムである。
 観光と自然環境保全の共生を描くことはこのように比較的簡単なことだが、描かれたことを実現するのは意外に厄介で、個人の意見が異なる中で、しかし地域全体で取り組まないとうまく行かない典型例なのである。