失われた感性をもとめて:前書き

 子供時代にもっていたが、今ではすっかり忘れ去られてしまった能力のようなものが確かにある。それを確信している人は実は意外に多く、そんな人の話を聞いてみようという訳である。「感性」などと呼んでしまうと味気ないのだが、生き物への共感、大人への恐怖、母親への依存、友だち同士の親近感といったものが子供には確かにあって、それが生活の中で常時大切な役割を演じてきたようなのだ。子供の中にはそのような感性的な事柄に敏感で、その結果、大人の世界とはとても違う世界をもっている子供がいるのだが、そのような子供の世界を覗いてみよう。

 時代は、まだ電化製品が珍しく、家には冷蔵庫、洗濯機どころか、水道もガスもなかった戦後間もない頃。この状況は彼が7,8歳までなのだが、今から思うと、夢のような原始生活で、夏は冷たく冬は暖かい地下水が生活を支えていた。そして、彼を育てたのは明治生まれの祖父母で、しかも三人暮らしだから、家の中は明治の匂いが芬々としていた。周りの家々は苗字ではなく、屋号で呼ばれ、互いの仲が特によいわけではないが、滅多に隣近所の悪口を祖父母からは聞かなかったと彼は言う。他人なのだが、他の区域の人と比べると拡大された家族のようなもので、「家族、親戚、他人」という区別の他に、準他人あるいは親戚擬きがいたのである。

 よそ者や外国人、朝鮮人部落民と当時呼ばれた人々について、大人の世界では歴然とした差別があったのだが、彼には教え込まれた恣意的な区別に過ぎなかった。神道仏教、伝説、祭のような事柄も同じように半ば強制された知恵に過ぎなかった。それらは習慣化していても、やはり意識的に学習されたものだった。

 そんな人為的な区別より、農民とそうでない人たちの区別が彼には遥かに重要だったし、町の人、よその人は明らかに他人で、その知識に頼らない識別には敏感だった。自分が帰属する共同体が歴然と存在し、そこに属する人たちと属さない人たちをほぼ即座に区別できる(仲間意識の)能力を彼はもっていた。それは「刷り込み」のような学習によるのだと推測されるが、意外に正確で大抵の子供は同じようにもっていた。本能に基づく自己流の学習、正に自発的な学習の結果なのだが、その能力は細分化され、様々な分野でより詳細に発揮されることになった。別の共同体の子供ははっきりわかったし、共同体以外の大人は見知らぬ人だった。

 だが、年齢が10歳を超え、中学校に入ると、途端に彼の本能のような感性は急速に失われていく。大学生になった時分にはごく平凡な学生に変身している。時々、野生に戻り、失われた感性が覚醒するのだが、その性能たるや錆びた包丁のようなもので、鋭く切り刻むことなどできなくなっていた。

 失われた感性はさらに病の如く伝染し、言葉も方言を忘れ去られていく。行動パターンもすっかり変わり、要は田舎(同じ共同体)の住人ではなくなり、日本人という無地域的な人になり下がってしまう。昔文明開化という言葉があったが、人は文明開化によって「感じように知る」という独特の感性を忘れ、言葉を使って論理的に考え、それを表現することに邁進する。つまり、何かを失い、何かを得ることが私たちの成長の姿なのだが、一方だけが強調され、失うものは当然ながら忘れ去られるのである。

 そんな話を彼の記憶に頼り、暫く語ってもらうことにする。その前に、蛇足ながら哲学的な能書きを記しておきたい。

 

「知る」と「感じる」とが未分化な状態

 何かを意識するように、何かを知るのが人間。だから、意識が志向的と言うなら、知識も志向的で、「何かを知る」ことが知ることの基本形である。つまり、「知る」ことに関心を払うのであれば、「何を知るか」に注目すべきであり、「どのように知るか」に最初からこだわるべきではない。しかるに、カント以降の認識論は「どのように知るか」に固執し続け、認知心理学擬きの実証的でない研究となってしまった。

 「感じる」ことは「感性」という言葉に勝手に置き換えられ、理性や悟性、あるいは知性と対峙する言葉として使われてきた。感性と知性とを区別することはほとんどの文脈で前提とされ、それは最初から事実であるかのごとくに認められてきた。これは恐らくデカルト以来の伝統となってきた。認識について述べる文脈をカントは一体どのように作ったのか、彼は種明かしをしない。認識論がコペルニクス的な転回であると言うならば、その枠組みを表現する術語をしっかり定義しなければならないのだが、それは実はどこにもない。もっとも、存在論の基本枠組みを語る語彙も定義されていたわけではない。つまり、認識論はもう一つの形而上学として産み出されたに過ぎなく、きちんとした定義は認知心理学を待つしかなかった。

 「知る」と「感じる」が未分化で、共に「何かを感じ知る」仕方で主にセンサーの役割を果たしながら、世界を自発的に理解する時期が人間にはあり、それが今回の話の内容になっている。そして、知識と感覚は最初から分かれていた訳ではない、これがこれからの話の主張である。