博物学の変貌:分類(情報)から系統(知識)へ

 ファーブルの『昆虫記』と夏休みの昆虫採集が結びつき、さらに宮沢賢治と石の収集がなぜか結びついているのが私が小学生の頃のあまり定かでない記憶。だが、「博物学」という単語を知ったのはずっと後のことで、自然哲学(natural philosophy)と自然史(博物学、自然誌、natural history)という二つの分野が19世紀の前半までの自然科学を二分していたと知ったのはもっとずっと後のことである。今はどうか知らないが、私が中学生、高校生の頃には、こんな話を一切してくれなかったのが日本の学校だった。
<過去の博物学
 さて、昔の博物学は博学な知識などではなく、私たちの視覚を信頼し、それに頼った観察、自然言語による公平な分類、つまり、詳しく見たものの巧みな整理というマクロな日常的操作の積み重ねからなる精緻なる常識に過ぎなかった。こんな風に言うなら、今西錦司風の京都の知識人たちは心中穏やかではないかも知れない。だが、博物学をこのように述べることは誹謗ではなく、むしろ博物学が常識の本性を掴んでいたことを示しているのである。「博物学的知識」はそもそも形容矛盾であり、そのようなものは存在しないのである。それがタイトルに情報を入れた理由であり、情報とは外界についての常識、知恵のことなのである。このように述べると大抵の人は驚くだろう。それが正しいなら、アリストテレスダーウィンも科学者でなくなるし、哲学の大半は常識の体系化でしかないということになるからである。
 さらに、神話も物語もそもそも知識ではないことになる。神話も物語も実は常識、情報、知恵として分類されることになる。確かに誰も宗教を知識とは呼ばないだろう。倫理も道徳も知識ではないし、習慣も当然知識ではない。だが、それらは私たちに生活上の知恵を与えてくれ、生活の指針、術を教えてくれる。それは私たちが習得すべきものを含んでいる宝庫なのだが、正しいから習得すべきなのではなく、有用で役立つから習得すべきなのである。自然哲学が自然神学から独立し、物理法則を前提にした数学的展開によって物理現象を説明、予測するように変貌したが、自然史としての博物学は分類と系統進化の関係をうまく整理できず、形態や行動の外見に頼らざるを得なかった。
 このような状態の博物学は知識ではなく、有用な情報に過ぎないことになる。だが、博物学が知識であることを納得させるような例となれば山盛り。博物学の本、つまり動物や植物の図鑑は分類結果の記載であり、採集のためのマニュアルである。個々の動植物の形態図と記録された場所や標本の特徴、サイズ等について記載されていて、野外での収集に使うことができる。とても豪華で図版や写真が満載なのが図鑑で、博識の象徴と思われてきた。
 博物学の内容は丹念な観察記録であり、その記録についての常識的な解釈がついている。歴史が博物学の本性であり、物事の本性を歴史的観点から見極めるのが博物学。だが、歴史は科学のような観測、観察の徹底を嫌い、適度な実証と適度な憶測から成り立っている。物理学と歴史は仲が悪い。その歴史と同じように研究されていたのが博物学だった。
博物学の現在、そして未来>
 進化論の登場で系統分類が主張されるが、博物学が実質的に変貌するのは分子レベルでの知見の拡大。分子系統学の研究は、20世紀半ばに分子進化(生物種によるアミノ酸配列の違いが過去の進化を反映していると考える)が研究され、分子時計仮説の提唱から始まった。その後、分子進化速度は機能的に重要でない部分は早く進化するなど一定ではないことが明らかになり、木村資生による進化の中立説が主流となり、分子系統学はこれらの理論にその基礎を置いている。
 配列情報に基づく系統解析の方法として当初用いられたのは、計算方法が比較的単純であったこともあり、距離行列法の一種で進化速度が一定であることを仮定する非加重結合法。現在は最尤法やベイズ推定などが用いられ、推定された系統樹の確実性を示す指標としてはブートストラップ確率が使われる。配列の比較による方法のほか、塩基配列に基づく性質、たとえば複数の遺伝子の位置を生物種間で比較する方法なども用いられる。このように説明すると、研究の関心は分類ではなく系統だというのが明々白々である。
 系統学の核心は歴史の推測、推定であり、分類はその結果に過ぎない。分類が系統に先行し、生物多様性の理解に役立つという考えは誤り。分類だけなら常識や情報に過ぎなく、生物多様性がいかにして成立したか、それがどのような歴史過程により進化したかを解明するには何の役にも立たない。
 最節約性(parsimony)を前提とするのが分岐学。分岐図はクレードの出現に関する系統仮説であるという解釈をもとに、観察データに基づく分岐図の選択規準が見直された。分子データに代表される新しいタイプの形質に基づいて、データのもつ情報を使って、最節約分岐図をつくることができる。さらに、一般化最節約法を用いれば、進化過程に関する明示的な形質進化モデルのもとでベイズ推定法として分岐分析を一般化できる。

 数十年前までは系統は憶測の産物、常識であると見做され、系統についてうんぬんする前に「正しい分類」をすべきであると論じられていた。分類は知識だが、系統は常識的な憶測だと思われていた。それが今では逆転し、常識的な分類から科学的知識としての系統へと歴史は動いているのである。