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新しいコンピューター:量子コンピューター

半導体技術の限界>
 現代のコンピューターの心臓と言えば半導体。2020年頃には半導体は原子とほぼ同じ大きさまで小型化されると予想されている。半導体は写真技術を応用して作られているが、原子レベルまで微細な回路を形成するようになると、光の粒子の大きさまでしか回路をつくることができないことになる。つまり、光の波長の限界が半導体製作の限界。原子レベルの世界では私たちのマクロな世界の常識が通用しなくなり、量子力学の法則に従うクロな世界になる。
 現在のコンピューターはフォン・ノイマン型と呼ばれ、あらゆる情報を二進数の数字に置き換えて計算処理を行っている。コンピューター内では、電気が流れなければ「0」、流れれば「1」と認識するが、半導体が原子レベルにまで微細になると電流すなわち電子が量子力学でいう波の性質をもち、「トンネル効果」によって電子は絶縁体をすり抜けて隣の回路に移動してしまうという現象が起こる。こうなると回路の役目を果たさなくなり、半導体としての機能が失われてしまう。つまり、半導体をこれ以上小さくすることができないのである。ミクロの世界の力学を説明する量子力学によって半導体技術は限界に直面するのだが、大きく立ちはだかる量子力学の壁を逆に利用しようというのが量子コンピューターのアイデアである。

*波の性質
 古典力学の創始者ニュートン以来19世紀まで干渉現象によって光は波と考えられてきたが、アインシュタインが「光量子仮説」を発表し、光は波でもあり粒でもあることが明らかになった。一方、物質を構成する分子や原子の世界では、原子核の周りの電子の状態は1個の粒子であると考えられていたが、ド・ブロイは電子の状態を波だと主張した。シュレーディンガーは電子が波であることを表した方程式を発表し、電子は粒子と波の性質を持ち合わせていることを証明した。シュレーディンガー方程式から導き出される電子の波の状態とは、電子が波動性を持っていて、原子核の周回軌道をとる電子の波は確率的に原子核の周りに雲や霧のように存在し、観測してはじめて電子は粒になるとみなされている。

**トンネル効果
 私たちの生活する世界、つまりマクロの世界では高さ1000mの壁の向こう側にボールを投げることなど不可能。これは高さ1000mの壁を越えるだけの筋力を人間が持ち合わせていないから。しかし、ミクロの世界では、ミクロの粒子が通常では越えられないエネルギーの壁を稀に通り抜けてしまう現象、いわゆる「トンネル効果」が起こる。ミクロの世界では高さ1000mの越えられない壁でも孔が開いて壁の反対側にボールを投げることができる。もちろん、壁に孔が開くわけではないが、この量子効果が「トンネル効果」。

量子コンピューター
 量子コンピューターは、1985年にイスラエル生まれの英オックスフォード大教授ディビッド・ドイチュによって基本的な理論が提唱された。量子力学を基礎にした重ね合わせ(Superposition)の原理を用いることによって、これまでのコンピューターのように「0」、「1」の二種類だけで処理していくのではなく、「0」と「1」が重ね合わされた状態を無数に用意して、それぞれに情報を処理させることによって、一度に大量の情報処理が可能になる。量子コンピューターは、素子二つで2の2乗、素子三つで2の3乗、四つなら2の4乗のデータを同時に出力でき、素子が32個あれば約40億のデータの同時出力が可能になり、1台でPC数億台分に匹敵する想像を絶した性能をもつことになる。現在のテクノロジーはダウンサイジング(小型化)が主流で、今あるものをより高性能に小型化することに向けられている。一方、21世紀には物質を構成する最小単位の原子をコントロールする技術によってボトムアップ式に物づくりを行い、既に限界に近づいているトップダウン方式に取って代わろうとしている。原子をコントロールするナノテクノロジーでは原子核の周囲を周回する電子の有無や電子の周回軌道(遠近軌道)、原子核や電子のスピン(自転)の上向き、下向きを「0」、「1」と入力させることによって、「0」、「1」の間に量子力学の重ね合わせによって無数の超並列演算処理を実行でき、導き出された無数の雲状・霧状に広がる解は、不確定性原理によって得られた最も正解の確率が高い解を出力した瞬間に、波束の収縮が起こり解が決定する。

***重ね合わせ(Superposition)
 電子は粒子と波の性質の両方を持ち合わせているが原子核を周回する電子の波の状態はシュレーディンガー波動方程式によって表されるが、波動関数の絶対値の2乗が「電子が存在する確率分布」を表している。「電子が存在する確率分布」は原子核の周りを周回する電子の軌道が雲状・霧状になっていて、私たちが観測した瞬間に収縮が起こり、点(粒子)となって観測される。この電子の波、雲状・霧状の様は重ね合わせとみなされる。この時の電子は「ある場所にいる状態」と「別の場所にいる状態」が重ね合わされて共存している状態でいる。電子の「A点とB点に両方同時にいる状態」は「電子はA点かB点のどちらかにいるのだが、どちらかにいるかは確率的にしか言えない」というのではなく、「一個の電子はA点にいる」状態と「同じ一個の電子がB点にいる」状態とが共存しているのが真の電子の状態である。

