懐疑こそ人の極み

 人は人とものを疑い、その疑いが新たな疑いを生み、その結果、疑いだらけの世界が人の世界ということになります。疑念は人を不幸にし、争いを引き起こします。疑い合うことは時には殺し合うことにまでつながります。人が人やものを疑うことが悲惨な結末を生むことが余りに多いためか、人が知識を疑うことは誤った知識を正すことだということが特定の人たちだけに通用する特殊なことで、万人向けの事柄ではないと思われがちです。でも、人が何かを疑う猜疑心はプラスの側面とマイナスの側面の両方をほぼ同程度にもっているのです。
 何かが情報として知覚されると、私たちの反応はその何かが何だとわかるか、何だかわからない場合のいずれかになります。例えば、眼前のリンゴを見た場合、リンゴだとわかる場合とわからない場合のいずれかになります。リンゴ情報は「リンゴだ」とわかった時点で、その人はリンゴの知識をもったということになり、情報が知識になるのです。一方、正体不明の場合、そのまま無視するか、何なのかさらに追求するかのいずれかになります。追求の際のきっかけが「これは何か」という問いであり、その問いは正に疑いなのです。
 なぜ人は知識を希求するのでしょうか。好奇心からだという超健康的な答えは月並みで面白くありませんが、疑いの呪縛から脱出するためだというと少々ドラマティックで、ニーチェ好みの理由となります。疑いを晴らして、真実を暴露するには正しい知識が必要だという訳です。つまり、「脱懐疑」が知識の獲得なのです。
 ソクラテスの「無知の知」から始まり、知識に対する関心は懐疑を通じて具体化されてきたのが私たちの歴史です。アリストテレス以来の実在論的な知識に対する経験論的反省がヒュームの提起した懐疑であり、その懐疑論を克服してニュートン力学の基礎づけをしようとしたのがカントでした。哲学史は一応そのように要約し、基礎づけの諸例をさらに続けるのです。それ以来、「知識の基礎づけ」という奇妙な慣行が強調され、基礎づけ作業がその後多くの哲学者によって実行されることになるのですが、一つとして成功したものはありません。知識を疑いの余地のない確実な土台のもとに基礎づけることは幻想であり、絵に描いた餅に過ぎなかったのです。基礎づけのプランや設計だけがたくさん生まれ、基礎づけの土台さえ施工できなかったのです。
 経験的な知識は入力情報に応じて不断に書き換えるしかなく、その意味で暫定的な知識でしかないというのが科学的知識の特徴です。絶対的に真、あるいは偽の知識は経験世界にはないというのが常識です。ですから、いつも疑いの余地があり、疑いを払拭することはできません。つまり、経験的知識は基礎づけることなどできないのです。とはいえ、20世紀以降経験的知識を表現する言語や数学、経験的情報を検証し、データを処理する装置が各段に進歩し、それらが知識の蓄積や連続性を保持してきました。ですから、知識の基礎づけはできなくても、知識を統合し、矛盾のないシステムとして再構築することができたのです。私たち自身、疑いに囲まれ、疑いをもち、疑いの中で生活を送っています。この事実は経験世界には絶対的な知識がないことの証拠なのです。

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ピーテル・ブリューゲルバベルの塔」1563)

 バベルの塔以来、人は互いに相手の真意を確かめるためにまずは言葉の壁を乗り越えなければならなくなりました。複数の自然言語があることによって疑いは増幅し、複雑になってきました。言葉は疑いの元凶となって、人の世の疑いの存在を確固たるものにしてきました。そうなると、思考、言語、コミュニケーションのどれも疑いのための装置として働き、信じ合うために人は言葉より沈黙を選ぶ場合が多くなります。
 でも、言葉を使って知ることは疑いを増幅することではなく、疑いを消滅することなのだというのが現在の共通理解であり、疑いの解明は先人の書物の中にではなく、実験や観測によって得られる情報、人と人の対話の中にあると信じられています。
 私たちは「疑う」能力をもっています。それは動物としての生得的能力です。その能力が「知る」ことと「行動する」ことを支えています。行動の側面では「疑い」はしばしば不幸をもたらしてきましたが、知識の側面では自然や社会の解明と利用を通じて幸福をもたらしてきました。その意味で疑いは諸刃の剣なのです。