生活環境の変化

  長く生きていると周囲の変化に関心がなくなるものだ。だが、実に好都合なことに私が住んでいる周辺はしばらくは大きな変化が続き、2020年までに今の風景は一変していることだろう。物理世界の変化は運動だが、日常世界の変化となれば建設や破壊。消極的にその変化を受け入れるだけでも、何の変化もない退屈なことよりはまだ生甲斐があるというもの。既にあちこちで競技施設などの工事がスタートし、当分は落ち着かない喧噪の日々となるのだが、変わりゆく風景、工事中の風景、製作中の風景はそれなりに魅力的で、新発見の宝の山といったところである。

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(旧防波堤、左が豊洲、右が有明

 私は有明に引っ越してきてまだ4年だが、隣の有明アリーナの建設地は2005年までは何と運河だった。有明北貯木場だった東雲運河の一部は有明16万坪(約35ha)と呼ばれ、反対運動の中で埋め立てられたのが2005年で、今世紀に入ってからのことである。そんなところで暮らすのは何とも無鉄砲な話なのだが、それもまた一興と、呑気に決めてしまったのである。

 東雲運河豊洲側は豊洲市場がどうなるかで、今のところははっきりした予定が立っていない。だが、緑道公園と埠頭公園は既に整備されている。では、東雲運河有明側はどうなるのか、と気になり出す。「東京都海上公園計画の変更(案)」がこの5月に出され、それを見ると、公園がつくられ、人口の砂浜も2か所つくられ、遊歩道で結ばれる計画である。変更が常の東京都のプランなので、余り真剣にならない方がいいのだが、オリンピック・パラリンピックの競技施設は決まっているので、ほぼ決定と考えてよいだろう。「有明親水海浜公園」という名称からわかるように、東雲運河有明側を親水公園にして、一部は砂浜をつくろうというプランである。

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 戦前までは防波堤しかなかったが、戦後埋め立てられ、東雲運河ができ、2005年まで貯木場として使われてきた。それが埋め立てられ、競技場と公園がつくられようとしている。確かに自然環境を破壊しての埋立、建設なのだが、生活環境は生み出される。環境の破壊と創成は二面的である。

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(1989年の有明北貯木場(「湾岸温故知新」より))

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(2009年の有明北地区(「湾岸温故知新」より))

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