原子論:二重基準による成功

<二重基準>
 物質と時空は異なったものであると明瞭に主張する(それゆえ、古典的な)原子論は、パルメニデス的な不変性を基本にした哲学を維持しながら運動変化を説明しようとする非常に優れた仮説だった。後に批判される基本概念の一つは「虚空(あるいは真空)」の存在だったが、それによって原子の運動や衝突が可能となり、パルメニデス哲学で否定される変化を救う重要な役割を負っていた。哲学的な原子論はその後の科学革命(ガリレオニュートンら)で再び採用され、化学的原子論(ラボアジェ)を生み出し、物理的原子論(マクスウェル、ボルツマン)は統計力学の中心的な仮説となった。だが、原子の存在が経験的に確証されるのは20世紀に入ってからだった。この歴史的な経緯を垣間見るだけでも、原子論が他の物質仮説(四元素説イデア説、質料形相論、波動理論、カロリック説等)と比べ、自然の物性を説明する仮説として格段に優れた考えであったことを物語っている。さらに、原子論は20世紀に入り、量子力学につながっていく。このような原子論の評価は過大過ぎるかも知れないが、ギリシャ哲学の諸説の中で格段に優れた自然の説明仮説であったことは誰も疑わないであろう。

f:id:huukyou:20170210080744j:plain

(アントワーヌ・ラボアジェ

f:id:huukyou:20170210080853j:plain

(ルートビッヒ・ボルツマン)

 メンデルの遺伝因子に基づく遺伝理論は、遺伝因子の組み合わせによって生物の遺伝を説明する点で原子論によく似ている。そして、それが後にDNAの配列からなる遺伝子として経験的に確証される。メンデルの遺伝因子の仮説は原子論とよく似た仮説と言うより、原子論の生物学版と考えることができるだろう。二つの原子論的仮説は見事に成功し、私たちの世界観の根幹に位置している。

f:id:huukyou:20170210080942p:plain

(グレゴール・ヨハン・メンデル

 原子論は物質の不変的性質を原子のもつ性質に還元し、原子の集合である物質が連続的な時空を運動することを認める。連続的な時間、空間は限りなく分割でき、その中を原子が運動し、互いに衝突を繰り返す。不可分の原子は一定のサイズをもった対象であるから、物質と時空では分割の仕方が異なっていることになる。この対象に応じた分割の違いを二重基準(double standard)と呼んだとすると、原子論は物質と時空に関する分割の二重基準を採用することによって、物質の運動変化を整合的に理解しようとした試みということになる。この基本方式は以後の原子論を採用した科学理論のほとんどすべてにおいて前提される原則となっている。ギリシャ以来の原子論仮説が現在でも私たちを魅了する理由はこの点に尽きる。
 実際、古典力学にも原子論の構成が強く影響している。古典力学は物質についての理論ではなく、運動についての理論なので、二重基準の一方の「物質の有限分割可能性」は表面には出ていない。力学では物体の運動の法則と物体が運動する時空の二本立てになっており、時空に関する法則、前提は明示的に表現されていない。それを表現すれば、「時空は非可算個分割可能(そして、連続的)である」となる。一方、非古典的な量子重力理論では二重基準そのものが正しくない。
 物質の有限分割性は、数学における有限加法性(finite additivity)のように無限への拡張(countable additivity, uncountable additivity)がなされるものではなかったし、現在でも物質は原子論的に、有限の範囲でしか分割できないものと考えられている。ただ、どこまで分割できるかは誰にもわからないため、有限分割の最後の段階は未定のままである。しかし、誰もそれが無限に拡張できるとは思わないだろう。少なくとも実数のサイズまで拡張できるとは誰も思わない。というのも、それが可能とすれば、物質はサイズのない点にまで到達し、「サイズのない物質」という点を時空の点の場合と同じように想定しなければならないからである。
 「サイズのない対象」は力学モデル内で「質点(point particle)」として意味をもつが、「サイズのない物質」は力学モデル内でも意味をもたない。運動の記述に物質のサイズは不用だが、化学的性質の記述・説明に物質のサイズは不可欠である。これが力学は運動理論だが、物質理論ではないと言われてきたことの意味である。
 原子論の二重基準の内容をまとめれば次のようになるだろう。

物質=有限分割可能なもので、最小の単位をもつ
時空=無限分割可能なもので、サイズのない点が最小の単位
(物質と時空の分割には有限、無限以外にも違いがある。例えば、時空は任意のサイズにいつでも分割可能だが、物質はそうではない。分割が何に依存するかによって分ければ、時空の分割は比較的自由で認識的要素を多く含み、物質の分割は実在の要素を多く含む。いずれにしろ、二重基準がなければこのようなことは主張できない。)

(問)時空が任意のサイズに分割可能であることを、時空の無限分割可能性を使って示せ。(その際、どのような無限が必要か注意せよ。)
(問)「物質なら時空でなく、時空なら物質でない」ことは二重基準を使うことによって証明できる。また、プランクのスケール内で二重基準が成立しないことを示せ。

 「古典的世界観」を乱暴にまとめて、それは「実数的世界観」だと言い切ってしまいたくなる。さらに、「自然の数学化」とは「自然の実数化」であるとも主張したくなる。それが可能なら、実数を使って世界を表現することによって、世界の変化が実数的に表現でき、予測できることが可能になったとまことしやかに要約できる。驚くべきことにその世界観の中に欠如しているのが二重基準の片方を担う物質の有限分割可能性。一方を無視するかのような要約が誤っていないのは、二重基準が互いを干渉しないのは、それぞれの基準が異なる対象に適用され、決して混同されることがないからである。