知の博物学:欲望と煩悩(2)

 今回はより微妙な事柄を考えましょう。何が微妙かと言えば、常識や習慣と科学知識が区別がつかないほどに絡み合っていて、そのことは知恵と知識、常識と知識の間に明確な境界がないことを示しています。科学と常識は実は連続しているような部分をあちこちにもっているのです。

<持続可能性(Sustainability)>
 「持続可能性」は「地球温暖化」や「外来生物」と並んで、疑似科学的(pseudo-scientific)な概念の一つです。「擬似(pseudo)」といっても、曖昧、いい加減という意味ではなく、科学的な概念に基づくのですが、純粋な科学的概念ではなく、社会的、人間的要素を含んだハイブリッド概念ということです。その意味は、「この地球が私たちの生存できる環境を維持できること」です。この言葉が社会に広く認知されるようになったきっかけは、1987年に「国連環境と開発に関する委員会」が出した報告書『Our Common Future』。そこで「Sustainable Development」が人類の課題として取り上げられました。「持続可能な発展」は「将来世代の要求に応える能力を損ねることなく現在世代の要求を満たす発展」と定義されています。ブラジルのリオで開催された地球サミット(1992年)では、「人類共通の目的として、現在の経済成長至上主義を、地球の生態系に配慮した、つまり地球の環境容量に配慮した発展に転換しければならない」ということが合意されました。
 現在の「持続可能性」という言葉には、地球環境の持続可能性という意味だけでなく、人間の社会経済システムの持続可能性も暗黙のうちに含まれるように変わってきています。特に、生態系の崩壊を待つまでもなく、地球規模での貧富の差の拡大と、悪化する途上国の貧困問題という人間社会のひずみが、人類社会の存続を脅かす可能性があることが国際的に強く認識されるようになってきました。それが明確に示されたのが2000年の国連ミレニアムサミット。189の加盟国は、21世紀の国際社会の目標として国連ミレニアム宣言を採択しています。同宣言では、平和と安全、開発と貧困、環境、人権とグッドガバナンス、アフリカの特別なニーズなどを人類共通の課題とし、 2015年までに達成すべき具体的な目標を設定しました。そこでは貧困と教育、ジェンダーの平等などいずれも途上国の基本的人権の確立に密接に絡むものが優先課題として取り上げられました。
 こうした経緯から、現在「持続可能な発展とは、地球の有限性を前提とし、南北間格差の縮小と貧困問題の同時解消を目指した発展」のことと広く理解されています。ところで、なぜ持続可能な発展のためには、地球環境問題の解決だけでは不十分で、途上国の貧困問題解決も必要とされるのでしょうか。比喩的に言えば、地球環境の持続可能性は人類の身体の健康を維持することに対応し、貧困問題の解消は人類の心を健全にすることにつながっています。身体と心は不可分の関係にあり、人類社会の身体と心の両方が健康でなければ、人類の健全で持続可能な発展は望めないという訳です。
 経済学では「いかに成長させるか」が最大のテーマとなり、財政学は「公正な分配」が主要なテーマとなってきました。でも、いずれの学問でも「社会の適正規模」についてはほとんど議論されてきませんでした。これは、人間の活動規模が小さく人口も少なく、そのため地球環境は無限だと錯覚できていた時代には、重要な事柄とは認識されませんでした。しかし、 現在のように人口が増え、経済活動が飛躍的に拡大すると、地球環境の無限性は幻想に過ぎないことが露呈することになりました。1997年の京都議定書は、そのことを始めて認識した事例です。そこでは、地球温暖化防止の為に世界の主な先進国が温室効果ガスの排出量を「絶対量」で減少させることが合意されました。これは、温室効果ガスの主要な排出源である化石燃料資源の使用削減を意味します。つまり、京都議定書によって、無制限な化石燃料使用は人類の持続可能性のためには認められないということ、資源には持続可能な使用量(適正規模)があること、が暗黙のうちに合意されたのです。
 G8サミット議長総括では、現在気候変動が起きていて、それは人間の活動が原因であり、地球全体に影響を及ぼす可能性があることを一致して認め、低炭素経済に移行し、炭素排出の減少が述べられています。