****不確定性原理
 私たちのマクロな世界ではボールの位置と速度は同時に観測することができるが、ミクロの世界では電子の位置と速度は同時には観測できない。観測することによって電子に光(光子)を当てると、位置はわかるが電子と光子が相互作用し電子の運動状態が変化してしまい、速度が不確定となる。 逆に光子のエネルギーを弱めて相互作用の影響を小さくすると速度はわかるが、電子をうまくとらえられずに位置が不確定となる。マクロの世界ではボールと光子の質量等の違いがあまりにも大きいために、その誤差は無視できるが、ミクロの世界では無視できない。つまり、観測という行為が自然状態に影響を与え、その結果、状態が不確定になることを不確定性原理という。

*****波束の収縮
 波の状態は、シュレーディンガー波動方程式から理論的に求められるが、実際に光を当てて人間が観測すると電子は一個の粒(粒子)として観測される。「コペンハーゲン解釈」によれば、雲状・霧状に広がる電子雲の確率分布が観測によって一点に収縮する。だが、観測した瞬間に波束は収縮するので実際に電子雲(波)を見ることはできない。

量子コンピューターの利用>
 量子コンピューターを実現するには、原子核の周囲を周回する電子の有無や電子の周回軌道(遠近の軌道)、原子核や電子のスピンの上向き・下向きを利用した演算素子、量子ビットを開発しなければならず、量子力学が適用される100ナノメートル以下の電子を閉じ込める3次元の空間、量子ドットを作製する必要がある。また、実用化に向けて未知のアルゴリズムを開発しなければならず、技術的にも壁は高い。現在量子コンピューターの開発は世界各国で開発が進められている。この分野で最も進んだ研究・開発を行っているのがロスアラモス国立研究所ロスアラモス国立研究所非線形研究センター。そこでは量子コンピューター、量子暗号通信、量子テレポーテーションの開発に既に一部成功している。
 量子コンピューターが開発されると、現在解読不可能な暗号通信技術「公開鍵暗号」はコンピューターによる素因数分解の処理速度が数億年から数十億年かかることによって成り立っているが、量子コンピューターでは素因数分解アルゴリズムが1994年にベル研究所のショアによって開発されていて、僅か数分で解読でき、従来の暗号通信技術は瓦解してしまう。 そのため、量子コンピューターが開発されれば、僅かな時間で暗号を解読できることになる。
 また、膨大なデーター解析が必要な核兵器実験シミュレーションや人工衛星の軌道修正、偵察衛星の画像分析、弾道弾ミサイルの迅速な弾道計算、これらは数字を一つ増やしただけで、莫大な量の計算を行わなくてはならず、計算爆発が起きてしまうが、量子コンピューターでは、瞬時に解析結果が得られるので、迅速な対応が可能となる。現在運用されている航空機や潜水艦、ミサイルやロケットに至るまで、流体力学的な風洞実験をしなくても、量子コンピューターだけで設計するまったく新しい航空機や潜水艦を開発できる。そのため、大幅なコストダウンと期間短縮が可能になる。
 最も期待されているのは量子コンピューターによってもたらされるまったく新しい概念のテクノロジーで、75年ほどで現実的に、宇宙的・天文学的計算を行えることで、想像もしなかったような世界をつくりだせる。20世紀に誕生した量子力学を使って半導体を開発し、その同じ量子力学によって半導体技術が限界を迎え、私たちは今ようやく量子コンピューターを開発する技術力を手に入れようとしている。フォン・ノイマン型のコンピューターがもたらした恩恵は計り知れないが、今後開発される量子コンピューターによって新たに開発される未来の新型コンピューターは未来の人類に何をもたらすのか。量子コンピューター核兵器遺伝子工学と同じく、私たち人類にとってパンドラの箱となるだろう。これまで私たちが手に入れてきた科学技術がどれも諸刃の剣だったように、量子コンピューターもこれまで味わえなかった幸福と不幸を私たちに経験させてくれるだろう。

 

量子コンピュータの暗号解読>
 「量子暗号」の実現が待望される背景には、次のような事情がありました。1984年IBMの研究によって「量子暗号」が提案されても誰も関心をもちませんでした。脚光を浴びるようになったのはその10年後から。米国のベル研究所が、「量子コンピュータが完成すれば、今までとは比較にならない短時間で情報処理が行えるため、既存の公開鍵暗号はすべて解読される」ということを数学的に証明したからでした。これは本文で述べました。量子コンピュータを使えば、国家の最高機密も解読されてしまいます。 そこで、「量子暗号」の価値が見直されました。1997年「量子暗号は量子コンピューターでも破れない」ことが証明され、量子暗号技術の実用化に向けて、研究が加速。量子暗号は近距離実験はできていますが、遠隔地との量子通信を可能にする工学的な進歩が必要です。量子暗号では、盗聴そのものができません。強引に盗聴しようとしても、盗聴の事実が発信者、受信者に知られてしまいます。そんなことができるのは、量子暗号が「光は波であり、同時に粒である」という光の量子的性質を利用しているからです。 電子は粒子であると同時に、波の性質を持っていますが、観測しようとすると波の性質は失われ、粒としての性質しか持たなくなります。これは光子の場合も同じです。量子暗号を盗み出すことができないのは、まさに「観測すると光の性質が変わる」という原理を利用しているからです。量子暗号通信では、まず相手に量子的な乱数、つまり暗号を解くための鍵を送ります。もし情報が盗まれたならば、通信中の光の状態にある種のゆがみが出て、「盗まれたかもしれない」と考えられるのです。一部でも盗まれているとわかったら、新しい乱数を再送します。これにより、誰にも盗聴されず、相手に暗号化した情報を送ることができるのです。