奇想天外な生命

 キソウテンガイはアフリカのナミブ砂漠の固有種。その風変わりでグロテスクな外見と、あまりにも奇怪な様子から(日本語では)「奇想天外」と名づけられている。植物学的にも奇妙な特徴を数多くもち、研究者の好奇心の的となってきた。 キソウテンガイは砂漠の他の植物と異なり、サボテンのような貯水組織を一切もっていない。にもかかわらず、150日も雨の降らないナミブ砂漠で生き続け、その上1500年も生きる。長生きの謎は根。細かい根が地下深くまでぎっしりと繁茂し、どんな僅かな水をも逃さず吸収する。また、根の生育がおそろしく速く、砂漠で生存するのに必要な知恵を生得的にもっている。 ウェルウィッチア(学名Welwitschia mirabilis、和名キソウテンガイ)は一科一属一種の雌雄異株の裸子植物で、1859年オーストリア人医師F.ウェルウィッチがアンゴラ南西部で発見した。「mirabilis」は「驚くべき」の意味で、当時の植物学者の驚きぶりを示している。

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(キソウテンガイ)

 キソウテンガイのような個性豊かな生き物を探してみよう。チーターが最速の動物だというのは多くの人が知っている。チーターの時速約120キロは確かに速いが、陸に生存する最速の動物でしかない。時速約130キロで泳ぐシロカジキは、海の中で最速。だが、空を駆けるハヤブサは時速390キロで、新幹線もかなわない。
 最小のほ乳類となると、平均体重が1.9gのコビトジャコウネズミか、体重は2gあるが、身長は1.4㎝程しかないキティブタバナコウモリ。それよりも小さな爬虫類(0.6インチのコビトヤモリ)、魚(インドネシアの0.3インチのPaedocypris progenetica)、両生類(パプアニューギニアで発見された0.3インチの新種カエルPaedophryne amauensis)等が挙げられる。最大の動物なら、誰もがクジラだと知っている。中でもシロナガスクジラは約25mの体長、約210トンの重さ。シロナガスクジラのサイズはこの世に生息していたすべての生物(恐竜を含め)の中でトップ。

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シベリア放線菌、40-60万年生きると言われる)

 どれ程長寿でも終わりがあるものだが、終わりがない場合、寿命は一体どうなってしまうのか。Turritopsis dohrniiというクラゲは、成長の最終段階を迎えると細胞の整形を行い、幼児のかたちへと変わる。そして、一からまたその生活を辿る。これは際限なく行われ、身体が腐敗することもない。長寿を超えて永遠の命を手にしている。輪廻や世代交代を自ら反復しているともいえ、究極の生存形態の一つ。一方、短命となればカゲロウで、1日しか生きることができない。まさに陽炎である。
 ウィルスをもった蚊は、他のどの動物よりも恐ろしい殺人犯。最高で年間約72万人が蚊の感染により亡くなる。人間も名だたる殺人者だが、それでも約45万人に過ぎない。
 このような生きざまの例から、生きることへの考察が20世紀以降急速に深化してきた。かつて寿命は運命だと決めつけられていた。空を飛び、海を渡りたい欲望は満たされても、永遠の命は実現していない。「永遠の命」とは形容矛盾で、命は本来的に永遠ではなく、世代交代によって保存するしかない。これまではこのような運命論が大勢を占めていた。
 生きる理由、目的がなければ生きることに意味はないというのが常識なのだが、ただ生きることそれ自体が目的になっている場合が強調されてきた。それは限りある生命の裏返しでもあった。生きること自体が権利であり、法律は「生きる権利」を奪うと罰することになっている。医療ドラマで医師が「生きることがあなたの目的、使命」だと熱く語る。それは大変奇妙な話なのだが、ドラマをつくる側も見る側も何の疑問ももたない。ただ生きること、それ自体に意味があるのは「死への恐怖」の裏返しに過ぎない場合が多い。消失への不安、生の消滅と何かを行うために生きることは違う。法律家だけでなく、医療関係者も宗教者も「生きること自体に意味がある」と叫ぶが、実際の生活では何かの目的があるから生きるのであり、生きることを自己目的にする場面は限られている。生きること自体が意義をもつ例を具体的に見つけるのは厄介である。というのも、「何かのために生きる」ことを前提にした生物進化に反するからである。そのような観点から生命の質(quality of life)を考えるべきなのである。
 さて、長生きすることは何が優れているのか。目的実現のための工夫から長寿が実現したとすれば、長寿は進化の産物、あるいは副産物となる。何かを実現するための長寿であり、世代交代しない、あるいは世代交代を遅らす方が有利な状況があるということである。世代交代は生物の基本だが、いつ交代するかは未定である。ゆっくりした世代交代が有利なのか、速い世代交代が有利なのかは決まっていない。それは上述の例からも頷けるだろう。では、人間の世代交代は?