始祖鳥のロンドン標本から

 地上を歩く、水中を泳ぐ、空中を飛ぶ、これらの中で何が一番不思議なことか。こんな不思議な気持ちを疑問に変えるのは子供なら当たり前のことで、それがなぜ、どうしてという問いにつながるのだが、問い自体はありふれたもの。だが、どうして地上を歩き、水中を泳ぎ、空中を飛ぶ、ようなことができるようになったのかということに答えようとすると、答えは厄介な代物に変わる。特に、私たち人間にとっては、「「空中を飛ぶ」には何が必要で、そのようなことがなぜどのように起こったのか」という問いは、ぜひ答えてみたい問いである。なぜなら、私たちは自分で歩くことや泳ぐことができるが、自力で飛ぶことは今のところできないからである。飛ぶための身体の動かし方の要領が自分ではわからないのである。最初にナマコやアナゴを食べた人がなぜ食べたか知りたい以上に、最初に空を飛んだ鳥の個体はどうしてそのような行動をとったのか知りたいのは私だけではあるまい。そして、そんな疑問に火をつけたのが「始祖鳥」の発見だった。
 上野の国立科学博物館ではロンドンにある「大英自然史博物館」のコレクションの企画展が開かれている。大英自然史博物館の英語名はThe Natural History Museum。もともとは「大英博物館British Museum)」の自然史部門の分館だった。この企画展のために来日した標本数は400点近い。今回来日した標本の多くは、ロンドンでも常設展示はされていない。
 「始祖鳥」の学名はArchaeopteryx。理科の教科書にも写真が掲載されている鳥類である。今回来日した化石は、ドイツのジュラ紀後期(約1億5000万年前)の地層から1861年に見つかったもので、所蔵場所から「ロンドン標本」と呼ばれている。教科書によく載る化石は「ベルリン標本」で、ロンドン標本とは別個体の化石。始祖鳥の骨格化石は、これまでに十数体が、いずれもドイツのジュラ紀後期の地層から見つかっている。ロンドン標本はその中の最初に報告された骨格標本である。

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(ロンドン標本)

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(ベルリン標本)

 ロンドン標本が報告されたのは1861年。その2年前の1859年にダーウィンが『種の起源』を出版している。そのためか、今回ダーウィンの直筆原稿も展示されている。当時、イギリス国教会を巻き込んで「進化」に関して大激論が交わされていた。そんな時代に報告された始祖鳥の化石には、爬虫類と鳥類の両方の特徴があり、「進化のミッシングリンク」を埋める存在と考えられ、大きな注目を集めた。この重要な始祖鳥の化石、しかもその最初の骨格化石が、なぜ見つかったドイツではなく、イギリスの博物館に所蔵されているのか。当時ドイツの研究者はこの始祖鳥の価値を正確に理解できず、この骨格標本をロンドンに持ち込んだというわけである。
 ロンドン標本は化石の保存状態がよく、ほぼ全身が保存されている。展示は、尾が手前、翼が奥になるように配置されている。手前に尾羽、尾の骨、脚……順番に見ていき、頭部を探すのだが、なかなか見つからない。少し離れた母岩の切れ込みのあるところに、小さな丸い骨が落ちている。これが「脳函(Brain case)」である。脳函とは、脳を保護していた骨のこと。発見当初、ロンドン標本には頭部が欠けているとされていたが、実は頭部において重要なパーツである脳函が残っていたのである。
 余計なことは考えず、上野に足を運び、ロンドン標本をつぶさに眺めるのもよいのだが、「最初に空を飛んだ鳥の個体はどうしてそのような行動をとったのか知りたいのは私だけではあるまい」と述べたが、その問いに戻ってみよう。次の4つの問いと二つの言明を見比べてほしい。

なぜジーンズを穿くのか。なぜナマコを食べたのか。
なぜ空を飛んだのか。なぜ生き物が登場したのか。

ナマコ(ジーンズ)を食べる(穿く)ことは習慣であり、文化である。
空を飛ぶこと(生きること)は生得的な能力であり、文化ではない。

 「なぜジーンズを穿くのか」に対して「余計なお世話だ。私の勝手だろう」と返答できる。ナマコの場合の答えも似たり寄ったりだが、その答えを知りたい人はジーンズの場合より多いのではないか。そして、ジーンズよりナマコの方が「偶然」という答えが多いだろう。「なぜ空を飛んだか」も「なぜ生き物が登場したのか」も偶然なのだと答える人がさらに増えるのではないか。特に、生き物の登場は全くの偶然と考える人がほとんどだろう。
 さて、二つの言明だけを見るならば、生得的能力とは異なる習慣、学習が文化を生み出し、それが4つの問いの解答の違いを示唆していると(伝統に従って)考えたくなるのだが、これらの解答傾向を見ると、それは実は違うのだということがわかるだろう。
 少々真剣にこのことと向き合うならば、生物の進化と文化の歴史は根本的に違ったものであるという伝統的な常識を考え直さなければならないのではないだろうか。つまり、DNAを介した生物進化と教育と学習を介した文化進化は部分的に共通の構造や特徴をもち、互いの問いの形式と解答の仕方も共通なものをたくさん持っているのである。
 生物進化は自然科学、文化進化は歴史学というのが伝統的な区別。自然科学と人文科学は問いと解答の形が異なり、前者は因果関係、後者は目的関係が背骨になっているというのも伝統的な理解。だが、上述のように二つの進化に本質的な違いはなく、解答も因果的でも目的的でもない統計的な説明が集団遺伝学では採用されており、その集団遺伝学は総合説と呼ばれる進化論の中核を担っているのである。
 最期に、ナマコと飛翔を例にして一つ注意しておきたい。ナマコを最初に食べたのはどうしてか、何か目的があったのか、それとも単なる好奇心からなのか、それはわからなくても、今の私たちがナマコを食べる理由はわかる。つまり、最初に食べた理由と現在も食べる理由は違うのである。これと同じように、最初に空を飛んだ理由と、今も飛び続ける理由は違うのである。

*「大英自然史博物館展」についてはhttp://treasures2017.jp/を見てほしい。