Principia(1)

 最初のPrincipiaとの出会いのきっかけになったのは、ラッセルの『数理哲学序説』(1954岩波文庫、既に1942に弘文堂から出版されていた)と大学2年の夏休み前に図書館で見つけた彼のThe Principles of Mathematicsだった。どんな風に読んだのかはっきり覚えていないのだが、数学についての哲学とはこのようなものだと私の中に定着したのはラッセルを通じてだった。そのためか、同じ頃に読んだ田辺元の『数理哲学研究』との違いは大きく、同じ「数理哲学」と呼ばれながらなぜこれほど異なるのかと感じたことだけをはっきり憶えている。高木貞治の『解析概論』で知ったデデキントの切断についての議論が長々と続くのだが、無知な私にもラッセルと田辺の議論が同じ事柄を扱っているようには到底思えなかった。後で知ることになるのだが、この落差は論理実証主義的な研究と新カント学派の研究の違いにあったのである。これは今から思うと結構貴重な体験で、フリードマンらの論理実証主義と新カント学派の関係に関する研究の意義が(私には両者はまるで異なる体験という意味で)わかるのである。私が感じた違いは記号論理学とカント風の認識論のいずれを基本にして哲学的な考察を行うかの違いであった。ラッセルに軍配を上げたのは、私自身が圧倒的に前者にのめり込んでいたからである。

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 夏休みが終わって、さらに見つけたのがPrincipia Mathematica 。何とも大きな本で、しかも3分冊。中を見れば小さな文字と記号だらけ。でも、英語は簡単で読みやすい。授業でラッセルのパラドクスも知っていたのに加え、著者の一人がそのラッセル、これは読まない訳にはいかないと思ってしまった。むろん、読了はできなかった。

 そこで、『数理哲学序説』の内容をかいつまんで書いておこう。まず数学のもっとも基本的概念である自然数列から始まり、自然数が定義される。ペアノは自然数の公理系をつくり、それを満たすものを自然数と定義したが、ラッセルはこの考え方に満足せず、個々の自然数を個物のクラスのクラスとして定義した。これによって自然数は純粋に論理的な慨念であるクラスに還元されることになった。この定義の仕方は既にフレーゲによって考えられていたが、ラッセルはそれを知らなかったらしい。一方、負数や有理数は関係概念として導入される。関係の理論はラッセルの論理思想のなかで中心的位置を占めるものである。この関係のなかで重要なのは順序をあたえる関係。その関係の特別なものが系列をあたえる関係である。そして、もっとも重要なものが自然数系列である。自然数系列は系列を一般に定義せずに、ペアノ風に初項0と後続者関係(successor relation)が与えられれば構成できる。ラッセルは数学的帰納法をこのような関係概念から定義している。それには,あたえられた任意の関係から構成される祖先関係なるものを媒介にすることが必要である。この祖先関係の定義も既にフレーゲが考えていた。自然数は上述の基数としての性質とともに、事物の順序を定める序数としての性質をもっている。序数や整列系列の概念そのものは集合論創始者カントールが確立していたものである。だが、ラッセルは序数をはるかに拡張した関係数について、加法・乗法等の算法を定義した。

 一般に、対象の構造はその素材には関係しない。物自体は知ることができないというのは、構造と素材とが分離されずに考えられているからである。構造は対応関係として十分認識でき、この構造を知ることが対象を知ることだというのがラッセルの哲学的見解であった。

 ラッセルが述べる実数の理論はデデキントの切断の考えに基づくが、複素数や極限等の議論は集合論を基礎にした論法と本質的には同じである。無限基数と無限序数についての叙述もカントールの理論を基礎にしている。無限集合の領域で独自な点となれば、無限公理と乗法公理。また、ラッセルの論理学的寄与となれば、命題関数(propositional function)と記述の理論(theory of description)である。命題は伝統的に主語と述語が「である」で結ばれる形式として考えられ、名辞の論理学として成立していたが、それがフレーゲによって述語の論理学に変わる。ラッセルはその基本形式を命題関数と呼んだが、それは古典論理でいう属性を拡張・合理化したものである。  

 ラッセルの数学基礎論の究極の目的は、フレーゲに由来する自然数の論理学的定義から始めて、数学を論理学に還元することであった。だから、ラッセルのこの主張は論理主義と呼ばれる。つまり、Principia Mathematica のPrincipiaとは論理学のPrincipiaということになる。

 最後に、もう一冊挙げておくべき本がある。ケンブリッジの同僚として、イギリス哲学界のリーダーだったのがムーア。1903年倫理学原理(Principia Ethica)』を発表し、ヘーゲル主義的,カント主義的観念論を批判した。彼は言語分析あるいは論理分析により哲学上の諸問題に光を当てることを主張した。