 持続可能性は人類の課題をまとめるには実に都合のよい概念。この概念を使うことによって人類の将来の課題を適切に表現することができます。でも、一体誰にとって好都合な概念なのでしょうか。将来の事柄から現在を見るとは目的論的な捉え方の復活ではないのでしょうか。そのような基本的な疑問がまず浮かんできます。
 「持続可能性」概念を進化論の文脈に置いてみましょう。自然選択(natural selection)、適応度(fitness)、適応(adaptation)によって説明される世界に「持続可能性」はありません。持続可能かも知れないが、そうではないかも知れません。それゆえ、持続可能性を前提することは明らかに反進化論的な響きをもち、共生の側面にのみ光が当てられることになります。その一方的で偏愛気味の立場がもたらすのは、人間がかかわる世界の持続性であり、人間の生存可能性とほぼ同義といってよいでしょう。絶滅、自由競争と言った生物の別の側面は厳しい生存闘争に勝ち残ることですが、それはここで述べられている人間中心の持続可能性とは素直に両立するものではありません。

地球温暖化
 二酸化炭素の累積排出量とそれに対する平均地上気温の応答は、ほぼ比例関係にある、というのが現在の見解。つまり、世界の平均気温の上昇量はCO2累積排出量の関数として予測できると考えられています。現在の国際的な目標は、産業革命以前と比べて、気温上昇を2度未満に抑えることです。
 気候変動の特徴は、二酸化炭素の排出がなくなっても、何世紀にもわたって持続する点にあります。これは、過去、現在、そして未来の二酸化炭素の排出によって、大規模で数世紀にわたる気候変動が避けられないことを意味しています。排出を全く止めても、数世紀以上にわたって元には戻らないのです。産業革命以来、人間の活動によって大気中のCO2が急増し、CO2の循環バランスが崩れてしまいました。 排出された二酸化炭素の約15~40%は、1000年以上大気中に残ったままになります。
 さらに、気温上昇による「正のフィードバック」といわれる現象があります。気温上昇が、更なる気温上昇の原因を引き起こすのです。その例が北極海の氷。このまま北極海の海氷が融けていくと、太陽の光を反射する力が弱まります。海面は氷面より反射率が低いため太陽の熱を吸収して、ますます「温暖化」が進みます。また、シベリアやアラスカの永久凍土が気温上昇によって融け始めています。そのため、強力な温室効果ガスであるメタンガスが発生し、さらに「温暖化」が進みます。これが、気候変動の「正のフィードバック」と呼ばれる悪循環現象です。近年、海氷の融け方が加速しているのも、このフィードバックのためと言われています。
 「温暖化」が、「異常気象」に及ぼす影響を考えてみましょう。高温・大雨・豪雪・乾燥などの「異常気象」は、世界各地で起きる現象。数十年に一回程度起きることは、自然そのものの「揺らぎ」で、驚くべきことではありません。でも、温暖化によって、異常気象が起きる頻度と程度が変調をきたしています。つまり、温暖化によって、異常気象の頻度が高まり、程度が激しくなっているのです。近年頻発している「異常気象」は「極端現象」と呼ばれています。
 極端現象について次のような指摘ができます。陸地のほとんどで極端な高温がより頻繁になり、極端な低温が減少しています。熱波の頻度が増加し、それがより長く続くことが増えています。また、湿潤地域と乾燥地域、湿潤な季節と乾燥した季節との間での降水量の差が増加しています。 さらに、海洋の変化については、1海水温の上昇、2海洋の酸性化、3海面水位の上昇が挙げられます。海洋の温暖化は、気候システムに蓄積されたエネルギーの増加によりますが、この40年間で地球に蓄積されたエネルギーの90%以上が海に蓄積されたものです。海に蓄積されたエネルギーは、CO2の排出がゼロになっても、その後も気温を上昇させていきます。海水温度の上昇は大気中の水蒸気を増して降水量を増やし、台風の巨大化を引き起こしています。
 海水温度の上昇が気候の変動に及ぼす影響はこれだけではありません。21世紀の間、世界全体で海洋の水温は上昇を続けます。熱は海面から海洋深層に広がり、海洋循環に影響を与えます。地球の海は、絶えず循環しながら地球の気候に影響を与えています。海洋循環には2種類あり、一つは「風成循環」。風によって起きる循環です。黒潮親潮などがそれに当たります。もう一つが、「深層循環(熱塩循環)」。海水は温度が低いほど、また塩分が多いほど重くなり、表層から底層に沈み込んでいきます。海洋の深層循環は、こうした海水の水温と塩分濃度の差によって生じる現象。底層に沈み込んだ海水は世界の海洋の底層を移動し、やがてゆっくりと上昇して再び表層に戻ります。この循環には、およそ1000年かかります。
