私が座りたいベンチ

 かつて私の座りたい欲望をそそるような公園や通りのベンチは皆無と言ってよかった。だから、座りたいベンチを探し求めたことさえあった。ベンチなどどんな形でも構わないのだが、そこは人間、何とも厄介なもので、好みのベンチを生意気に求めてしまう。金属製より木製がいいとか、石よりプラスティックが好きとか、その好みは千差万別、奇々怪々なのである。
 画像は私が座りたいベンチ。表面は陶器板で、二人がゆったりと座れる。どれもなかなかのデザインである。横に本や資料を置くスペースもとれる。尻具合も悪くない。欠点はこれらベンチが置かれている場所で、木陰ではないこと。だから、このベンチを緑豊かな場所に置き直して座りたいというのが私の望みである。
 歩きながら思いを巡らし、纏め上げ、腰かけてメモに取り、さらに謎を追求し、その経過や結果を書き記す。そのためにベンチは不可欠の舞台装置。コーヒーを啜りながら、一休みするのもベンチ。ベンチは浮遊する私の思索をつなぎ留め、言葉に写す場であり、疲れた精神に休息を与えてくれる船着き場でもある。だが、歳を取った昨今、そんな定番の理由より、座るというベンチの基本の役割の方がますます重要になっている。

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