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思考実験と検証

 経験科学の仮説は検証されなければならない。だが、仮説を直接に検証することはできず、仮説から導き出される言明を検証し、それが反証されない限り、その仮説を支持するということが私たちにできることである。では、思考実験は検証できるのか。検証が困難なので、思考実験をするのだとすぐ反論されるかも知れない。そこで、まず思考実験とはどんな実験なのか。次に、思考実験は思考上の実験だから検証できないというのは本当なのか。この二つの問いを心に留めながら、基本的な思考実験二つを考えてみよう。
 哲学や思想は基本的に思考実験だというのが私の考えである。それらが理論をつくる際の前提は仮定であって、その経験的な真偽は未定。アリストテレス形而上学もカントの認識論も出発点は仮説、その上両者とも実験や観察を援用しないため、推論からしか結論は得られず、結論が経験と両立するかどうかでしか仮説の真偽はわからない。経験的な信頼性を自ら放棄するかのごとき試みが形而上学や認識論のやり方で、これが思弁的な研究の欠点なのだが、それを思弁的な哲学の売りにしてきた感は否めない。
 さて、思考実験 (thought experiment、Gedankenexperiment)とは、頭の中で行われる空想実験のこと。科学知識に反しない限りで、単純化、理想化された前提の下で行われる。「思考実験」という言葉自体はエルンスト・マッハによって初めて用いられた。思考実験の例としては、「アキレスと亀」やガリレオの思考実験(後述)といった古典から、「水槽の中の脳」、アインシュタイン量子力学の論争といった先端科学まで広範囲にわたっている。
 実際に実験器具を用いて測定を行うことなく、ある状況で理論から導かれるはずの現象を思考のみによって演繹することは、シミュレーションと実際の対象を使わない点で共通する。だが、シミュレーションはモデルを使って行うものであり、具体的な数値や数式を用いて詳細な結果を得る。これに対して、思考実験はより抽象的で、概念的な結果を求める。特に、これまでの科学史を眺めると、特殊な状況に理論を当てはめることによる帰結と、実験を必要としない日常的経験とを比較することによって、理論のより深い洞察に達してきた考察や、元の理論を端的に反駁し、新たな理論の必要性を示すとともに、それを発展させるのに利用されてきた例が数多く見られる。「思考実験」はハイカラな言葉だが、「想像する、空想する、推測する」といった思考の様相を指すものであることを忘れてはならない。
 そこで、わかりやすい実例を二つ見てみよう。

ニュートンの重力(万有引力)の発見につながる思考実験
 この話はあまりに有名なため、後世の作り話ではないかと疑われることもあるが、本当のところは不明。リンゴが木から落ちるのを見たニュートンが、リンゴの木を見上げるとその向こうに月が光っている。リンゴが落ちたのはリンゴを木につなぎ止めていた力がなくなったからである。では、なぜ月はリンゴのように落ちて来ないのか。どんな力が月を空につなぎ止めているのか。リンゴに糸を結びつけて振り回している図を想像するニュートン。リンゴを振り回すと速度によって離れて行こうとする(遠心力が働く)。月が地球を回っていることを思い浮かべてみる。遠心力で月が地球から飛び去って行かないのは、糸の役割をしている力があるはずである。月が地球の回りを回りながら同じ距離を保っているのは、遠心力とこのつなぎ止める力がつりあっているからに違いない。このつなぎ止める力を「重力」と呼ぼう。だが、重力は地球だけが持ち月をつなぎ止めているのか。それとも月も地球も重力を持ち、互いに引っ張りあっているのか。これは、計算式を立てて様子を見てみないと分からない。この様子を見るために、ニュートンは引力を形式化する微分を作ることになる。そして、微分という数学を使って運動の法則、重力の法則が形式化され、互いに引っ張り合うことの検証が可能になったのである。

ガリレオによる「重いものほど速く落下する」という考えを否定する思考実験
 「重いものほど速く落下し、その速度は重さに比例する」というのはアリストテレスの運動についての基本言明で、ガリレオ以前は誰もが信じて疑わなかった。ガリレオはこの主張が誤りであることを思考実験で示して見せる。その手際を見てみよう。
 重いものほど速く落下すると仮定し、大小二つの鉄球を用意する。すると、小さいものは遅く、大きいものは速く落下することになる。二つの鉄球を軽いひもでつないで一つの物体とする。これを落下させると、小さい鉄球は速く落下する大きい鉄球に引かれるため最初より速く落下する。一方、大きい鉄球は遅く落下する小さい鉄球に引かれ、より遅く落下する。従って、二つの鉄球の中間の速度で落下するはずである。だが、全体としては大小の鉄球を合計した重さになっていて、より重くなるのだから二つの鉄球それぞれより速く落ちるはずである。同じ仮定から相反する結果が導かれるのは矛盾している。それゆえ、「重いものほど速く落下する」ことは否定される。
 この後、ガリレオは実際にピサの斜塔から物体を落下させて、「重いものほど速く落下する」というのが間違いであることを実験的に検証したのである。

 思考実験は様々な分野に存在する。それは好奇心によって生まれ、理論を生み出すきっかけになる場合が多かった。数学では、無限小や極限に繋がるゼノンのパラドクス、物理学ではニュートンのバケツ、ラプラスの悪魔、マクスエルの悪魔、カルノーサイクル、さらにはEPRパラドクスシュレーディンガーの猫、双子のパラドクス、また哲学ではチューリングマシンチューリング・テスト、中国語の部屋等々、盛りだくさんである。また、SFは思考実験を含み、それこそが真髄。それぞれの物語には超常現象や異常事象が存在し、それがどのような結果をもたらすかという思考実験が展開されている。