微積分の背後へのきっかけ

 私たちが欲すれば、いくらでも小さい数を選び取ることができるとき、その条件を満たして選び取られた数を「無限小(infinitesimal)」と呼びます。でも、無限小を定義しようとすると、無限小という概念が漠然とした概念であることに気づきます。「無限小」が何を指し示しているかを真面目に考えだすと、とても厄介で難しいのです。そもそも無限小という概念が重要となってくるのは、微積分の創始者であるライプニッツがその基礎を無限小においていたからです。微積分はライプニッツニュートンによってつくり出されましたが、両者の説明は異なっていました。つくり出された時期も極めて近く、いずれが先に考えたのかが争われていて、その上基礎の部分が違う説明になっていたのです。ライプニッツは無限小の概念を基礎に置き、ニュートンは流率の概念を基礎にして微積分をつくり出しました。ライプニッツの無限小の概念は初めから問題を孕んでいました(これはニュートンも変わりありません)。ライプニッツは無限小と無限大について一見矛盾するような次の二つの見解を述べています。

 

(a)無限小や無限大は微積分を展開するために便宜的に導入された仮想的な数(fiction)であり、必要があればそれらを排除してアルキメデス流の取り尽くし法に還元できる。

(b)無限小や無限大は有限の量である。ただし、それは通常の量とは違い、変動する量である。私たちが望むなら望むだけ無限小は小となることができ、無限大は大となることができる変動する量である。

 

この二つの無限小と無限大についての見解は,実は一つの概念の裏と表のような二面的な深い洞察を含んでいます。でも、当時の人々にはライプニッツの深い考えが理解しがたいものに思えたのです。見解(a)において、ライプニッツは無限小を通常のいかなる数よりもその絶対値が小となる仮想的な数として捉えるべきであると言っています。無限小は数だが、仮想的な数であるという訳です。そして、その数の実在性については、他の部分で「実在性については実のところ自分は判らない」と告白しています。当時の人にとって、その実在性も不確かなものを認めるには相当に抵抗があり、そのため、批判や論争が沸き起こったのです。このような不都合にも関わらず、ライプニッツが生み出した微積分はその記号法の便利さから、無限小という暖味な概念を引きずりながらも急速に発展し、科学技術の基礎となっていきます。さらに19世紀にコーシー が『解析学教程』を著し,微積分の基礎はほぼ今のものに近づいていきます。でも、コーシーの『解析学教程』においても無限小の概念は取り除かれることはありませんでした。コーシーは無限小を最初に述べたように関数が0に近づく状態として捉えていたと思われがちですが,関数は無限小よりも後の章で説明されており,無限小を基本的な概念として捉えていたことが判ります。結局、19世紀中期から末にかけて,ボルツアーノ、ワイエルシュトラス等の努力によって、極限(limit)概念を使った微積分の基礎が固まり,ライプニッツの無限小を完全に排除することができたのです。

 むろん、ニュートンライプニッツ微積分からすべてが始まる訳ではなく、実はそこに至る長い歴史がありました。アルキメデスの取り尽し法、ガリレオの不可分者等々、さらには、無限小を復活させた、標準的でない超準解析学など、実に様々な試みが密集している。この話をきっかけに数理と物理が交叉する様を描き出してみよう。