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風景を閉じ込める:庭園、神の国、浄土(1)

 「思想の視覚化」という洒落た謂い回しは、より具体的には「造園」を指すことがある。思想の内容を実現するとは、時にはそれを風景として実現することであり、それによってでき上がるのが庭園である。庭園は思想の具体的な実現ということになる。それゆえ、造園は科学とも工学とも違う特異な面をもつことになる。世界を客観的に分析するだけでなく、理想の風景をつくり、さらにそれを楽しむのである。自然の花にも風景にも私たちが様々に介入して、それらをアレンジし、変形することができる。そのようにして享受される風景がつくり上げられ、その定番が庭園である。さらに、その庭園を造る造園作業は人に精神的、そして肉体的な快楽をもたらすのである。
 ところで、風景は理想の楽園の重要な構成要素になってきた。神話や物語に登場する風景はしばしば決定的な役割を演じ、さらに宗教につながっていた。天国、地獄、極楽等の風景はこの世の風景ではなく、いわば観念的な風景であるにもかかわらず、私たちの心に大きな影響を与えてきた。また、地上の風景は知覚される対象、描かれる対象として子細に観察され、描写だけでなく自然の解明につながっていくという歴史をもっている。「風景、景色」、「世界、宇宙」、「知る、見る」と言う三種類の語彙群を比べると、面白いことがわかってくる。風景は知るのではなく、見られるのである。世界は見るのではなく、知られるのである。
 「見えるものは何か」、「何を見たいか」という問いを比べてみよう。前者は科学的な問いの典型であり、後者は日常の当たり前の問いである。これら二つは異なる問いで、科学と造園の違いを見事に表している。科学は「見えるものは何か」に答えなければならないが、造園は「何を見たいか」を実現しなければならない。
 見ているものがもつ本質は見えていないのが普通だが、風景の本性は見えているものの中になければならない。美しい風景の美しさは見えていないものが原因であっても、見えているものを組み合わせて実現しなければならない。
 庭園の何に感動するのか。幾何学的なヨーロッパの庭園、禅宗の小宇宙的な庭園、仏教の浄土を表現したような庭園等々、沢山の種類がある庭園はそれぞれ違った趣向で私たちを惹きつける。自然のコピーから理想の風景まで造園の趣向は広範で、都市の景観にまで影響を与えている。
 風景は経験され、理解され、それゆえに与えられるだけでなく、つくることもできる。そして、つくられた風景の典型が庭園。私たちは景色のすばらしさに感動し、それを宗教や芸術で表現し、再現してきた。日常の風景から死後の風景まで私たちの想像力はあらゆる領域を駆け巡る。
 風景を所有したい欲望は庭園に結実する。風景とは何かを理解するには庭園を考えてみる必要がある。すると、その材料として浮かび上がってくるのが三人の短編であり、一人の絵画である。ポー、谷崎、乱歩、そしてマグリットである。順序を逆にして、最初にマグリットを見ておこう。次にポー、そして谷崎、乱歩の順に眺めてみよう。
 「アルンハイムの地所」はルネ・マグリットの作品(群)でもある。制作年は1938年から1962年。マグリットは1938年、1948年、1949年、1962年に描き、中でも1962年のものがよく知られている(62年の油絵だけでも3枚ある)。ポーの「アルンハイムの地所」のイメージで描いたとマグリットの書簡にあるが、小説の内容とは関係なく、それがマグリットらしい。何枚もの絵を長期間描き続けたことは、マグリットがポーの作品の何に触発されたのか無性に知りたくなる。猛禽類の頭部のような形をした岩山が他のゴツゴツした山の合間に見渡せ、その上空には三日月が輝いている。そして手前には卵の入った鳥の巣が置いてある。この三者が一直線上に存在するため見るものには卵、そして山の形の猛禽類の頭部、月へと視線と思考が素直に移動する。この三者のバランスがあまりにもよいので一瞬、ノーマルな風景ではないかと錯覚してしまいそうなほどである。 正常な風景に見え隠れする異様な部分、実は猛禽類の頭部の山も卵の入った鳥の巣も静かでシンプルな風景の部分として共存している。

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(1938 油彩 カンバス)

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(1944 グワッシュ 紙)

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(1949 油彩 カンバス)

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(1962 油彩 カンバス)

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(1962 グワッシュ 紙)

*水彩絵具には透明水彩不透明水彩がある。英語なら前者はwatercolor、後者はbodycolorと呼ばれる。不透明水彩はフランス語で『ガッシュ』、『グワッシュ』(gouache)と呼ばれる場合の方が多い。私たちが学校で使ったのは水彩絵具は不透明水彩に近いもの。