 次に、気候変動にどう対応すべきか考えてみましょう。対応の際の両輪が、「緩和」と「適応」です。「緩和」と「適応」とは、それぞれ、温室効果ガスの排出削減と吸収の対策を行うこと、気候変動の影響による損害を防止・軽減したり、新しい気候条件を活かしていったりすることを意味しています。
 まず適応。現実の、あるいは予測される気候及びその影響に対して、社会の損害を和らげ、回避し、または有益な機会を活かそうとする調整とその過程が適応。つまり、気候変動がもたらす影響に対し、その損害を防止したり、軽減したりするなどの対応が必要になってきますが、このような適切な対応が適応です。CO2 削減だけでなく、現実に起きている気候変動の脅威にも、地球的な規模で適応してゆくことが求められています。でも、その対応の仕方は、その地域や分野によって異なります。気候変動の影響を科学的に把握して、その地域にある「脆弱性」(例えば、人口減少や高齢化によって地域社会だけでは対応できない、という傾向)も含めた根本的な対応が求められています。
  次に、自然生態系への影響を考えてみましょう。地球「温暖化」は、動植物に深刻な影響を与え、多くの生き物たちが「絶滅」のリスクに直面します。陸上と淡水の生態系に関するリスクはどうでしょうか。温暖化ガスの排出が増える場合だけでなく、中程度の排出削減努力をした場合でも、その気候変動の速さのために、多くの動植物は21世紀中に、生息に適した気候に適応してゆくことができなくなると予想できます。環境省は「地球温暖化『日本への影響』」を発表しています。その中から代表的な樹木ハイマツとブナを取り上げてみましょう。ハイマツは、高山帯にの針葉樹で、気温や強風等のため、地面に這うように生えます。ブナは、冷温帯の代表的な落葉広葉樹で、白神山地は世界有数のブナ林で知られています。ハイマツは「温暖化」から逃げ、高度を上げて生き延びようとします。すると、ハイマツより標高の高い地域に棲息する高山植物と競合します。氷河期以来、生き延びてきた高山植物は、ハイマツとの競合によって、「温暖化」によるリスクが一層深刻なものになります。さらに、ハイマツの後退は、そこに棲む動物にも影響を与えます。特に、大きな影響を被るのがライチョウ。今でも絶滅が危惧されているライチョウは、おもにハイマツの中に営巣しています。ハイマツは間違いなく、21世紀末には絶滅に近い状態になります。ですから、21世紀には、高山植物のお花畑もライチョウも、姿を消してしまう可能性が高いのです。
 もう一つはブナ。最悪のシナリオでは、現在の約4分の1に減少すると予測されています。4分の1ですから、ハイマツよりはましな気がするかも知れません。でも、生育可能な地域は現在の4分の1になっても、実際にブナが生育する地域はもっと少ないのです。ブナは保水力が高く、大型動物の棲みかとしても貴重な環境。白神山地には、ツキノワグマだけでなく、ニホンカモシカクマゲライヌワシなどの絶滅危惧種が生息しています。「温暖化」が進むと、今世紀中には、こうした動物も絶滅の可能性があります。
 気候変動には、温室効果ガスを削減するだけでなく、「適応」という戦略が必要だと述べた。今起きている気候変動の影響と、これから起こりうる影響に対して、自然や人間社会の在り方を調整してゆく必要があります。「温暖化」という気候変動を知ることは、地球の歴史とシステムを学び、知ることです。例えば、温暖化を知ることは、何万年も前の地球の気候や、海洋の深層潮流などを学ぶことです。また、温暖化と異常気象の関連を知るには、異常気象を起こす地球システムを知らなければなりません。例えば、高潮。それはどんな要因で引き起こされる現象なのでしょうか。それがわからないと、温暖化によって高潮が激しくなることが理解できません。さらに、温暖化と自然生態系の関係を知るには、自然界の動植物や自然生態系について学ばなければなりません。例えば、ウミガメ。ウミガメが雄になるか、雌になるかは、卵が孵化する時の砂浜の温度によって決まります。
(ここに述べられている内容は『気候変動に関する政府間パネルIPCC)第5次評価報告書(AR5)』に基づく。)

*これら二つの概念の説明を読みながら、説明の中のどの部分が科学で、どの部分が常識なのか、自分で仕分けをしてみて下さい。