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版画(1)

 正月が近づくと、版画が気になり出す。冬休みの宿題に版画があったからかも知れない。奇妙なことだが、私の頭の中の版画というと、なぜかデュ―ラー、北斎、広重、アンディ・ウォホールなのである。全く関連がないと言ってもいいのだが、なぜかこの4名。そこで、それぞれの何に惹かれるのか見返してみよう。まずはデューラー

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 デューラーは1513年から2年間、銅版画の制作だけに没頭。その結果生まれたのが、三大銅版画「騎士と死と悪魔」、「メランコリア」、「書斎の聖ヒエロニムス」。これらは、デューラーの最高傑作。「騎士と死と悪魔(1513年、銅版画、24.5×18.8cm)」をデューラー自身は「騎士」とだけ呼んでいた。「騎士と死と悪魔」と呼ばれるのは18世紀以降のこと。というのも、この版画は騎士、悪魔、死の三つのシンボルが描かれているからである。騎士と馬の姿はドナテルロの彫刻やダ・ヴィンチのスケッチに大きく影響されていると言われる。デューラーはこの絵の中の騎士像に、イタリアルネサンスの画風を持ち込んでいる。それに対して、画面の中に現れる死と悪魔のイメージは北方的なもの。砂時計を抱えて騎士を見つめている老人は、有限の命の隠喩であり、動物の化け物は北方的な悪魔のイメージ。つまり、この絵の中には、イタリア風のキリスト教のイメージと、北方の中世的なイメージが混然と融合している。

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 「メランコリアI(1514年、銅版画、31.8×26cm)」と呼ばれている銅版画は、画面の左上に翼を広げた蝙蝠が描かれているが、その翼の部分に「メランコリアI」と記されている。こんなことからこの版画は、翼をもった女性はメランコリアの擬人化されたものだと解釈され、この女性の表情には憂鬱な気分が見て取れると説明された。だが、よく眺めれば、「憂鬱」をテーマにしているとは思えない部分に気づく。憂鬱に塞ぎこんでいる女性がまっすぐ正面を見据えるだろうか。憂鬱がテーマなのに、なぜ愛と創造のシンボルであるキューピッドがいるのか。
 では、メランコリアデューラーはどのように解釈していたのか。当時の正統的な解釈によれば、メランコリーは人間の体液に関連している。それはアリストテレス以来の伝統的な解釈で、それによれば、メランコリアは胆汁質と関連があり、人間の精神的な創造性と関連が深いとされていた。この絵の中の、メランコリアの擬人化である有翼の女性は芸術家のシンボル、と考えることができる。そう考えると、絵の中のそれ以外の部分の解釈もスムーズにいく。女性の足元の多面体、キューピッドの背後の壁にかかっている天秤、砂時計、ベルといった小道具類、それらすべては幾何学と縁が深い。幾何学は、七つの自由学芸の一つで、芸術と深いかかわりがある。彼は芸術家としての自分の象徴としてこの銅版画をつくったとも考えられる。

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 「書斎の聖ヒエロニムス(1514年、銅版画、25.9×20.1cm)」は、デューラー三大銅版画の中でもっとも完成度が高く、ヨーロッパの銅版画史上最高傑作。この版画の中の空間は実に広々としている。透視法を駆使して奥深い空間が表現され、さらに光の偏在による効果によって空間が広がる。デューラーは巧みに透視法を駆使した。透視法による遠近感のもたらす効果を彼は熟知していた。光の処理も見事である。左側の窓越しに室内に差し込んだ光は、室内全体に広がる。室内の空間は生き生きと光に満たされている。彼は光を駆使して空間を描いている。その後レンブラントフェルメールが窓越しに差し入った光によって、室内の人物を劇的に表現することになる。彼らは絵画の舞台演出のために光を使う手法を追求したが、デューラーはその偉大な先駆者になった。
 奥に坐した聖ヒエロニムスが、光の中に浮かび上がったテーブルに向かって書き物をしている。手前の床にはライオンが横たわり、左側の棚の上には骸骨が無造作に置かれている。ライオンは、足に突き刺さった棘を聖ヒエロニムスに抜いてもらって以来、常に護衛役となった。
 こんな説明は横に置いて、素直に三枚を眺めると、版画の職人デューラーは中世とルネサンス、イタリアと北欧が交錯する世界観を描き切って、職人を超えてしまった気がしてならない。