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台詞

 1950年代のハリウッド映画は台詞が長く、英会話の練習に役立った。俳優はみな発音が丁寧でわかりやすかった。私が特に好きだったのはエリザベス・テイラー。喋らせたら秀逸この上なく、立て板に水。ジョン・ウェインの話し方は確かに西部の男の典型なのだろうが、私には真似のし難い台詞ばかりだった。台詞の見事さを感じたのが「風と共に去りぬ」で、的確で印象的な台詞が飛び交っていた。

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 そんな映画と違うと感じたのがクリント・イーストウッド主演の映画。台詞は文学的でなくなり、即物的で直接的。そのためか、台詞は途端に短くなった。シェクスピアの舞台とは正反対で、そのスピードが人々にウケた。

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 FacebookやBlogからTwitterへとSNSの手段が移り、トランプ次期大統領はそれを巧みに使って当選した。短く呟くだけで瞬時に情報は拡散し、誤解が誤解を生み、それが果てしなく広がっていく。短い台詞、短い会話は正にLINEの特徴。
 台詞ではないが、短歌や俳句は確かに短い。だが、だからこそ言葉を選び、文学的センスが短い文字数の中に凝縮されている。それはエリザベス・テイラーマーロン・ブランドの色気のある語り方に決して負けない。芭蕉の俳句はシェクスピアの作品と同じように人々の心に響く。
 短いコミュニケーションが舌足らずの情報しか運ばないだけならよいが、言葉の力を変質させ、言葉を敢えて悪質な装置に変えていくような気がするのは私だけではない筈である。