ニュートンの仕事についての1ページメモ

 デカルトの運動論は「落体運動に関する研究を通じて自然学の新システムをつくる試み」だった。その基本は「運動量の保存」で、慣性の法則、運動は直線的、物体の衝突に関しての法則だった。自然学のシステムを数学的に築くという彼の理念はニュートンに引き継がれる。デカルトは「渦動論」を提唱し、宇宙の空間は連続的物質で充満しており、真空はなく、運動変化は「近接作用」によることを主張。また、彼は「機械論」的哲学による自然の説明を試みた。

 ホイヘンスの衝突理論は、弾性衝突,運動の相対性の活用を通じて(衝突における)運動量の保存、運動エネルギーの保存を主張する。また、『振り子時計』(1673)では振り子の運動に関する諸問題の数学的理論と時計の機構を説明している。

 ニュートンは力学、光学、数学(微分積分学)の三つの領域で大きな成果を生む。

<力学>:ガリレオに影響を受け、実験と数学の役割を重視、デカルトからは慣性の法則、衝突問題の定式化と運動量保存,円運動の解析を学ぶ。当時の力学における新しい動きには次のものがあった。ボレッリは、惑星は遠心力と重力との関係によって楕円軌道を描く、フックは太陽の引力によって惑星が閉じた軌道を描くことを示す。フックがロイヤル・ソサエティの書記になり、ニュートンとの文通を再開。ニュートンケプラーの第1,2法則の力学的証明(1679年ごろ,数学的)を行う。1684年ハリーの勧めでその結果を公表。「運動について」をロイヤル・ソサエティに送る。さらに体系的著作の執筆をハリー に勧められ、『プリンキピア』出版(1687年)。

※プリンキピアの内容  まず、「運動の法則」とそれに基づく面積速度の定理,楕円運動についての理論、ケプラーの第3法則の証明、惑星理論を論ずるために必要な力学の問題が扱われている。次に、物体の(抵抗媒質中の)運動として、抵抗と速度の関係を様々に仮定したときの媒質中の運動、流体静力学と動力学、振動および波動、流体の円運動などが論じられ、デカルトの渦動宇宙論に反対する。さらに、数学的な「世界システム」として、万有引力の法則が述べられ、惑星や衛星の運動,地 上の落体運動,潮汐などが力学的に説明される。

 「万有引力」の仮説に対しては、数学的で、自然学が欠けているというデカルト主義者からの批判、ホイヘンスによる批判(媒質による重力の説明)があった。

<光学>:望遠鏡の発明をきっかけに光の進み方が研究される。ニュートンはスネル、デカルトフェルマーの屈折の法則を研究し、自らの光学をつくる。1666年光の色と分散についての実験的研究を通じて、「光は異なった屈折率をもつ射線の混合」という結論を出す。1672年「光と色についての新理論」で、色は射線の質,光線は実体という考えを主張するが、フックの批判(媒質の振動.波動論)を受ける。1672年フックの批判に答え、光は発光体から放射される微粒子と,それによって励起されるエーテルの振動とした。『光学』(1704)は光学研究の集成。

微分積分学>:これまでの「微積分の背後」を参照。