「新しい、古い」

  いずれ「流行」について何か書きたいと思っているのだが、現在の風景の中に残る古いものについて私たちはどのように見ているのか、考え出すとうまくまとまらないのである。赤ん坊と老人を見比べるのと、新車とクラシックカーを見比べるのとでは随分と見比べ方が異なる。奈良や京都の神社仏閣を見ながら、恐らく誰も何と流行おくれの建物だなどとは思わないだろう。一方、街を歩くと流行おくれの服装に目敏く気づくのである。「新しい、古い」という判断は実に懐が深く、単純に製造年月日だけから美的な判断までその範囲は広く、深い。

 画像は豊洲に残る貨物線の遺物。まずは春海橋の横に残る橋梁。赤さびた姿は周りの風景とは似合わず、誰が見ても古い遺物。だが、橋脚の一部だけ残る画像は「このコンクリートの塊は何か」という疑問をもつが、すぐに遺物とは気づかない。すぐ近くに意図的に残されたレールは遺物というより歩道の装飾の一部として受け取られるのではないか。三枚の写真を一緒に見ると昔のストーリーが垣間見えるのだが、別々に見ると「古さ」の印象がまるで違っている。

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