曲線の風景

  風景には不規則な線や面が当たり前のように登場するものだ。山も川も、そして雲も不規則な曲線に満ちている。だから、変幻自在の形を風景の中に見つけることができる。自然は形には無頓着なのかも知れない。だが、人が作り出した街や家、機械や道具を思い浮かべると、圧倒的に直線が支配している。自然は不規則な曲線を好み、人は規則的な直線を好むかのようである。そもそも不規則な直線などなく、直線は定義上不規則ではないのである。

 世の中、直線だけで済むなら、それに越したことはない。これは人生も然りである。だが、直線ではうまく行かないとき、曲線の出番となる。曲げても計画を実現するには曲線を使うのである。直線でうまく行かなければ、曲線の出番となる。

 世の中には曲がったことが嫌いな輩が結構多い。そんな輩には、曲線は直線に分解できるのだと言えば十分ではないだろうか。直方体の大理石や煉瓦をうまく積み重ねてアーチ形の門ができることを思い出せばいいだろう。正多角形の辺を増やしていけば、やがては円になってしまう。つまり、直線の合成の極限として円という曲線中の曲線が作り出されるのである。

 こうして、曲線しか見えない自然も直線が圧倒する街の風景も、その差は見かけに過ぎなく、その基本は直線なのだということに落ち着くのである。人は直線を使って世界を考え、ものをつくり、それを曲線的な自然に適合させているが、それが可能な理由は「曲線は直線からつくられる」にある。

 そんな話を忘れて風景の中の曲線を見てみよう。人は自然の中の雲の形状を忠実にコピーするのは得意ではないが、綺麗でスムーズな曲線を自然の中につくるのは巧みである。

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